お盆は休まず仕事をし、22,23と連休を取り有峰で息抜きをしました。

この日は師匠の松浦さんも私も足がやや不調だったので
わがままを言って易しい場所での釣りです。
それでも場所選定の確かさと、入山の前に有峰の神様に
御参りをしたご利益とで大物連発です。

ありがたい事です。
おまけにチチタケというキノコまで一本採れました。
急斜面だったので探せば他にもあったのでしょうが
とてもそんな余裕はありません。

有峰では易しい場所と言えども急崖ばかりなのです。

このリベンジは次回に取っておきましょう。

帰宅してすぐに調理します。

今回は中国料理にします。
ついでですから過程をご紹介します。

中国では昔から木材資源が少なく庶民は炒め物中心の献立だったそうです。
燃料不足だったんですね。
ですから煮込み料理というのはそれだけでご馳走だったわけです。

宮廷料理が主な日本の中国料理界では
格別なことも無い魚の醤油煮込みですが、
お出ししたときに
「おぉ、この料理は紅焼といって最高のものなんだ!」と
在中経験者が感激した時も『???』でした。

宮廷料理の世界では例えばツバメの巣とか乾燥ナマコ
フカヒレや、あと未経験ですが熊の掌などの方が高級だと
思っていたので不思議でした。
もちろんそれらも長々と煮込みに煮込んで仕込みされる
べらぼうに燃費のかかる食材ではあります。

そういう
燃費という観点から見ることもまた面白いものです。

さて、紅焼とはいっても赤黒い色です。
この色を出す為に普通はカラメルを作ります。
仏料理でもシチューの色に深みを出すときには加えるそうですね。

ウチには黒いラーメンのタレがありますからそれを流用
しましょう。
富山ブラックな紅焼というわけです。

魚は普通イシモチやマナガツオがよく使われます。
イシモチなどはこの方法で煮るのが最も美味しいと感じます。

(材料)
魚、ネギ、にんにく、キノコ類
(調味料)
酒または紹興酒、砂糖少々、醤油、ケチャップ少々、水
水溶き片栗粉、ごま油。

煮魚はスープでは作りません。
水で煮込みますからご家庭でも簡単です。

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下ごしらえしたイワナを醤油にまぶしておきます。
ネギはザク切りキノコは削ぎ切りにします。
ニンニクは小粒を丸で用意。

魚を油を敷いたフライパンで焼き、移しておきます。
空いた鍋でネギをよく炒めます。
材料を全て入れて水を注ぎます。

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調味料を加えフタをして煮込みます。
ニンニクが柔らかくなったら仕上げに入ります。

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水溶き片栗粉を薄めにしたものを少しづつ加えます。

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この時には
鍋を左手でグルグル回しながら
お玉を右手で少しづつ傾けて流し入れる
という手法で行ないます。

TVなどでもご覧になったことがおありでしょう?
最後に向こう側からごま油を少量垂らして
鍋を大きく振って大返しして
180度ひっくり返して皿に移し、完成。

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この大返しというのは
例えばチャーハンや炒め物でよく見る小返しに対し、
ホットケーキをひっくり返すようにして正転させる手法です。

フカヒレの姿煮やナマコ、アワビなどの
キレイに並べて煮上げた料理は全てこうしてひっくり返して
盛り付けられたものです。

が、しかし
油や熱い煮汁が跳ね飛ぶ危険があるので難しければ
小返しだけでも充分でしょう。

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今回の感想としては、
チチタケはもう少しよく炒めた方がよかったでしょうか。
それでも初食としては好印象でした。
イワナとキノコの有峰の恵み。
大変美味しく、ありがたくいただきました。
合掌

夏はこうしてゆっくりと過ぎ去り、
巨大なステージは秋色にとうつろいます。
山菜からイワナ、そして待望のキノコ。
もう少しだけ遊ばせてくださいと
有峰の神様に祈ります。






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みどり共同購入会のYさんが
「万里のラーメンのような酒があるよ」と言います。
なんの事かと聞くと

