2011.08.15 すいとんー2
すいとん汁は中国料理店の頃にも何度か
ランチのスープで出しました。
「今時のすいとん汁」として
小麦粉をカツオダシで練り、具沢山で作りました。
好評でした。

戦後の頃のすいとんを知る方がまだ大勢現役でしたから
話は随分と賑わいました。


でも、今回はすいとんを通じて「麺」を考えてみようと
きちんとしたレシピで小麦粉を練りました。

小麦粉を水でこねたものが麺です。
イタリア語ではパスタ。

ではどうしてあの頃のすいとんはあんなに不味かったのでしょうか?
まず、ダシの欠乏
   具材の欠乏
   そして主役の小麦粉のあつかいの不慣れ。

もちろん粉も今のような白い粉じゃなかったと言います。
これじゃかわいそうなくらい手の打ち様がありません。

何にも無い時にそれでも最善の努力をしてくれたんですね。
改めて母親達に感謝。

今の私がすいとんを最善の努力で作るときっと
「贅沢だ」と非難の声を上げる人もいると思います。
でも、出来るだけ美味しく作るという発想ではあの頃と
少しも変わらないのだという事を申し添えておきましょう。
わざわざ不味くしてやろうなどと考えた母親などいやしません。

(レシピ)
小麦粉中力  100g  全卵 1個 塩4%で4g

デジタル計りにボウルを乗せON。→0表示を確認
塩4gを量る
ボウルに卵を割り入れる。
水を48gまで加える。  
良く混ぜる。
uac 020 uac 021 uac 023



小麦粉100gの入ったボウルに卵水を入れ、箸でかき混ぜる。
袋に移して常温にて30分放置。(脱気)
テーブルに出してこねる。
まとまったら袋に入れて足で踏む。
広がったら畳み直して、また足で踏む。4~5回繰り返す。
uac 024 uac 036

(画像は鉄パイプで行なっている。麺棒で抑えても有効)
形を整えて袋に仕舞いこみ、1~2時間常温で放置。

包丁で細くカット。
棒状に丸く転がして成型。
小口からカット。
親指でつぶす。
この時に真上から押すのではなく、
斜めから押し広げるようにするとクルリと指に回り込む。
uad 001 uad 002 uad 003


これが今回のすいとんです。
uad 004

中国料理では猫耳(マオアール)
イタリアンではオレキエッティ(耳たぶ)という麺です。
もちろん粉の組成はそれぞれに異なりますが。

これを下茹でします。
分厚いから時間はたっぷりとかかります。

その間汁本体を仕込みましょう。

(レシピ)
かつおだし
鶏もも肉  ゴボウ、戻しシイタケ、人参、大根
インゲン豆、枝豆、ジャガイモ、タマネギ、長ネギ、 
みょうが。

材料を火にかけてアクを取ります。
下茹でしたまだ硬いすいとんを加えます。
uad 015

味付け
酒、塩、醤油

すいとんがふっくらとしてきたら火を止めてフタをし、
1~2分蒸らします。

これで完成です。

uad 016


おっと、忘れてはいけませんね。
今回は比較の為に水だけで練ったものも加えました。
uad 020 uad 021


これで試食です。
uad 019

ふっくらとして、もちもち
まるでつき立ての餅のような食感です。
これがコシなんですね。

贅沢でとても美味しいすいとんになりました。
いっぽう、水だけでにわか仕立ての方はというと
uad 022

ダシや具材の旨味を充分吸い込んでこれもなかなか
美味しくなっています。

ところが、
もっちり感やコシはまるでありません。
小麦粉の弾力だけです。

確かに水で練れば全て「麺」とはなります。
しかし、美味しい麺にするにはやはり熟成と鍛えが必要だったんです。
中華麺やうどんでも同じです。

低加水か多加水かなんかどうでも構いません。
問題はその後。
正しく扱われてきたか?
ちゃんと育てられてきたか?

ただの麺か、美味しい麺かが分かれるという当然の結果でした。

しかし、こうして贅沢なトライが出来るのも
水、電力、ガスなどのライフラインが完備されていればこそ
改めてそれらに携わる皆様に感謝を申し上げます。

こうして美味しいすいとんを食べると
「すいとん」と聞くだけで身震いをするようなトラウマから解放される気がします。

ぜひ一度お試しください。

しかし、あの不味かったすいとんの記憶は消そうとしても
消えないでしょう。
でも、あえて言います。
それは「他に得がたい宝物の記憶」だと

不味いすいとんを食べた

それは限りない愛を享受してきた  という証なのです
誰もが生きるだけで精一杯だった戦後。
それに生き延びてこられたんです。
 
私には戦後の食糧難の経験はありませんが、生きてる限り
食べるため、命をつなぐための戦いには終わりはありません。

『がむしゃらに働いてきたから定年を迎えたら
しばらくはのんびりと暮したい』
などと言ってたと思ったらすぐにお亡くなりになってしまった
という話はよく聞かれます。

機関車が動かなくなったらすぐに錆びてしまうように
生きている限りスイッチを切ってはならないのです。

戦後は何も無かったけれど母親たちはそんな中でもいかにして
少しでも美味しくしようかと知恵を絞り工夫をこらしたはずです。
懸命に”生きた”んです。

今生きている私達もそれを見習わなくてはいけません。

あの戦後の復興を成し遂げた先人達に負けないで気を張って生ききりましょう。

終戦の日に感謝を込めて
贅沢なすいとんを食べ、偉大な先人の方々に合掌。




スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://oisiitoyama.blog96.fc2.com/tb.php/829-52e515f8