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タンカーに乗船していた時の事です。
もう、20年以上前のことですから今は事情も随分変わっているでしょうが。

数年しか乗っていませんでしたが オイルショックの頃に乗船していました。

それまではほぼ全速で航行していたのが燃費効率を考慮して
経済速度と呼ぶ減速航行に切り替わったのです。
それによって航海日数が長くなります。

ところで、船員と言うのは生鮮食料が不足します。
港に入って新しいレタスをかじった瞬間! 「甘い!」と感じる位です。

航海日数が増えた=長くなった=生鮮食料の渇望が増大

その為に当時、おそらく日本人としては最も早い段階だったろう
「貝割れ大根栽培キット」 なるものの導入もされました。
(ただ、美味しい食べ方が不明で茹でたりしてましたが)
にげ

この減速航行で私の生活が激変したのです。
船尾からトローリングを始めるようになったからです。
船員は休暇になっても実家で漁師をやってる人も多いので誰かが始めたんでしょう。

船尾に一番近いのが厨房です。
毎日ヒマさえあれば擬似針を眺める日々が始まりました。
24時間流しっぱなしです。
普通レジャーボートでトローリングをする時は魚がヒットしたら船を止めますが
タンカーは止まれません。

そこで魚がかかっているのを発見したら力技でぐいぐい引っ張り上げ針を外したらまたポイッと
仕掛けを投入します。
釣れた魚はすぐ血抜きをして夕食時に全員に刺身にして供するのです。

全員普通に仕事をこなしながらの毎日ですからそんな余計な仕事は下っ端の私の仕事です。
有り難かったですね。
マグロやシイラなどの比較的大型の魚なんて滅多に触れないのですが、釣れる海域に入ると毎日の様に上がりましたから。

マグロ、カツオ、シイラが多かったですね。
釣れると高知で普段は漁師をやってる 先輩に「これはなんて言う魚ですか?」と聞いてから調理します。

最初は「×△カツオだ」とか「○☆マグロだ」とか明確に答えてくれるのですが、
しまいには「これは混血だから名前は判らん」となりました。
若かった頃は何もかも勉強です。

生息域や産卵時期が近いと交雑するそうです。
味も似たようなものですから誰も気にしないで食べていました。

それまでも飛び魚などは獲れていました。
タンカーは空荷時には海上10数メートルの高さまで喫水が上がりますが、
満船時にはわずか数メートルにまで喫水が低くなりますから早朝飛び魚が甲板で拾えるのです。
でも、全員(当時で30数名)にまではいきわたりません。
その点トローリングは大型魚がきますから面白いのです。

ある時などは船内放送で
「船長です、今大型のカジキがかかっているから手すきの者は船尾に集合せよ!」
となりました。
船首付近で仕事をしていたものは自転車で200mをダッシュで飛んできます。
当直交代で仮眠を取っているものまで駆けつけ大騒ぎで取り入れます。
4m越えのカジキでした。
鼻先のスパイク状の穂先だけで40センチです。
結局揚げるまでは全員でお祭り騒ぎですが解体は私独りです。

これはあっさりとした味でしたがあまり人気がなく大量に冷凍庫で眠る結果になりましたが。
おかげで良い勉強をさせてもらえました。
イヤというほど刺身になったからです。

前置きが長くなりました。
新鮮な生魚が食えるようになって喜ぶ私達に先輩が昔 中毒になった時の話をしてくれたのです。

この方は南洋漁船に乗っていた経験がある人です。
日本人船員は停泊中はどこでも釣りをします。
そして釣れたら必ず刺身で食べます。
世界中 どこででもそうします。
現に私達は航行中まで釣りをしたのですから。

Aさんとしておきましょう。
南洋で停泊中に赤い魚を釣り上げました。
漁業の合間の停泊中にまで釣りをする というのが凄いのですが、
Aさんは田舎に帰っても漁師をしているのです。

さっそく皆で刺身にして酒盛りをしたそうです。
ところが様子がおかしい。
医者へ行け と勧められて全員船を下りました。

さっきまで暑かったはずなのに外へ出るととても寒くて皆震えが止まらなかったそうです。
「風が皮膚に突き刺さるようでピリピリと痛かった」 と言います。

ドクターが皆の様子を一瞥しただけで「Are you japanese?」 と尋ね
したり顔で写真を取り出しました。(仏人のようにアゴを何度も上下させる)
「これを食っただろう!」 てな調子です。
遠山の金さん みたいなDoc.じゃないですか。

当時ここで漁をしている日本人が何人もお世話になっていたそうで幸い
大事には至りませんでした。

回想はここまでですが、
今 これはシガテラ毒だったんだなと解ります。
その時はただ皆で肴にして馬鹿笑いをしていたのがとても無邪気に思えます。

もう少し強ければ、もう少し大漁だったなら死んでいたのです。

あれから20数年経って南の海の話がひと事ではなくなり
今、日本でもシガテラ毒が笑い事ではなくなりつつあります。
これからは度々ニュースで聞くはずです。
しつこいようですが十分用心しましょう。

温暖化は静かに確実に迫っています。
メルボルンでは45度だったそうです。







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