2018.01.31 山形県の芋煮
山形県では寒くなると戸外で「芋煮鍋」が盛んに
行われます。
このルーツは北前船の頃に遡るそうです。

その頃はもちろん船にエンジンなんかありません。
帆船です。
帆船は基本  風力で進みます。

ところが山形では最上川をさかのぼる必要がありました。
そこで剛力の人足が両側から綱で引っ張って遡上したそうです。

やがて日が暮れ冷気に包まれる頃
疲れた体からは汗も引き身震いするほど寒くなります。

そこで体を温める為に皆で河原で鍋をつついたのが芋煮鍋の
始まりだとされます。

もっとも現在では主に肉類が使われますが
その当時は北海道からの積み荷だった棒ダラだったそうで、
今に伝わる京都の「芋棒」(いもぼう)がそれだとか・・

でも昔も今も使われる主役の芋はずっとそのまま
「里芋」です

私は長年それが不思議でした。
『なぜ里芋なんだろう?』
『他にもっと旨いものがあるだろうに??』
『なんで寒い中、戸外で食べるんだろう』



ある晩秋の山中、
その日も朝からキノコ採りに歩き回って空腹と寒さで
疲れ切って昼食に用意してきた鍋をつつき始めました。

そこに入っていたのが里芋です。
在庫があったから持参しただけなのですが、
これが熱いんです。
表面のぬめりがとろけるように熱いダシをまとって
喉から食道を通過して腹に収まるまで火傷をするくらいに。

すると腹の中からじんわりと温まってくるじゃありませんか。
しまいには汗をかきつつかき込んでいました。

屋根があるとはいえ氷雨が冷たい北風とともに
吹きつける山中の東屋での事です。

これで山形県の方々がわざわざ寒い中での芋煮会を
喜ぶわけが解りました。
寒い中でやるからこそだったんですね。

芋煮  美味しいものです。
ie51.jpg


ちなみに
山形県とは言っても海側の庄内地方と
山側の山形市方面とはその歴史や文化は全く異なります。

言語、食習慣、別物と言っていいくらいです。
元々は庄内県と山形県という異なる県だったという
歴史的要因以上にまるで人種が違うというほどに・・。

ところが、芋煮だけは共通なのですが
まるで意地の張り合いをするかのように相違点を設けています。
庄内地方は豚肉を味噌味で
山形市方面は牛肉を醤油味で  とそれぞれ異なる伝統が
あるそうです。

面白いものですね。

ついでにもうひとつ余談を入れますと
ここ富山県も北前船の寄港地でした。

芋煮の習慣はありませんが棒鱈はよく食べられます。
手間がかかるので家庭で作るよりも乾物屋さんなどで
作ったのをお惣菜として買い求める事が多いようです。

浜で干物を買い求めておりますとそこへ小父さんが棒鱈を
買いに来ました。


「京都じゃ芋棒で出すそうですね」
するとその方は
以前に京都まで芋棒を食べにわざわざ行った事がある 
と言うのです。


「えぇ? 地元にもこんなにあるのに??」

その方が苦笑して言うのに
松本清張氏の小説でことさら旨そうに書いてあったものだから
何が何でも食べねば   
と出かけて行って  そしてがっかりして帰ってきたそうです。

「高価(たか)いばかりで味は地元で食べるのと変わりなかった」



なんとなく解かりますよね
池波正太郎氏などが蕎麦とか卵焼きなどを書くと
頭の中で光り輝いて見えるような気がしますものね。
それが筆力なのでしょう。

拙い私の文章では
芋煮の美味しさは半分も伝わらないでしょうから近日
実際にお出しして食べてみていただきましょう。

ラーメンの上に乗せて。
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