NYT紙「日本は自粛という脅迫観念にとらわれてる

こういう大災害が起こると必ずしたり顔でのさばるのが
自粛論。

先の、阪神神戸大震災の時の事です。
向こうには菓子製造業の方が沢山おいでだった事も関係ある
からでしょうが、こう言っておられました。
「これからバレンタインもやってきますが、」
「どうか自粛なんかしないでください」
「自粛なんかされるとよけいに復興が遅れます」 と

ともすると落ち込みがちになる昨今です。
腑抜けるというか萎えるのも無理ありません。

そんな心が弱った時にするりと入り込んでくるのが
この自粛論です。
「何もこんな時に」とか「このご時世に」などと
あたかも正義の使者の高説のように大上段できます。
それを付和雷同して言うだけで
まるでいい事をしてるような安直な落ち着きが得られます。

先般も富山県の犠牲者がでたNZ地震のさいに某官庁が
飲み歩くことを自粛させたそうです。

気持ちは良く分かります。
自分の中にももちろんそういう心はあるからです。
でも、今回のような大災害でそんな事をやろうものなら
日本中が機能不全に落ちてしまいます。

自粛論者は日本中の事業所やサービス業が半旗を掲げて
喪に服せば満足するのでしょうか?
もし、そんな事にでもなったら
おそらく普通の生活者なら一日で悲鳴を上げるはずです。
まるでゼネストのような様相になるからです。

かつて昭和天皇が崩御された時、日本中が悲しみにくれました。
その時に桜木町という富山の夜の繁華街では
しぶとく営業している店が数軒あったそうです。

そこへドヤドヤと男達が乱入してきて
この非常時に営業しているとは何事か!  
とすごんで脅しました。
結局天皇崩御にさいしてのご香典を”集金”して帰ったそうです。
計画的な香典サギだと思われますが、一夜で数件まわったらしいのです。
たいした猛者もいるもんですね。

でも、それ以来私は自粛と聞くと何やら胡散臭い、
ためにする仕掛けのように思えてなりません。

お金の流れ=経済 というのは
国家にとっての血流なのだ  と言われます。
これを滞らせてはいけません。
なにも私が商売を営んでいるから言うわけじゃありません。
被災もしてないのに落ち込んでいる場合じゃない

と思うからです。

自粛なんかしません!
そんな事をやってる場合じゃありません。
大声を出して飲み、唄えとまでは言いませんが
自粛なんかしたって誰も幸福にはなれないのです。
まず、私たちが元気を出しましょう。







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