昔、子供の頃家では鶏を飼っていました。
常時20羽くらいはいたはずです。

母は一週間ごとに卵をとって町に売りに行きます。
父は公務員でしたが
山で生活すると言う事は無駄が無いという事です。

雑木を切って焚き木にする。
燃えた後は消し炭で保存する。

切った後は整地して畑を作る。
野菜くずや雑草は鶏に与える。
鶏糞を畑に混ぜる。

春には山菜を採り町で売る。
余分は乾燥保存しておく。

秋にはキノコを採り町で売る。
余分は塩漬けにして大きな樽で保存。

冬には戻した山菜やキノコを町で売る。

思えば母は一年中そうやって目まぐるしく働いていました。

ですから鶏に餌をやるぐらいは子供達の仕事です。
配合飼料も与えますが、野草を刻んでやったり
小芋を煮て与えたり、貝殻を砕いて与えたりします。

ところが!
母に言わせると
「ニワトリってなんてバカなんだろう!」と
いうぐらいに食べ散らかすのです。

ハコベという野草は鶏の大好物なのですが
食べ方が下手な鶏のためにざっくりと刻んで与えなければ
いけません。
それでもクチバシでくわえるだけですからぶら下げてきょとんとしているのです。
他の鶏がそれを横取りをしようと追い掛け回します。
餌箱にはまだ沢山あるのに・・。

「バカだねぇ足で押さえて食べればいいのに」と
母はいつも呆れ顔で嘆いていました。

その後中学生になった頃ヤマガラという小鳥を飼って
その意味がようやく理解できました。

ヤマガラの巣箱には上の方に張り出しがあるのが特徴です。
そこからヒモで吊った小さな餌入れがあり、
そこに麻の実をひと粒乗せるのです。

するとこの利口な小鳥はすぐに張り出しに飛んで
ヒモをくわえ上げては足で押さえ、またくわえ上げて
麻の実を取るのです。

鶏が何故あんなに愚かだったのかと考える時
もしかしてあの餌箱に問題があったのかも知れない
とも思います。

硬い木で作った長い餌箱
そこに飼料を入れると一斉に群がり盛大に突付いて食べる
のですがもちろんその時も大量に食べこぼします。

問題はクチバシが硬い木をコツコツ、ガンガンと突付く時
そのすぐそばには脳があるわけです。
もしこれが人間だったならどうでしょうか?

両手を後ろで縛られて狭い空間から顔を突き出して
食べなければならない状況に置かれたとします。
食事はやや下方にあり、食べるにはやや勢いをつけて
頭を突き出さねばなりません。
でも一口食べるごとに横の板に頭がガツンとぶち当たる

そんな常態であったら
やはり鶏頭になってしまうかも知れないのです。

縁日で買ってきたヒヨコが育ったら雄鶏になってしまった。
という話はよく聞きますよね。
あれはほぼ100%雄鶏のヒヨコだから当然なのですが、
始末に困って河原に放してしまう人がいるそうです。

その雄鶏を空気銃で撃ち、食べたという人がいまして
「大変美味しかった」というのですが、
ほぼ野生化していて肉質もさることながら
当時まだ徘徊していた野犬に襲われるために逞しく飛んでいたというのです。

なので夜間、高い木の上にいる所を苦労して仕留めた
というものです。
肉質、運動能力に加えて知能も進化していたと言うわけですね。

じゃそれは何故か?
多分、食事のせいでしょう。
与えられたものを漫然と食べるところから自力で採食しなければならなくなった。

そしてそこには柔らかい土があったからじゃないか
と思うのです。
一口ごとに頭突きをしなくとも済んだからじゃないか と。

カモメのジョナサンもふと立ち止まって思考をし
違うステージに旅立ちました。

鶏も朝から晩まで硬い餌箱に向かって頭突きをしなければ
鶏は三歩あるくと忘れるなどと笑われることにはならなかったかも知れないのです。



そんなことを考えて鶏ガラスープを作っていたときに
妙なニュースが入ってきました。

あの鶏頭と呼ばれていた元総理が沖縄に行き
県民感情を逆なでするようなスピーチをしたというのです。
そういえば確か辞任したときには
議員辞職をするとも言っていました。

いったいどんな作法でお食事をされてきた方なんでしょうか?

下々からは想像もつきませんが
いっそ無人の奥山か河原にでも移り住んでこれ以上の
迷惑は願い下げにしたいものです。

カモメのジョナサンですら
孤高に生きることが可能でした。

人間に向かって
「その存在の全てが無駄だ」
などと言えるはずもありませんが
少なくとも鶏に与える議員歳費は恐ろしく無駄のような気がしてなりません。

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