2014.01.11 キノコの話ー4
キノコ採りにとっては常識ですが
普通、採れる場所は絶対口外しません。
能登ではキノコのポイントを”アド”と呼び厳しく守られます。

家の息子はキノコ採りに連れて行っても娘は連れて行きません。
昔は近隣集落に嫁ぎましたから婚家で漏れる事を避けたのです。

なぜそこまでしたのかというと
キノコは場所さえ判ってしまえば誰でも簡単に採れるからです。

これが魚釣りだったらそうはいきません。
たとえポイントがばれてもテクニックやタイミングそれに
適合餌などが伴わないと誰にでもとはいきません。

そこで万一にも娘さんが山に入りたいと言い出さないために
能登ではおどろおどろしい恐怖な話が沢山あります。
どこそこの娘さんが山で大きな蛇に遭遇して・・・・
などといった話です。

子供の頃は本気で信じていました。
その名残で未だに溜池は近寄りたくないというトラウマを
抱えています。

能登はたおやかな山が多く、簡単に入れるので
キノコ採りはとても盛んでした。

ですからー2で述べたような”アルニヨ”事例が多くあったのでしょう。

有峰のアルニヨはキノコを横取りしながら
「これはなんというキノコなんだ?」
「食べれるのか?」
と知識まで要求しましたが能登でキノコ採りをする人は
それが美味しいキノコであることぐらい先刻承知ですから
当然、揉めたのでしょう。

「ここは私が先に見つけたんだから手を出さないで!」
と宣言する律を設けたのです。

無理もないですよね
女子供だけでキノコを見つけた!
さあ!採ろう!
という時に  「アルニヨ」が横取りに出張ってきたら
どう対応出来ますか?

「ここは私達が見つけたんだから取らないでッ!」
と言えば
「あぁそうか分かった」
と言うでしょうか

たぶん言わないと思います

きっとこう言うでしょう

「なにぃ!」
「この山のキノコは全部自分の物だとでも言うのか!」

そう、マナー知らずに対抗するにはしっかりとルールを
作るしかないのは時代を超えて必要不可欠なのですね。

採る権利や採る自由などと言ってる場合じゃないです。

そんな公設ルールの魔法の呪文が
「まいた!」
というものです。

どんな恐ろしげな親父が
「ほう! どれ俺にも採らせろ!」
とか
「ここは先に俺が見つけていた場所なんだ」
などと言ってきても無効にできる最強の言葉です。

この「まいた!」の語源は恐らく漁業の網を撒く
という意味合いだと思われますが、
能登特有の宣言でしょうね。

長崎にもよく似た決まり事があるそうです。

こちらはキノコ採りではありません。
秋になると砂浜に袖イカという巨大なイカが産卵行動で
接岸するのですが、全長1m重さ十数キロにもなる
イカは一人で取り込むのは大変です。

周囲にいた人が手助けするのでしょうね。
そして後で揉めたのだと思われます。
そこで出来たルールが
「最初にタッチした人に所有権が生まれる」というもの。

獲物を前にすると本性が顕れるのはどこでも同じですね。

話がずれてきたので戻しましょう。

キノコのポイント”アド”を知っていれば簡単に採れる
でしょうか?
いえそれははっきり言って甘いです。
甘すぎます。

アドを守るというのは実は大変な労力を伴うのです。
車のなかった昔、
朝の暗がりから近所の人に気づかれないようそっと引き戸を
開けて足音を忍ばせて家を出ます。

途中、何度も後ろを振り返りつつ歩み
山に入る時には出来るだけ朝露を落とさないよう
蜘蛛の巣を払わず腰をかがめて進みます。

これでお目当てのキノコがまだ出ていなければそっと
引き返し何食わぬ顔で一日を過ごします。

もし、出始めたらさらに大変です。
望みの大きさに育つまで気が気じゃありません。
毎日様子を見に行って見つからないように隠します。

いざ収穫と言うときには
採った後を判らないように木の葉で隠してこなければ
なりません。

普通は採れれば採れたで、また採れなければ採れなかったで
誰かに話したいものですが禁句なのですね。

また、採る事には誰しも熱中しますが
採った後などは無頓着なものです。

ですから大勢が入る山では探索した形跡が
ごまんと残っています。
毒キノコがひっくり返っていたり足跡がついていたり
落ち葉を盛大にひっくり返した後はキノコを採った証拠でしょう。

ここまででもうんざりするくらい大変なのですが
もっと大変なのが骨折や病気などで入院した時です。

シーズインなのに身動きできないとなると
もうこれは毎日が拷問です。

誰かに見つかってはいないか!
誰かに採られていやしないか!
そして一番恐ろしいのが
「荒らされていやしないか」という点です。

あるマツタケのポイントがありました。
割と知られたポイントでしたからアドとは呼びません。
アドとはあくまでも(自分だけの場所)だからです。

その場所はそれでも数年間は採れました。
ところが、急速に出なくなりました。

松の落ち葉はまるで箒で掃き清めたように地肌が露出し
さらに地肌の赤土は鎌で至る所引っ掻いたようになっていました。

マツタケは地中に横たわって成長し、少し大きくなってから
地上に立ち上がります。
名人は目星をつけた枯葉の上からそっと抑えて探しますが
素人は見つけられないと手当たり次第に地面を引っ掻いて
地中に横たわっている幼菌まで採ろうとするのです。

たまにまぐれでそれに引っかかると赤土の中で白く
傷が発見されるからいやでも判りますが
何しろ小さいからいくらでもそれをやり続けて
とうとう菌が死に絶えてしまうのです。

これが”場荒れ”です。

病院から出ると真っ先に”アド”へ直行して安否を確認する
などという笑えない話も無理からぬところです。

富山市内の某山でシバタケがそろそろ出ていないかと
様子を見に行った時のこと
もう7,8年前でしょうか?

出ていないので帰ろうとすると奥の方からお父さんが一人
出てきます。
「何を採ってるんだ?」
「シバタケでも出ていないか見に来たんだ」

「そりゃまだ早いな」
「お父さんは何を?」
「ふふふこれだよ」

とポケットから小さなマツタケを二本出して見せるのです。
あぁよかったね
と別れて帰ってきましたが。

私がマツタケに執着しない人間だったからよかったものの
能登では、しかも鼻の利く名人だったなら
たちまちばれてしまいます。

アドは大切にしましょう。

もっとも
現代では芝を刈りに山に入らなくなり
良いキノコがぱったり採れなくなりました。
それに加えて出かけるときには大抵現場直近まで車です。

見る人が見れば
『オォッ あそこの山では今○○が採れてるんだな』と
すぐにばれます。

アドを守るのも一段と難しくなりました。





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