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雪の積もった山景色を眺めながら
お師匠と今年最後のキノコ採りに出かけました。
収穫は大満足。
採って楽しい、食べて美味しい
キノコは本当に山の恵みだと実感させてくれます。

お師匠と山の神様との双方に感謝していただきました。

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山の神は縄文時代から日本全体に広く信仰されてきたといいます。

その中で柳田国男氏も早くから注目されていた輪廻交替説というのがあります。

「春は山の神が田に降って田の神となり、
秋の終わりには田から上り山に還って山の神となる
といふ言ひ伝へ」

というものです。

能登半島では今でもタンカブサマという
儀式が残っています。

これは収穫の終った田に残る稲株を指すとか
田の神がなまったものだ  などと諸説ありますが、
いずれにしろ神様に感謝を捧げるものには違いありません。

また、奥能登まで行くと深い山が無いからか
秋の終わりに田の神様を迎えに行き、家までお連れする
という「田の神神事」まであります。

風呂を立てて御膳を用意し豊作の感謝を捧げるというもので
その後、春に送り出すまで家におまつりするのです。

山の神、田の神は本来(亥)としては(水気)なのが
「三合の法則」とやらで(木気)に変容し・・・   
などと書いていてもよく解りませんが

要するに山の神も田の神も元を正せば水です。
水がなければ木も育たず、畑も田も命を育めません。
ましてキノコや魚など言うに及びません。


私が育った故郷も富山ほど深い山ではありませんでしたが
山の中でした。
一歩山に入るとどこと無く山の霊気のようなものに包まれ
「見られている」感じがしたものです。
ですから山には神様がいるということを自然に当たり前の
事として認識しつつ育ちました。

しかし、カラカラに乾燥しきった山では不思議と精気が
感じられないのです。
ですからキノコ採りにそんな山に入るとたちまち投げ出したくなります。

水→命
なんですね。

この冬も
神々の大元となる雪が静かに降り積もり始めました。
田畑や里にも
山にも河にも
イワナを釣った渓流や谷にも
キノコを採った崖や林にも

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真っ先に顔を出すフキノトウ
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雪にも水にも目もくれず飛びついていましたが
それじゃ冬眠から目覚めた熊と同じでした。
これからはまず静かに感謝を込めてから採ることにしましょう。

しばらくは冬篭りです。

















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