2011.08.11 伝説のすし店
今はもう無いお店です。
その寿司店はすしのもう一つの文字「鮨」を改めて痛感させてくれる所でした。

「なるほど、魚で旨いとはよくぞ言い当てたものだ」
と、毎回感心させられました。

頑固者の親父さんと優しいお母さん。
年季の入ったお店ですが清潔に保たれていました。
表には季節の盆栽の見事な鉢が四季折々にあわせて据えてありました。

今も佇まいはその頃のままですが、営業はやっておりません。

「江戸前の寿司ネタじゃないから納豆巻きなんてやらない」

と強情な親父さんでした。
常連からは深く愛されていて迂闊に人には紹介できない
ような秘密にしておきたいような珠玉の小さなお店でした。

ここでは色々な事を教えてもらいました。
恥ずかしながらそれまで解らなかったちらし寿司の食べ方も
習いました。

いつもオススメのネタを黙って勝手に出してくれました。

ある時、例によって黙ってかんぴょう巻きを出すのです。
これは心して味あわなければ
と思い噛み締めると
今まで何の気なしに食べていたかんぴょうがまるで違う
食感なのに気づきます。

柔らかなのにコリッとした歯応え、
それでいてしっとりとして噛むと中から美味しいダシすら
滲み出すではありませんか!

かんぴょう巻きがこれほど美味しいものだったなんて
この時に初めて教えてもらいました。
国産のかんぴょうの味でした。

富山特産のイカの黒作りの軍艦もここで初めて食べました。
うずらの卵黄が乗ったそれは塩気とコクとイカワタの深い旨味がぎっしりと詰まっていて誰もが唸る美味しさでした。

ただし、それは普通のイカ黒作りじゃなかったんです。
特別に作ってもらっている特別な塩辛だったんです。
普通のものじゃこれほど美味しくはならなかったんです。

この時のイカ黒作りに匹敵するものを自作出来たのは
このお店が無くなってから随分後のことです。
親父さんに味見をして欲しかったと切に思いました。

無くなってしまったお店というのはえてして美化されやすいものですが、
ここは美化だけじゃない一面もありました。

花町に近いこともあり中には白粉臭い派手な夜の女性を
伴って来店する一見さんもいます。
そういう客の中にはよせばいいのに通ぶって
おかしな注文をする人もいるのです。

すると勘定はもろに高くなるんですね。
大したものも食べてないのにこちらが腹いっぱい飲んで
食べてというのと同額くらいをしれっと告げるんです。

常連は知らん顔をして横を向いてニヤリとします。
ま、普通なら褒められることじゃありませんが
この親父さんならしょうがない  という
このお店のしきたり、磁場とでもいうべきものが確立されてました。

ここで教わったことは沢山あり、寿司を食べながら
習うという楽しみにはまりました。
ひとつの仕事には”そうなる必然”があり、
またそれを最善の手法で”そうならせる”のだと解らせてもらいました。

ここで酒を飲んだ後で寿司を握ってもらうと
不思議な事に食べれば食べるほど余計に腹が減るような感覚に陥り止らなくなります。
口数の少ない昔かたぎの腕のいい「職人」でした。

ここが無くなってからというものほとんど寿司を食べに行かなくなりました。
たまに全国から取り寄せている名店があると聞いて
出かけることもありますが、確かに良いネタを使って華麗に
握ってはいてもどこかアンバランスなものを感じて二度目はありません。
残念なことです。

もう無くなってしまったお店と無意識のうちに比べているのかも知れません。

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