飲み始めはとても違和感があり
酸っぱくて、まずいとさえ思うが
一本飲み終る頃にはすっかりトリコになり他の酒じゃ
物足りなくなってしまうほど旨いと感じるようになる

のだそうです。

『そうか最初はウチのラーメンもそうでしたか』
とにんまりします。
それで結構です。
ありがたいお褒めと受け取りましょう。

この酒
五人娘といいます。
作り方、仕込み方は色々あるでしょうが
詳しくは知りませんので省きましょう。

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ですからラーメンの話にかぶせて語ることに致します。

いわゆる「通」の人はまずスープを一口含み
「コクと旨味が・・」
とTVでは紋切口調で語ります。

コクは砂糖
旨味は味の素なんですよ
と通の人に種明かしすると
そんなバカなと気を悪くします。

これと同じ事が酒にも言えるんです。
度数は糖度が関係しているそうでして
おまけにアルコールを添加することで飲み口を
いかようにも調節できるのだそうです。

それで、
大きな蔵はそれこそ全国の小さな蔵の酒を桶買いして
自社ブランドの味を整えて販売しているのだそうです。

五人娘の味は確かに
想像を超えるまずさでした。
クセが強いとも言えます。
嫌味要素満載の味です。

産まれたばかりの乳児に砂糖水をなめさせると
もっと欲しいという仕草をし、
酢をなめさせると顔をしかめて横を向くそうです。
ヒトは甘いものを好むんです。
しかし、長じるにつれ色々な味覚を覚え五味になじみます。

この中で酸味、苦味、渋味、アク味などの本来ヒトが嫌う要素を出来るだけ排除した味が
一般に好まれます。
それはひたすら甘いものということになります。

酒でいうなら甘口
ラーメンで言えば砂糖と味の素がどっさり入った一杯

甘味というのは長いヒトの歴史の中では
本来、果物のことだったそうでして
トンカツや焼肉などをたらふく食べた後に無性に甘い物が
欲しくなるのは不足するビタミンを体が求めているサイン
なのだといいます。

果物を食べて栄養バランスを取って~
 とシグナルを発していると言うわけですね。
ところが現代では甘味=砂糖となってしまっていて
アイスクリームや菓子などで応えています。

そうした繰り返しでどんどん甘いものばかり増え続け
とうとう「甘いものでなければ美味しくない」
という味覚に慣らされて来ているようです。

自分もその一人です。
かつて、ある名酒の誉れ高い一杯を飲んだときに
『これは腐ってる』と
あまりの不味さに顔をしかめた事があります。

今回、五人娘を飲みその時の感想を思い出しました。
10数年経ち味覚が変化したのでしょう
ようやくこの旨さが判りました。

酸味、渋味、えぐみの下にどっしりとした旨味が隠れていたんです。
なるほどこれはヤバイ
今まで辛口と思っていた酒がただの甘口に感じられます。
いえ、薄っぺらにさえ思えます。
これは確かに一杯や二杯だけ飲んでいたのでは到底判らなかった味でしょう。

ウチのラーメンをこの名酒と並べるのは気後れがしますが
甘味旨味を増強しないで自然にゆだねると同じ事が起こる
と言うのは不思議な気がします。

甘味旨味の強すぎる酒に馴染んだ舌にはこの酒は
確かに不味く感じるはずです。
同様にウチのラーメンを嫌いだと言う方も大勢いらっしゃいます。

どちらも在り得ないはずの嫌味要素満載だからです。

それを無添加といいます。
好かれようと特別なことをしているわけではありません。
あるがままに
嫌味要素”も”そこには在ります。

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埜島さんは先にご紹介した「佐伯 元さん」と一緒に
蜂蜜を作っています。
言わば Gen's beeファミリーの一員ですね。

春、その現場にご一緒させていただきました。
この日はトチの花の蜜を求めて盛んに飛び回っていました。
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ここは某、国有林で誰もが自由には出入りできません。
厳重に管理されている所です。
それだけに人気の無い静かな原生林が広がり
蜂ものびのびとしているように見えます。
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しかし、いい事ばかりじゃありません。
熊です。
熊は蜂蜜が大好物。
普通ならたちまち襲われて巣箱も壊されてしまいます。
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そこでこれです。
熊除けの高圧電流ロープです。
触れたとたん電気ショックが襲います。

おかげで今日も無事作業が終りました。
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元さんが you tubeに動画をアップしているのでご紹介しておきます。
ここで巣箱を作っているのが埜島さんです。

