味を考える事は奥深いことです。
千人いれば千人なりの味があり、考え、手法があります。

きれいな景色をみて「美しい」という言葉は同じでも
どこが?と問われれば皆感想は微妙に違うでしょうし
そこの風景画を描かせればそれぞれ違うはずです。

味もそれと同じです。

本来違って当たり前だったのに”同じような味”に
なってきたのが化学調味料以来です。

千の手法、取り組みで作られていた頃には
素人の仕事と玄人の仕事とには
線引きがくっきりとあったはずです。

ところが今はプロでさえ化学調味料などを安直に使う人が
多い為にその区別を味の上で判別しにくくなってきているのです。

そうなると
わずか数種類の手法を知っているだけで
違う仕事をしている人を指して

「邪道だ!」とか「仕事を知らない」

などと非難します。

僅かな味の経歴の味覚しか持たない素人でさえ

「何をしたいのか分らない仕事だ」
「この料理人の味覚は大丈夫か」

などと語ります。

何をもってして「美味しい」と感じるのか
それは何故なのか、ではどうすればそれを実際の料理に反映
させるのか?

口で語るだけなら実に簡単

誰でも語れます。
実際に食べていなくても食べたかのように語るひとすら
います。
一度食べただけの感想を10年語る人もいます。

また、同じ料理でもその時の体調や嗜好などによって
味わいが異なることもあります。

理屈はいいから美味しい物を作ればいいんだと
言う前に
「美味しい」を作ろうとするなら
まず舌から化学調味料を抜くことが先決ですし、

「美味しい」を語ろうとするなら
まず、舌を洗うべきです。

味の構築はその先に無限の手法があります。



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