北陸にチェーン展開する寿司店グループが
安価なラーメンを発売開始した時のこと。
その製造過程を見た人が驚き、ネットで投稿をしました。
以下要約しますと概ねこういう内容です。

「丼にうどん用のダシの素とラード、味の素」
「そこにお湯を注いだだけのスープ!?に麺と具」
(驚嘆)
「だけどそれが意外にいけるんですよ!?」
「こんなシンプルなラーメンもアリかなと思った」

と、

これと同じではないでしょうが、
似たようなご経験をされる方は多いはずです。
超安値のラーメンを食べたら意外に美味しかった。
素人が作ったものを恐る恐る食べたら案外旨かった。

などなど

では、
何故そんな事が起こるんでしょうか?
何故安直にしか見えないラーメンが意外に美味しかったり
するんでしょうか?
それは本当の美味しさなのでしょうか?

答えは判り切っていますが、ここは誹謗中傷する事が目的
ではありませんから止めておきましょう。

一言
「逆です」
とだけ置いておきます。


さて、私が化学調味料を非難するのは毎度の事ですが
今回は少しだけ見方を変えてみましょう。

化学調味料は便利な魔法の粉ですが万能ではありません。

忙しくてダシを取れない時に「本だし」などは便利ですね。
あれは何も無い所に旨味を加える事をしてくれるわけです。

やや似たものに煮干し粉などがありますが
あれはダシの「素」ではありません。
混同しないでください。

さて、
この「何も無い所に」というところがキーワードです。
本だしで作った汁にはカツオの風味はあってもその液体の実態は
ただの水。
本だしの実態は体喜ぶ栄養を伴わない舌を騙すだけの薬品。
では
上等のカツオ節で最高のダシをとった所に「本だし」を
加えたらどうなるでしょうか?

さらに濃厚で美味しくなるでしょうか?
それとも過ぎたるはなんとかというような
あざとい味になるでしょうか?

答えは
濃厚ではあってもしつこくなる
です。

とてもじゃありませんが何度でも食べることは不可能です。
ですから、もしそんなモノを出すお店があったとすれば
長続きしないでしょうね。

では次に
海苔で例えてみましょう。
美味しい炊き立ての新米を用意します。
そこへコノワタやタラコを乗せて熱々を海苔でくるんで食べる。
これは最高に美味しい、贅沢な食べ方です。


その海苔は味付け海苔が旨いでしょうか?
それともただの焼き海苔が旨いでしょうか?


何を言いたいのかというと、
味の素というのは何も無いところでは簡単に底上げを
してくれる便利なものですが、
手間かけた仕事をしてある所に用いても味の増強には
役立たないということなのです。

味の素はいわば上げ底をしてくれるわけです。
便利なものかもしれませんが
よし、もう少し美味しくしてやろうと
何か味の出る食材や手間ヒマをかけても意外に
その効果が得られないということがあるのです。

旨味だけが突出した化学調味料はきちんとした
仕事をしようとすると一転して狙い通りの結果を出させない
という邪魔をするからです。

何も仕事をしていない時には便利だった即席性旨味が
正しいカツオダシや昆布の旨味と重なると
今度は足を引っ張るのです。
そうすると素直な旨味ではなくしつこい味になります。

まさしく上げ底の上に建てた建物のように
土台のゆがんだ構築物となってしまうのです。

カツオダシを取って味見をするとよく判りますが、
薄いダシであっても決して不味いものではありません。
薄くても濃くてもそれぞれに美味しいのです。

ところがそれに化学調味料を加えた途端
不味濃い、すっきりとしない濁った旨味になります。
これをあざとい味と表現しています。

私が無添加に変更したのは中国料理店の途中からでした。
そこに限界を痛感し、ラーメン専門店に転向したとき
化学調味料不使用を大書しました。

するとNSという食品メーカーの営業マンがやってきて
小袋を出して自信満々で言うのです。
「これを使えば簡単に無添加を謳えますよ」と

それは醗酵調味料でした。

ダメなのは判ってはいましたが
一応それをほんの小量入れてスープの味見をしたところ
案の定ひどいものでした。
胸が悪くなり早々にお引取りを願ったのです。

このNSという会社は食品加工会社にとっては
救いの神のような存在なのだと聞いたのはそれから
ずいぶん後の話です。

例えば弁当製造会社がそこへ弁当を持ち込み
数日間腐らないものにするにはどうしたらいいのか?

