2010.12.01 秋の恵みに
猛暑があまりに長く続いたので涼しい日なんか来ないんじゃないか
とさえ思いましたが、ちゃんと四季は巡り寒くなってきました。
秋から冬はいつでも駆け足で過ぎますが、
今年は特に足が速そうです。
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木の葉が色づき始めたかなと思ったらもうムカゴが零れ落ちそうなほどになってます。
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いつもなら藪に分け入りこれを採ってくるところですが、
今年は当方も忙しくあいにく時間が取れません。

それで直売所で買う事にしました。

ところが
売店で店番をやってる若い主婦の方が(当番制だそうな)
「それは何ですか?」と尋ねるのです。
知らないのですね。

田舎ではあまりにありふれすぎていて価値を感じないのは解ります。

都会の人は郷愁を感じて「あぁムカゴですか」とため息をつき、
京都では法外な値段の懐石料理の最後にほんの少し盛られたムカゴ飯で
季節を愛でます。

実際はそれほど高級な素材でもなく、ちょいと藪に立ち入ればどこにでもあるものです。
それを高級料亭でそれらしく供するからそう見えるだけなのです。
それが片田舎の主婦さえ見たことが無い と言う事に驚いてしまいました。

もっとも、今では山の子らは川で泳がず、
海辺の子らも海で泳がない時代になってしまっているのですから
今更驚くにはあたらないとも言えます。

山も海も子供たちはプールでしか泳がなくなったように
田舎の若い主婦も畑仕事や野遊びをしないでスーパーでお買い物をし、
ゲームやケータイでヒマつぶしをしているのです。

見たことが無いというより「知らない」のですね。
子供の頃から食べたこともないのでしょう。
ということはその母親も作らなかったと言う事です。

不思議な世の中になったものです。
春に山菜が萌え
夏にスイカが美味しく
秋にキノコが萌え出る
こんな豊かな国土にともに住んでいながら

スーパーのほぼ一年中同じものが並ぶ食材見本市でしか
「買えない」「買ってはいけない」というような
あたかも(私から言わせれば)
「こっけいな罰ゲーム」
のような食生活を漫然となんの疑問も無く過ごしているのです。

キノコを手に取ると
「それは何というキノコですか?」と尋ねます。
標準名を告げて
「ここの地元では何と呼ぶのですか」と
逆に少々意地悪く聞き返します。
キノコにはそれぞれ地元の呼び名があり、
極端な話隣町同士で呼び名が異なることさえあるからです。

かつて、青森からキノコを頂き
「カックイ」と表示してあったのを
「カックイって何ですか」と尋ねたときに
「カックイはカックイさぁ~」
と返され苦笑いした事があります。

案の定、
若い主婦は見たことも無いと応えました。
スーパーに並ぶキノコしか知らないそうです。
スーパーでは一年中生シイタケが並び、
一年中塩漬け加工された山菜が「水煮」として並び
冬でもスイカが並びます。

それしか知らないとそれが普通だと思って育つんですね。
それが常識にまでなっているようです。

日本には四季折々のものがあり、
旬のものを正しく食べることで健康を保ってきた知恵があったのです。

だんだんそれが失われていくのでしょうか?
私はそれを惜しみたいと思います。

ムカゴ
元気の出る山芋の子供たち。

好きな人はそのまま生でもかじります。
塩や醤油味で煮たり、焼いたり
天ぷらにします。

ご飯に炊き込めばムカゴ飯となります。
秋の恵みを感じる素朴な味わいです。

伝統食や保存食の話には面倒臭いという気持ちがつきまといます。
時間がかかりそうだな と敬遠されるのも判ります。

でも、ひょいと放り込むだけで得られる美味というものを
ひとつ覚えていても損にはならないはずです。

それが改めて身の周りの食べれる食材の見直しにつながり
ひいては自分達の食べているものへの関心の深まりに発展
して行ってくれれば何よりです。


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