ある作家のエッセイで
「私は長年妻と娘にだまされていた」 
というのを読んだ事があります。

それによると二人がかりで日々
「料理と言うのはとても難しく玄妙なもので」
「食べて、あれこれと論評をすることはまかりならん」
と言い聞かせられてきたそうです。

この作家氏それを愚直に信じ込んでいて
『なんだか今日の味噌汁は塩気がきついな』
などと思っても決して注文や文句など言った事もなかったのです。

ところが、ある時。
その二人が長く家を空ける事情が起き、
この論理は破綻します。

作家氏が教本を持ち恐る恐る台所に立つと
なんと!
あっけなく美味しいものが作れてしまったのです。
晴天のヘキレキ。
目からウロコ。

そうか!今まで口車に乗せられていたのか!

と気づいたと言うわけです。
それからは嫌がる奥様を押しのけて台所に立つそうな。
料理の楽しさに目覚めてしまったというわけですね。


私は料理講習会でタンメンなどをやりましたがこれと同じような事が起ります。

皆さんはラーメン作りとかスープの仕込みなどと聞くと
とても時間の掛かる大変な難しい作業だと思い込んでいらっしゃるようですね。

それは決して間違いではないのです
いわゆる普通のお店どおりの材料比率でスープを仕込むと
最低でも4時間は掛かります。
そこから本当のダシが出始めるのですが、それは置いておき

でも講習会ではそんな時間はかけられませんから1時間弱で
作ります。
時間が無いなら材料を多く入れるだけでそれも大した金額でもなく出来上がります。

出来たスープがあまりに美味しいので皆さんに
「まず、このスープだけを味わってみてください」
というと本当に美味しいので歓声を挙げられます。

そこで皆さんに
「こんなに簡単に美味しいスープが出来れば化学調味料は要りませんよね」
と言い
「でもね、これでお店をやろうなんて思わないでください」
「プロにはプロの技が必要なんですよ」
と続けると皆さんは冗談だと思って笑います。

でもそれは冗談でもなんでもありません
奥の深い事実なんです
ただ美味しい物だけを作るのは簡単に誰でも出来ます。
しかし、それで経営を成り立たせるのが困難なだけです。
これこそが本当に難しい事なんです。

こういう冗談のようなきっかけで本当にお店を出す人がいるのです。

ひょんなきっかけでラーメンを自作してみたら案外美味かった
→友人にふるまう→絶賛される→商売をすすめられる
→謙遜→大勢の友人、ラーメン通がしつこくすすめる
そしてとうとうその気になってお店を出してしまう

というパターンです。

最近では蕎麦屋さんが目立ちます。
そこの辺りの事情を詳しく聞かずともお店に入れば
一目瞭然に察しがつきます。

アメリカのゴールドラッシュの時に一番もうけたのは
金掘りの道具を商った人だそうです。
有名なリーバイスジーンズもこの時に基盤を築いたといいます。

その伝ではありませんが、
近年やたらと蕎麦店の開業をすすめる業者がいます。
曰く
「高齢化を迎え健康志向が高まり蕎麦店開業の好機到来」
「誰でも簡単に打てる手打ち風製麺機」
「十割蕎麦が簡単に出来る製麺機」
などなど


私は「こだわらない蕎麦打ち」というのを提唱していて
よく人と手打ちうどんや手打ち蕎麦を作りますが、
その時にも必ず言い添えます。
「簡単に美味しくはなります。」
「でもそれでお店を出そうなんて思わないでくださいよ」と

ある蕎麦店がありました。
初老のご夫婦でいかにも慣れない風で開店間もないお店を
仕切っておいででした。

蕎麦が妙な按配です。
ツユも微妙です。

安直な機械を入れてろくに修行もされてないようだと
後から業者情報で知った頃にはもう人の入っているのを
見ることも無くなっていました。

また、ある寿司店では
型枠にシャリを入れて押し出し、それに業者から仕入れた
切り身を乗せて一人前いくらという盛り付け専門の仕事を
していました。

職人の仕事はどこにもありません。
見た所、明らかな転職組でした。
ご丁寧な事に味噌汁までインスタントでした。
ここは物珍しかったせいかしばらくは続きました。

でも”長続き”するかどうかというのはこの二店とも
傍目からは一目瞭然だったのです。


自分が美味しいと思ったものを他者が美味しいと思うとは
限りません。
私はそれを永遠のテーマにして毎日取り組んでいますが
いまだにその答えが見出せずにいるのです。
この道に足を踏み入れて40年経ってさえ、です。

難しそうなことをやってみたら案外簡単に美味しく出来上がったからといって
他者も「美味しい」と言ってくれるとは限らず
ましてや代価を出しても食べたいと足を運んでくれて
それで商いとして成立できるならどこでもお店だらけに
なっているはずですが、現実は厳しいはずです。

プロになるのはとても簡単ですが継続することは
とても大変なのです。


作家氏のこしらえた料理をご家族がどう評価しているのか
書いてはありませんでした。
















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