とか
また、ある食材を持ち込みこれをこういう路線で製造販売
するにはどういう製品化が可能か?

と相談するとたちまち自社製品を組み込んだ様々なプランを
組み立ててくれるそうです。


ところで
味の素にはマスキング効果というものがあり
これが塩加減の微妙さをカバーしてくれて
薄味好みの人も濃い味好みの人もOKな味付けと
錯覚させてくれます。

まさに料理人にとっては喜ばしい事です
でも
それを食べるお客様はどうでしょうか?
喜んでいる場合でしょうか?
これは本当に便利なのでしょうか?
腕に覚えのない料理人のための偽薬のような気がしませんか?

美味しければなんでもいいや
と言ってる場合じゃないとお判りになっているでしょうか?

味の素が入った物を食べると舌がしびれる
などという人のことを
「異常だ!」と非難を浴びせる人がいますが
それは全くの誤解です。

舌を微妙にしびれさせてマスクをかぶせたようにして
本物の味を判らせず、不出来な味でも美味しく感じさせてしまう
マスキングこそがまず第一の問題なのです。

つまり錯覚効果なのです。

花粉の季節では巷にマスクをした人が多いですが
マスクをしたまま小声で喋ると聞きにくいですよね?
誰でも判ります。

それと同じなんです。

それを聞きにくくなると言ったら
「それは耳が悪いんだ!」と言うでしょうか?

舌に薄膜をかぶせて微妙な味の違いを判らなくさせるのを
不快に感じる人がいる
というそれだけの簡単な事実なんです。

自分には判らないことを指摘する人がいたら
異常者呼ばわりしたがる人が多いのです。

でも世の中にはそんな
化学調味料や「ほんだし」のような核酸系化学調味料
複合系では「ハイミー」「いの一番」「フレーブ」
そして醗酵調味料の「味の母」や「塩みりん」などで
調味したものがあふれています。

毎日そんなものを作ったり食べたりしていると
”味覚にマスク”が常態化しているのです。

そんな中でもっと濃い味、もっと美味しい味をと
安易に求めると
味の素とほんだしの両方をたっぷりと入れた商品と
なります。

まだまだ実際に商品名を挙げて語ることもできますが
このくらいでやめておきましょう。

確かにインパクトを産むでしょうが
そんなあざとい品はすぐに消えて無くなるから
そんな事をする必要もありません。

当店の「土佐丸」には
当初は想定もしていなかった味の素には出せない味を
作り上げるという効果がありました。

絶賛発売中の土佐丸は
実に単純な海苔とカツオ節だけの旨味でがらりと変化する
味わいをお楽しみいただけます。

これが味の素を使ったラーメンだと狙い通りの効果を生まないのです。
味の素の裏切りと言う奴です。

絵を描くときにはいきなり濃い絵の具では描かないそうです。
色々なアプローチはあるでしょうが、
絵の具は同じでも薄く塗り重ねる方が微妙な陰影を表現しやすいのだと言います。

その時のキャンバスは色のついたものがいいでしょうか?
それとも白いキャンバスがいいでしょうか?

「味」
誰もが幼い頃から食べ物を口にして
誰もが味わう味覚。
誰もが判っているはずの感覚にして
誰もが知っている”つもり”になっています。

でも本当はもっと繊細で玄妙で判っていないことのほうが
ずっと多い「味」の世界があるんです。
だからといって
「そんなに微妙な味なんて判らない」
からといって何も恥ずかしいこと
なんかじゃありません。
恥ずかしいのは味が判らないのに判る”フリ”をすることです。


何も無い所に便利な粉を用いるのは
忙しい家庭料理のなかでは仕方ない面もあります。

「ダシを取る所からなんてやってる時間は無い」

という声が聞こえてきそうですよね

でもいやしくもプロを自任する人
また、本職の作る料理だから本物だろうと期待して
来店する客から代価を頂く人が
「とてもそんな事からなんてやってられない」
とばかりにそんな事をやったらあんまりではないでしょうか?

いま
マスキングされてしまった味覚では感知不能な危険が押し迫っています。

輸入されている下水油
外国産の揚げ物
ミネラルがほとんど消出してしまった水煮野菜(しかも外国産)

それらを感知する最後の砦は己の味覚、舌なのです。
だれも守ってはくれません。

皆が食べているから安心だなんて
そんな危なっかしい事では自分を守れません。



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