以前に包丁使いの事を書いたときに「判らないと」メールを頂きました
答えかたがた、ここで改めて書きましょう。

普通は材料をまな板の上に置き包丁をグイと押し付ける
だけで「切った」「切れた」と言います。
刃がついていれば確かに「切れる」でしょう。
ご家庭ではそれでもいいでしょうが、
プロがそんな程度じゃ困ります。

リンゴにしてもジャガイモにしてもそうやって切った断面は
でこぼこ或いはザラザラしているはずです。

包丁はスイッと動かして切るのです。
「押し切り」でも「引き切り」でもどちらでも結構です。
そうして切ると断面が滑らかになります。

当然、仕上がりの美しさや味わいも違います。


刃物といえば戦国時代の刀があります。
日本刀は長く、ゆるやかな湾曲を持つのが特徴です。

たまに、
達人が藁束をスパッと断ち切る映像がTVで流れますね
ただ見ていると叩きつけているようにしか見えませんが
あれは相当な技の持ち主なんだそうで普通人では
あんなにキレイな断面で切る事は出来ないそうです。

あれも引き切りなんです。

おおむね、刃物は動かす事で切れ味を高めます。
大根のカツラムキなども小刻みに包丁を動かして切ります。

ところが中華包丁では叩き切りをします。
分厚い包丁では骨付きの鶏などを叩き、
薄い包丁でも手首のスナップを利かせて基本は「叩き」です。
みじん切りなどは包丁を二本使ってリズミカルに
実に手早く行ないます。

これから連想するに
時代劇では青竜刀なども出てきますがどちらかと言えば
まさかりの方が中華包丁のルーツのような気がします。
日本の時代劇にはまず、まさかりは出てこないでしょう。
まさかりは焚き木を切る道具としてのみ登場します。

弁慶の七つ道具のような、時にはそれらしきモノも
見られますがそういうものを対人兵器として振り回す
というのはあまり見ません。

中華まな板もカシの木などの輪切りの切り株のような形です。

まさかりは手を休める時に切り株に刃を突き立てますが、
中華包丁でも同様にします。
丸いまな板に一杯材料が乗っている、周りもモノで一杯
そんな時にちょっと手を離す という時は
包丁をまな板にドンと手前角を突き立てるのです。

それでも、前菜などのデリケートな材料や肉の削ぎ切りなどではやはりスライドさせて切ります。


ネギひとつとっても切り方で味の違いが出てきます。
スッとスライドさせて切ったネギは瑞々しいままですが
押しつけ切りや叩き切りでは中の水分が押し出され繊維がつぶれてしまいます。

それもすぐに調理するのならまだしも冷蔵庫に仕舞い込んで
後から使用するとさらに味や風味は劣化してしまいます。
壊れた細胞は酸化しやすいからです。

よく、議論になる”水にさらすのが是か非か”と言う話は
その前に正しく切られているか否かという前提詞が必要なのですね。

私達の店では大量のネギを使うので今は機械で切ります。
機械はとても作業効率が良く手で切っていた時には二時間
かかっていたのが10分程度で終ります。

その機械が問題なのです。
刃がどう動くのか?
昔は細い刃がグルグル回る所にネギを差し込むという方式の
モノしかありませんでした。
原始的な方式です。

これで切るとまさに叩き切りです。
繊維は見事につぶれますね。

私たちが使用しているものは自転と公転をするようにして
刃が回り込みながら切ります。
そうすると人間の手で切るよりもキレイにスライス出来ます。

丸い刃というのは無限軌道を持つ超長い刃ですから、
いくらでもスライド切りが可能なのです。

「切る」という事を突き詰めて考えつくされた機械と言えますが調理師も負けてちゃダメですよ
と言われているような気がしてなりません。

断面のきれいな刻みネギと、潰れた断面のネギを同じように水にさらすと
決定的に違いが出るところはどこでしょうか?

水切れ  です。
さらしネギは水に浮かべたままで供されるものじゃありません。
水を切らなくちゃなりませんね。
断面の潰れたさらしネギはいつまでザルに上げて置いても
水気が切れないので残ってしまい
ベチョリとした食感を持っています。

食材を生かすも、美味しさを引き出すのも包丁使いひとつで変わるのです。

次の「切る」という話の続きは私の本業の「麺」に関する
ことで書きましょう。

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