東日本大震災支援チャリティー販売の一品には現在
この埜島さんの蜂蜜を販売しております。
正真正銘ここ、富山で採取された混じりけの無い
100%ピュアな蜂蜜です。
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(西洋ミツバチの蜂蜜)

元さんによると
インチキをして蜂蜜を作る人は沢山いるそうでして
中には巣箱のすぐ傍に砂糖水を置くという方法が
あるんだそうです。
ふざけた話ですが、
野生の花が咲き誇る環境さえあればなにも
わざわざそんなことをしなくても体に良い蜂蜜はふんだんに
ある  とお二人は笑い飛ばします。
混ざりけの無い純天然の蜂蜜です。


素敵な人達と素晴らしい蜂蜜。
500g入り 2,500円で販売しています。
仕入れの差額400円が義捐金となります。

蛇足ですが、
蜂蜜は一才以下の乳幼児には食べさせないでください。

Gen’s Bee 
「ミツバチと生活しています」


2011.08.15 すいとんー2
すいとん汁は中国料理店の頃にも何度か
ランチのスープで出しました。
「今時のすいとん汁」として
小麦粉をカツオダシで練り、具沢山で作りました。
好評でした。

戦後の頃のすいとんを知る方がまだ大勢現役でしたから
話は随分と賑わいました。


でも、今回はすいとんを通じて「麺」を考えてみようと
きちんとしたレシピで小麦粉を練りました。

小麦粉を水でこねたものが麺です。
イタリア語ではパスタ。

ではどうしてあの頃のすいとんはあんなに不味かったのでしょうか?
まず、ダシの欠乏
   具材の欠乏
   そして主役の小麦粉のあつかいの不慣れ。

もちろん粉も今のような白い粉じゃなかったと言います。
これじゃかわいそうなくらい手の打ち様がありません。

何にも無い時にそれでも最善の努力をしてくれたんですね。
改めて母親達に感謝。

今の私がすいとんを最善の努力で作るときっと
「贅沢だ」と非難の声を上げる人もいると思います。
でも、出来るだけ美味しく作るという発想ではあの頃と
少しも変わらないのだという事を申し添えておきましょう。
わざわざ不味くしてやろうなどと考えた母親などいやしません。

(レシピ)
小麦粉中力  100g  全卵 1個 塩4%で4g

デジタル計りにボウルを乗せON。→0表示を確認
塩4gを量る
ボウルに卵を割り入れる。
水を48gまで加える。  
良く混ぜる。
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小麦粉100gの入ったボウルに卵水を入れ、箸でかき混ぜる。
袋に移して常温にて30分放置。(脱気)
テーブルに出してこねる。
まとまったら袋に入れて足で踏む。
広がったら畳み直して、また足で踏む。4~5回繰り返す。
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(画像は鉄パイプで行なっている。麺棒で抑えても有効)
形を整えて袋に仕舞いこみ、1~2時間常温で放置。

包丁で細くカット。
棒状に丸く転がして成型。
小口からカット。
親指でつぶす。
この時に真上から押すのではなく、
斜めから押し広げるようにするとクルリと指に回り込む。
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これが今回のすいとんです。
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中国料理では猫耳(マオアール)
イタリアンではオレキエッティ(耳たぶ)という麺です。
もちろん粉の組成はそれぞれに異なりますが。

これを下茹でします。
分厚いから時間はたっぷりとかかります。

その間汁本体を仕込みましょう。

(レシピ)
かつおだし
鶏もも肉  ゴボウ、戻しシイタケ、人参、大根
インゲン豆、枝豆、ジャガイモ、タマネギ、長ネギ、 
みょうが。

材料を火にかけてアクを取ります。
下茹でしたまだ硬いすいとんを加えます。
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味付け
酒、塩、醤油

すいとんがふっくらとしてきたら火を止めてフタをし、
1~2分蒸らします。

これで完成です。

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おっと、忘れてはいけませんね。
今回は比較の為に水だけで練ったものも加えました。
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これで試食です。
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ふっくらとして、もちもち
まるでつき立ての餅のような食感です。
これがコシなんですね。

贅沢でとても美味しいすいとんになりました。
いっぽう、水だけでにわか仕立ての方はというと
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ダシや具材の旨味を充分吸い込んでこれもなかなか
美味しくなっています。

ところが、
もっちり感やコシはまるでありません。
小麦粉の弾力だけです。

確かに水で練れば全て「麺」とはなります。
しかし、美味しい麺にするにはやはり熟成と鍛えが必要だったんです。
中華麺やうどんでも同じです。

低加水か多加水かなんかどうでも構いません。
問題はその後。
正しく扱われてきたか?
ちゃんと育てられてきたか?

