ラーメンの事を語る時におかしな言葉が出てくる事があります。
「小麦粉本来の香り」
「豚脂の甘味」
などです。
気にしなければそれでいいのですが
喉奥に刺さった小骨のように妙にいらだたしい気持ちにもなります。

それらはいずれ順次遠慮なく総括していきましょう。
人を惑わせてばかりの半可通を斬ります。

今回はそんな解ってるようで実はまるで共通理解がなされていない
代表的な言葉として
「コシ」を取り上げたいと思います。

「麺にコシがある」と誰でも言います。
スーパーに並ぶ茹で玉うどん(白玉うどんと言います)でも
学校給食の「ソフト麺」でも
カップ麺のふやけたのでも
しまいには立ち食いソバでもそう言います。

本当でしょうか?
コシ  ありますか?

ここらで一度「コシとは?」と大書して、共通認識を共有しましょう。
理屈では既に述べています。

グルテンとタンパク質の多層鉄筋構造のような強靭な組織がもたらすという事。
多加水麺にしかそれは無い事。
低加水麺では擬似的な「硬さ」でそれを錯覚させている事。
低加水麺ではグルテンなどを添加強化する事。  などです。

しかし、話は味覚の事、10人十色に感じてしまう感性の話です。
またまた今回も危険な予感がします。

味覚上のコシを言葉で解析できるのか?  試してみましょう。

「餅」
はい、今回の例にあげるのは餅です。
餅には機械突きとキネ突き餅の2種類があるのは誰でもご存知でしょう。
美味しいのはどちらでしょうか?

聞くまでもありません
キネでしっかり突いた方が美味しいですよね。
言葉で言い表してみましょうか。
「むにゅうぅぅぅ~っ」となるのがキネ突き餅ならば
「むにゅぅ~~ん」となるのが機械突きです。

柔らかさの中にも歯を押し返すような心地よい弾力があり、
ぷつり  と切れるのです。
これが「っ」です。

一方、機械突きは柔らかいばかりです。
どこまでも伸びますが歯応えにやや物足りなさがあります。
(とは言え、これも好き好きなんですが)

見た目から違いますね。
焼き立てを引っ張ると伸びて、「っ」で切れるとわずかに縮みます。
機械突きは「ん」と伸びたまま垂れ下がります。

この違いがコシです。

つき立てや焼きたて、雑煮やぜんざいなどの茹でたての餅には
ふわりとした柔らかいような歯ざわりがあります。
歯がすっと入っていきます。

しかし、だんだん押し返す力が強くなり
「むにゅう」から「ぷつっ」とキレよく千切れるのが美味しいキネつき餅なのです。

聞いたような話でしょう?
手打ち麺の美味しさを語るときと全く同じではありませんか?

これだけじゃありません。
麺をこねる時の様子まで似ています。

麺体に体重をかけて押し込んでいくと
内部から押し出された生地が横へとはみ出てきます。
これがキネで餅をついた時の臼の中で起きている事と同じなのです。
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そして臼での餅つきを終り、小さな塊に取り分けで手で丸める作業。

やった事のある方ならお解かりのはずです。
切り口をつまみ真ん中に押し込み裏返して両手の掌でくるくると回しますね。
その時にも頂点から次々に内部から新しい餅生地がめくれあがって出てきて
裏のヘソへと入り込んでいく
この作業もまた手打ちの工程そのものなのです。

ただ丸い臼ではないから手で畳んでやる  というだけです。
畳んで圧力をかけて生地全体に力を与える事でグルテンとたんぱく質の
強靭な鉄筋多層構造を構築するのです。
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タイ人はタイ米を食べます。
このインディカ種米は粘りが少なく私たちにはパサついた食感と感じてしまいます。
ではタイ人に日本のご飯を食べさせると何と言うでしょうか?

「粘りが強すぎてまるで餅を食べているようだ」 と困惑気味に語ります。

欧米人の主食のパンもまた本来はパサついた食感を良しとします。
日本人の大好きなしっとりした焼き立てパンは体に良くないとしてトーストします。
充分乾燥させたカサついたパンの方が美味しいとして、そのまま食べます。

おそらく最近の日本人好みのもっちり食感のパンは好まれないのではと推察します。

こうして考えると米食文化圏のタイなどから見ても
粉食文化圏の欧米からみてもいかに日本人が
もっちりとしたコシのある食べ物を深く愛してきたかが良く解るではありませんか!

豊かな水資源に恵まれてきたというのも理由かも知れません。
しかし、水は怒ると暴れ狂います。

そんな厳しい自然環境に負けず、だからといって自然を征服するなどと思い上がった傲慢さを持たず
自然と一体になり粘り強く生きてきた日本人の姿勢ともよく調和しますね。
『粘り腰』という言葉に尽きる日本人の生き方でした。
だからこそ
手作りうどんの伝承文化も日本中の各地に沢山残っているのです。
ほとんどそれらも手打ちです。
機械が無かったから
というのは後付の理由に過ぎません。

美味しいご馳走だったから今でも残っているのです。

美味しくなかったから残らなかった
「蒸し蕎麦」がその反証です。
今では「せいろ」の名称と器にその面影を見るばかりとなっています。

さて、手打ちラーメンでは最後に手もみをします。
これもまた最後の手打ち作業です。
薄く伸ばされ細く切ってあるとはいえ、
その生地には先ほどの麺体と全く同量の多層構造が入っています。
切っただけの麺線ともんだ麺線と比べてみてください。

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縮れ  ではなく正確に言うと
それはギュッと練りこんだ時と同じカーブを形作っているはずです。
単なる縮れではなく、「練り」そのものなのです。

これら全ての作業、仕事の目的がたった一言「美味しい」の為です。

麺を口に頬張る幸せ
噛む時の「ぶるるん」と跳ね返るような心地よい食感
全て手打ちラーメンならではのものです。

つるつるとした食感が唇に心地よく
ふわりと歯が入り
やがてやんわりと押し返し
むにゅうっ となり
ぷつり と噛み切れ
つるりと飲み込んでしまう

麺の美味しいと言われる要素全てが入ってます
言うまでも無くその美味しさの正体が「コシ」なのです。

残念なことにホンモノのキネ突き餅を入手するのは年々難しくなりつつあります。
茹でたての手打ちうどんを賞味する機会の無い方もおられるでしょう。
正しい「コシ」とはどんなものなのかを実感するチャンスが少なくなってきていると思うのです。

このままではタイの春雨状の「フォー」を食べても「コシ」があるなどと言うことになりかねません。
フォーは淡白で軽い食感を楽しむ所が美味しいのですし、
フランスパンはカリッとしたドライな食感が美味しいのです。

本来あるべきところに「コシ」を求めないで無くていいところにばかり「コシ」を
求めるから正しくない食品列が並ぶような惨状になっていくのです。

スパゲッテイには水分勾配の程好い硬さが丁度似合うように
日本人の為のラーメンには多加水手打ち麺がもたらす「コシ」が最も美味しい麺だと確信しています。

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「コシ」がどんなものなのか
いまいち良く解らないという人にこそぜひお召し上がりいただきたい麺です。
今まで茹で足りない--妙に中芯の残る不快な硬さのラーメンを食べていて
何らかの疑問をお持ちだった方なら間違いなく「目からウロコ!!」となります。


グルテン強化などの小細工は不要です。
原点回帰してみればそこには昔から少しも変わらぬコシがもたらす
美味しい世界があったのです。


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どこにも無い麺
どこにも無い一杯を求め続け今日も試行錯誤を繰り返しています。






















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