2016.06.29 ススタケー4
ヨシナの時に水の話につなげて書きました。
ススタケもそれと同じです。
例えば山の中の道があって下側にススタケ林が続いていたとします。

道端では細い親竹しか無いとしても
(親が細いとタケノコも細い)
ずんずん下っていくと親も子も太いのに出会えます。

これなど、
まさに水と共に養分も下りていきその濃度に比例するがごとく
と言えるでしょう。

でも、
今年入った山などがその反例になるでしょうか?
上に行けば行くほど太い立派なものがある。
そんなポイントもあるのです。

水気の少くなる頂上付近が最も太い  
これは普通はあり得ない事です。

なぜこんな事が起こるのでしょうか?

それは
日中の街の熱気が上昇気流と共に夜、山に駆け上がり
夜中に露となって降り注ぐからだと言われています。

そんなポイントでは早朝に行くと雨も降らなかったはずなのに
服がびっしょり濡れてしまうほど水滴だらけです。
ところが9時ごろに入るともうすっかり乾いてそんな形跡など
見て取れません。

ほんの僅かな微風が吹いただけでたちまち蒸散してしまうからです。

山自体の滋味ということももちろんあるでしょう。
その形状、土質、様々な因子が絡むことはもちろんあるでしょう。

でも幾千万の命を育む根本は「水」なのです。

ある山の頂でオオバギボウシを摘んだ時の事です。
雪解けをとうに過ぎた頃なのに切り口からボタボタと水が
滴り落ちるのです。

ここのは今までどこで摘んだものより美味しいギボウシでした。

沢に流れる水
渓流を音立てて下る水
清流をゆったり流れる水
田畑を潤す用水

大地を潤す雨
真っ白に覆い尽くす雪

激しく暴れる海

そんな見る事のできる水のほかにも
静かに、しかし雄大な時間をかけてひっそりと流れ続ける
地下水があり、
ふわりと漂うがごとくに山を潤す水蒸気があるのです。

私たち人間もまたそんな大地を流れる血液のような
水で生かされているちっぽけな命のひとつに過ぎません。

素晴らしきかな大地の豊穣。
美しき水の滋味深さ

gc52.jpg


今年はそんな熊が食べに来る所で美味しいススタケを
さんざ採ってきて今頃幸せを噛み締めています。
確かに甘いように感じます。
来年は生でかじってみようかと思います。

とりあえず、
瓶詰で保存しましたからこれは期間限定メニューに使いましょう。

こんな素敵な街に住める幸せを誇りたい気持ちです。








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