ただの麺か、美味しい麺かが分かれるという当然の結果でした。

しかし、こうして贅沢なトライが出来るのも
水、電力、ガスなどのライフラインが完備されていればこそ
改めてそれらに携わる皆様に感謝を申し上げます。

こうして美味しいすいとんを食べると
「すいとん」と聞くだけで身震いをするようなトラウマから解放される気がします。

ぜひ一度お試しください。

しかし、あの不味かったすいとんの記憶は消そうとしても
消えないでしょう。
でも、あえて言います。
それは「他に得がたい宝物の記憶」だと

不味いすいとんを食べた

それは限りない愛を享受してきた  という証なのです
誰もが生きるだけで精一杯だった戦後。
それに生き延びてこられたんです。
 
私には戦後の食糧難の経験はありませんが、生きてる限り
食べるため、命をつなぐための戦いには終わりはありません。

『がむしゃらに働いてきたから定年を迎えたら
しばらくはのんびりと暮したい』
などと言ってたと思ったらすぐにお亡くなりになってしまった
という話はよく聞かれます。

機関車が動かなくなったらすぐに錆びてしまうように
生きている限りスイッチを切ってはならないのです。

戦後は何も無かったけれど母親たちはそんな中でもいかにして
少しでも美味しくしようかと知恵を絞り工夫をこらしたはずです。
懸命に”生きた”んです。

今生きている私達もそれを見習わなくてはいけません。

あの戦後の復興を成し遂げた先人達に負けないで気を張って生ききりましょう。

終戦の日に感謝を込めて
贅沢なすいとんを食べ、偉大な先人の方々に合掌。




2011.08.11 伝説のすし店
今はもう無いお店です。
その寿司店はすしのもう一つの文字「鮨」を改めて痛感させてくれる所でした。

「なるほど、魚で旨いとはよくぞ言い当てたものだ」
と、毎回感心させられました。

頑固者の親父さんと優しいお母さん。
年季の入ったお店ですが清潔に保たれていました。
表には季節の盆栽の見事な鉢が四季折々にあわせて据えてありました。

今も佇まいはその頃のままですが、営業はやっておりません。

「江戸前の寿司ネタじゃないから納豆巻きなんてやらない」

と強情な親父さんでした。
常連からは深く愛されていて迂闊に人には紹介できない
ような秘密にしておきたいような珠玉の小さなお店でした。

ここでは色々な事を教えてもらいました。
恥ずかしながらそれまで解らなかったちらし寿司の食べ方も
習いました。

いつもオススメのネタを黙って勝手に出してくれました。

ある時、例によって黙ってかんぴょう巻きを出すのです。
これは心して味あわなければ
と思い噛み締めると
今まで何の気なしに食べていたかんぴょうがまるで違う
食感なのに気づきます。

柔らかなのにコリッとした歯応え、
それでいてしっとりとして噛むと中から美味しいダシすら
滲み出すではありませんか!

かんぴょう巻きがこれほど美味しいものだったなんて
この時に初めて教えてもらいました。
国産のかんぴょうの味でした。

富山特産のイカの黒作りの軍艦もここで初めて食べました。
うずらの卵黄が乗ったそれは塩気とコクとイカワタの深い旨味がぎっしりと詰まっていて誰もが唸る美味しさでした。

ただし、それは普通のイカ黒作りじゃなかったんです。
特別に作ってもらっている特別な塩辛だったんです。
普通のものじゃこれほど美味しくはならなかったんです。

この時のイカ黒作りに匹敵するものを自作出来たのは
このお店が無くなってから随分後のことです。
親父さんに味見をして欲しかったと切に思いました。

無くなってしまったお店というのはえてして美化されやすいものですが、
ここは美化だけじゃない一面もありました。

花町に近いこともあり中には白粉臭い派手な夜の女性を
伴って来店する一見さんもいます。
そういう客の中にはよせばいいのに通ぶって
おかしな注文をする人もいるのです。

