2015.04.08 雑魚道場
昭和天皇は
「雑草という名の草は無い、まだその利用価値が見出されていないだけだ」
という名言を残されています。
日本を深く愛し、慈しまれた陛下だからこその慈愛に満ちた
お言葉なのでしょう。

このような畏れ多い引用をさせていただくことに恐怖を
覚えるほど卑近な話題で申し訳ないのですが、

ここで私の持論を述べさせていただきます。
「雑魚と言う名の魚はいない」

え?
パクリにもほどがある?
どうかご容赦ください。

ある地方では釣り師から忌み嫌われ「外道」とののしられ
堤防や岩の上に投げ捨てられる雑魚が
違う地方では大変喜ばれる魚だったりということが
あります。

その理由については各、魚種で様々な考察をしてみたい
とは思いますが
なにはともあれ現実的には
”まだ美味しいレシピが与えられていない”
ことが全ての理由ではないかと思うのです。

リール竿を使って釣りをするようになった40年ほど前は
キスの投げ釣りをするとメゴチが毎回嫌というほど釣れました。
その頃、メゴチが釣れると皆捨てていたものです。

型も30cmに届こうかという立派なモノが数釣れたのに
ヌルヌルする、角が痛い、見た目がグロなどからです。
でも私は必ず持って帰りました。

単に食い意地が張っていた  だけじゃなく
味噌汁の具にするととても旨かったからです。

今ではそのメゴチすら滅多に釣れなくなったと聞きます。
型もだいぶ小さくなったようです。

メゴチは天ぷらネタに美味しい魚だということが
広く知られてきて持ち帰る人も多くなったそうです。

これは時間の経過でその価値基準が見直された例です。


ベラをご存知でしょうか?
これほど毀誉褒貶の激しい魚もありません。
ある所では嫌われ、まるで魚ですらないような扱いを受け
ところが、他所では大いに喜ばれるという不思議な扱いを
受けています。

これはそれぞれの土地の価値観による相違です。

本格的な磯釣りをやめて久しいのですが、
かつて毎晩のように沖の波消しブロックで夜釣りをしていた時期があります。
夜釣りと言うのは灯りを嫌います。
明るくするとせっかくの獲物を逃がしてしまうからです。

星明りだけの暗い中で釣友と二人だけで釣っていると
彼がしばしば 「頼む!」と声を掛けてくるんです。
『うーん しょうがない奴め』
と内心舌打ちして私は竿を置きます。

その魚はギンポといいます。
姿はアナゴの小型状ですが、大抵針を飲み込んでいて
タオルごとつかんで針を外すのですが、ウネウネと激しく暴れるので
その感触を彼は嫌って私に頼むのです。

外してやるのは嫌ではないのですが、いかんせん真っ暗闇の中での
事とて、魚がどこにいるのか分からなく
しまいには顔にペタリと張り付いてしまうのがとても不快だったのです。

私達が邪険にポイッと捨てていた、そのギンポでも東京では
天ぷらネタとして珍重されているのだそうです。

本当に所変われば魚の価値もがらりと違います。

そんな魚がいっぱいいるんです。
でも、ほとんどの場合それは魚自身に問題があるわけじゃ
ありません。

人間が身勝手に
”これは高級魚だから嬉しい”
”なんだこんな外道はぶん投げてやれ”
酷いのになると
”見てくれが悪い”というだけで忌み嫌われています。

そんなおこまがしい現実に敢えて一石を投じるという
意味でここに雑魚道場の設立を宣言いたします。

雑魚には雑魚の美味しさがあります。
雑魚を美味しく食べようと叫びましょう。

雑魚に美味しいレシピを!
「雑魚道場」の始まりです。


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