多加水手打ちといえば真っ先に手打ちうどんが思い浮かべられます。
ところが、このうどんが蕎麦に次いで厄介。
案外本当の美味しいうどんの事が一般に知られていないのが現実。

今や多くの人がスーパーに並ぶパック入り茹でうどんを当たり前と感じるようになってしまいました。

初めて自分で打ったうどんを食べた時--15年前くらいか もう正確に思い出しもできません
あまりにもその美味しいのに  腹が立ったものです。

『今までうどん屋さんで食べてきたアレは一体何だったのか?!』 と
そして、その次に思い返し気づきました。
自分が今までうどん屋さんだとばかり思っていたお店が実は蕎麦屋さんだった事に。

あまりにも身近に馴染み過ぎてしまっている「生蕎麦」とのれんを出しているお店
うどんやラーメン、カレーや丼となんでもやっている食堂系と呼ばれるお店が
良くも悪くも自分のファーストコンタクトの味覚だったのです。



さて、今回もまた危なげなグレーゾーンにもう一歩そろりと踏み出して
タブーの扉を少しだけこじ開けてのぞいてみましょう。

そう、ひとくちにうどん屋さんと言っても色々です。
手打ち、自家製麺で頑張っている専門店から
いわゆる食堂系と呼ばれる何でも揃っているラーメン、丼、カレーなどまである大衆店。

喫茶店にだってメニューに書いてあるかも知れません。
でも、そんな所で食べて「街のうどん屋さんの味は」などと言っては
いけないのです。
専門店がちゃんとあるんですから。

その前に
ここで改めて専門店という定義づけをしておきましょう。
商品を絞り込んで専門に追求をしている玄人が自信を持って営業している店。
専門知識を持った玄人が吟味した商品を提供する店。
簡単に言えばこんなところでしょうか?

ですから私のブログ内では半素人がインスタントのダシ+袋うどんの商品を提供していて
「あ、ウチはこれ専門なんです」
などと言ってる所を専門店とは言いません。
そこを上手に置き換えて錯覚営業をしているところがあまりにも多いのでお断りしておきます。
単に一品しかありません、というのも専門店とは呼びません。

さて、食堂系のお店では(例外もあるかも知れませんが)普通は茹で麺を仕入れます。
これは製麺会社が早朝製麺して湯がいたものです。
一玉づつ分けて箱詰めにして納品します。
スーパーで私たちが見るのと同じです。
これの長所はとにかく早い事です。
5ミリ角くらいの太さのうどんなら10分以上かかるところをほんの数分で提供できます。

お昼時の立て込んでいる時間帯には大変威力を発揮します。
多彩なメニューに応じ、かつ出前にも応じるとなるとこれは必須アイテムであるとさえ言えます。

短所は茹で伸びです。
言うまでも無く茹でた麺は伸びるからです。
それをいかに感じさせないかが製麺所の「餅は餅屋」的テクニックなのですが、
やはり茹でたての美味しさには勝てません。

じゃ専門店はどうでしょう。
ここからがようやく本題です。

昔、富山にも本格さぬきうどんのお店がありました。
S商店街のはずれにあったそこは鉛筆より一回り太い麺でした。
当然、茹で時間が相当かかります。
間が悪いと30分以上待たされました。
このタイミングというのがつまり、
茹で置きが無くなってしまったから丁度今から茹でます  という「間」です。
間がいい というのは 丁度今茹で上がったところですからすぐに出せます 
というタイミングな訳です。

専門店の泣き所はこの茹で時間です。
太いうどんは美味しいし茹でておいても伸びはゆっくりです。
でも、本当は茹でたての一番美味しい時に食べてもらいたい
でも、それには最低10分以上かかる。 うーむ ー∀ー ; うーん思案どころです。

うどん好きのM.S.さんはかねてから
「美味しいうどんが食べたいのなら10分くらいの待ち時間がなんだ!怒り」と
叫んでいらっしゃいます。
当然です。

しかし、現実はなかなか厳しいのです。
とくに昼の立て込む時間帯が。

繁華街や繁盛店ならばあらかじめ多目に茹でて対応ができます。
(それでも若干茹で伸びは起こりますが止むを得ないでしょう)
事実ほとんどの有名店はそうして待ち時間を短縮する工夫をしています。

とにかく、気ぜわしい時間帯、忙しいお客様は気長に待ってはくれないのです。

それを語るのにこんなエピソードがあります。

うどん王国讃岐
この街には数え切れないほどの専門店がありますが
毎年ランキングが入れ替わり「今はどこそこの店が一番だ」などと評されるそうです。

ぞっとしませんか?
私などは鳥肌の立つ思いがしました。
聞きしにまさるうどん人種の国ではありませんか!
普通の街なら老舗はよほどの事が無い限り老舗であり続けられます。
この街ではわずかなズレも見逃さない厳しい眼を持っているのですね。

こうです
うどんは何分間か茹でて、いったん火を止めフタをして二分程度蒸らしてやらなければならない
こうして柔らかくて、しかしコシのあるうどんに仕上がる。
超繁盛店になるとこの「蒸らし」がついおろそかになり不出来なものを提供して首位から転落してしまう。
というものです。

つまり「待ち時間」というのは客の側だけの要求ばかりでなく店側の事情からも
なかなか厄介な古えから永遠に続く重い「課題」なのです。

とはいえ、讃岐の例ではそのほんの僅かな差異を聞き分ける鋭い味覚を持った「うどん人種」の方に脅威を感じますね。

さて、T地区のHというお店。
ここでは入店するとカウンターの端で店主がすかさず麺を湯に投入する姿が見られます。

そうです。
少しでも早く出せるように工夫しているのです。
出てきたうどんはやや扁平ながらもしっかりしたコシを感じる美味しい茹でたてのものです。
この麺のスタイルに到達するまでの店主のご苦労が忍ばれます。

時間とコシと、
うどんであることを前提にすれば許される範囲内でのぎりぎりの幅と厚みと加水のせめぎあいの結果がこの一本のうどんの中に結実していると思うといっそう美味しく感じられます。

一杯のうどんを食べて美味しかったか否か
量が多かったか否か
気に入ったか否か
価値基準はもちろん千差万別でしょう。
大いに自由になされていいでしょう。
しかし、そこに至る職人の気概や工夫に思いを馳せればそこには新たな価値基準も生まれます。
そんな所に着目して見るのもまた楽しいうどん巡りの興味となります。

私が今現在興味をもって観ている店は若い店主が一本立ちを許されたばかりです。
ここは面白いです。
とても美味しいのに毎回短所が目に付きます。
決してアラ探ししているわけじゃありません。

大量に打ちますから普通、家で作れば失敗するはずのないポイントで
起こるはずの無い事が起こります。
観ながら、食べながらそれらを勉強させてもらえるのです。

ポイントを見て、その原因を当て『なるほど』と独りで合点します。
しかし、あくまでもちらりと横目で見て観ぬふりをしてです。
じろじろ見ては可愛そうですからね。
野暮は最悪です。

そして普通は美味しかった で勘定を出しますが
ここでは 美味しかった+勉強になった  で大感謝して帰ります。
お気に入りのうどん屋さんです。

ただ食べると何の変哲も無い白いまっすぐな一本のうどんですが
その道を進むこの若い職人には果てしなく続くワインディグロードとなるでしょう
それでも頑張ってぐんぐん成長していってくれる と期待してまた足を運びます。

同じような苦労をともにする職人として
また無類の麺好きの一人として

















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