すると勘定はもろに高くなるんですね。
大したものも食べてないのにこちらが腹いっぱい飲んで
食べてというのと同額くらいをしれっと告げるんです。

常連は知らん顔をして横を向いてニヤリとします。
ま、普通なら褒められることじゃありませんが
この親父さんならしょうがない  という
このお店のしきたり、磁場とでもいうべきものが確立されてました。

ここで教わったことは沢山あり、寿司を食べながら
習うという楽しみにはまりました。
ひとつの仕事には”そうなる必然”があり、
またそれを最善の手法で”そうならせる”のだと解らせてもらいました。

ここで酒を飲んだ後で寿司を握ってもらうと
不思議な事に食べれば食べるほど余計に腹が減るような感覚に陥り止らなくなります。
口数の少ない昔かたぎの腕のいい「職人」でした。

ここが無くなってからというものほとんど寿司を食べに行かなくなりました。
たまに全国から取り寄せている名店があると聞いて
出かけることもありますが、確かに良いネタを使って華麗に
握ってはいてもどこかアンバランスなものを感じて二度目はありません。
残念なことです。

もう無くなってしまったお店と無意識のうちに比べているのかも知れません。

2011.08.09 ダムカレー
世にダムマニアと呼ばれる人達がいるのをご存知でしょうか?

DAM MANIA

そしてダムカレーと呼ばれるモノがあるのをご存知でしょうか?
黒部ダムカレー
「八ツ場ダムカレー」

面白い事を考える人達もいるものですね。
こうして面白がっていると一度は食べてみたくなるのが人情というもの。
ところが、いくら調べても富山県内には
このダムカレーを出しているお店が無いようなんです。

実際には完成もしていない八ッ場ダムまでこの世界にはあるというのに
しかも!
日本最大の黒部ダムまでしっかりと長野県のご当地カレーとまで
認定されてしまっていると言うのに!   

これはイカン
富山県も遅ればせながらも参入してもらわなければと
思ってもそんな知り合いは一人もいません。

どうか皆様のご懇意のカレー店、洋食店がありましたなら
要望を出してみてやってください。
ダムカレーを出す店は地域起こしに確実に貢献しているようです。

と人頼みばかりしているのもなんですから
ここは自分でも作ってみようと昨日のお盆前の
最後の店休日にはカレーを仕込みました。
目指すはこちらの有峰ダムです。

300px-Arimine_Dam_survey[1]

このダムの上の通路が交互通行になっていて車で行き交うことができるんですが、
山菜採りや魚釣り、ピキニックの人たちでいつも賑わうんです。
これも表現したいものです。

普通はこう盛り付けますよね。
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ダムカレーではこうなります。
「有峰ダムカレー」
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通路を通る車にもご注目ください。
そしてダム湖には蓬莱島もあります。
巨大な重力式コンクリートダムの下には
鬱蒼たる原生林が広がり基礎基盤を覆いつくさんばかりです。

普通、ダム好きの人はご飯にスプーンをいれて
「放水!」
と声を出して崩してカレーを流れ出させて食べるのを楽しむそうですが
まるでダム決壊のようでそんな画像はとてもここには
UP出来ません。
そんな事をしたらもし、ダム下流で釣りや山菜採りを
している人がいたらどうなるのか?

などと
入れ込みすぎてもうすでに妄想混じりになってきています。

ついで
「白岩ダムカレー」
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こちらは小ぶりです。
放水路の形状が独特の用水用ダムです。

春一番はここでフキノトウを採ります。

並べてみました。
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こうして並べてみて解ったんですが
ダム周りというのは遊びの宝庫なんですね。
食べれるものがいっぱいです。

富山県にはまだまだダムが沢山あります。
これからもあちこちのダムへ実際に足をのばして
シリーズ化してみましょうか。

でも、富山県内のどこかにダムカレーを出しているお店が
あればそれが一番なんです。
飛んでいきます。
ご存知の方がいらっしゃればどうかご教示ください。

ちなみに、ダムマニア=カレーマニアではありません。
私は単なるカレー好き&ダムカレーを食べてみたい
というだけです。

そしてダムと聞くと山菜や渓流魚を連想してしまう
食いしん坊なのです。

渓声山色清
(けいせい さんしょく きよし)



2011.08.08 すいとん-1
すいとん
と聞いただけで身震いしている人は沢山いるはずです。

戦後の食糧危機の折にアメリカ軍がもたらしてくれた
大量の「メリケン粉」
それはそれで大変ありがたい物でしたでしょう。

後になってみれば何のことは無い
小麦粉食に餌付けさせる為の戦略的支援だったとは呆れましたが
切羽詰まっているときはそれこそ喉から手が出るほどで
またこれのお陰で飢え死にしなくてすんだ人も沢山いるはずです。


しかし、あまりに何も無かった頃
小麦粉(メリケン粉)の特性もよく解らないまま
従来の食生活のまま取り入れた結果
恐ろしくまずいシロモノになって全国を席巻しました。

雑炊(ぞうすい)をご存知でしょうか?
ご飯に具材を混ぜてダシで軽く煮上げたものです。
これの語源は増量の増+水なのだそうです。

少量のご飯を大人数で食べる時に芋やら青菜やネギなどを
加えて水で煮込むと嵩だけは増やす事が出来ますよね。
これがいわゆる雑炊の原点なのだそうです。

今では高級料亭で懐石料理の〆に出されます。
炊き立てのツヤのある美味しいご飯を水洗いしてぬめりを
洗い流し、一番だしでさっと煮てサラサラッと食べる
本当の贅沢なご飯です。
戦後の食料危機をご経験された方なら怒り出しかねませんね。

すいとんはこの、よろしくない方の増量目的で作られました。
ダシが無い、卵も無い、美味しい具材も無い。
少量の野菜と小麦粉だけです。
味噌醤油があればまだマシで酷い場合は塩だけ。

水で野菜を煮る。
小麦粉に水を加えて練る。
団子状にして汁に落とす。
味付けをする。

これの不味さは想像を絶するものだったようです。
命を救われたにもかかわらず人間の舌というのは
理性のコントロールが出来ないとみえて
いまだに身震いしてその不味さを語るのです。

戦後生まれの私ですが亡き母がこれをしばしば作りました。
すいとんに慣らされてしまいたまに食べたくなったのか?
はたまた子沢山のまかないに苦労するが故だったのか?
今となっては解りませんが、
ご多分にもれず私もこれが嫌いでした。

ただ、家では鶏を飼っていたので卵の入った小麦粉でした。
それでも不味いのに変わりは無く不平を口にしては
母を困らせました。
そんな私を「贅沢言うな!」といつも叱った長兄もとっくに他界し、今は鬼籍の人となっています。

すいとんは汁ですが、家ではおかゆにも入りました。
残り少なくなった米びつを見ては思案していたであろう
母の苦労を今想うと申し訳ない気持ちでいっぱいです。

でも、すいとん粥は汁よりもっと美味しくなかったとだけ
書いておきましょう。
やはり感謝と舌は別物なのです。

終戦記念日も近いことです
昔を少しだけ振り返りつつ、私の本業ともからめつつ
続けてみましょう。

これは「麺」の話です。











以前の記事の続きです。

さて、前回は包丁を動かさなければきれいな切り口にならず
それは味にも関わる というような事を書きました。

では、それは麺においてどういう状況を生むのでしょうか?
例によって危険な予感をはらみつつ進めましょう。



ラーメンを食べに来店されたお子様連れの皆様は
「チュルチュルだよ~」と言い聞かせられています。

私はこの言葉に麺類好きの最大要素が表現されていると
思うのです。
ツルツルとした食感。
唇を通過するときの心地よい擦過感。

もちろんこれ以外にもコシや、もちもち感など色んな要素が
ありますが言葉に言い表しにくいのですね。
特に子供には一番訴求力のある言葉を当てますから。

子供に
「ほ~らもっちりした麺だよ」などと言っても
解りません。

冗談はさておきツルツルとした麺。
これが”食べる側”から
すれば全ての要素の美味しさを言い表すと言えます。

作り手側はもっと複雑な要素ももちろん考慮しなければ
なりませんが、食べる側からすれば関係ない話です。

(ここで少々、横道に寄らせていただきます)

ところで私達日本人はこの麺をすする時に
空気とスープという液体、麺という固形物の三者を一気に吸い込むのですが
これは欧米などの国の人は苦手なのだそうで
実は大変危険な行為なのだそうです。

専門医の方が
「神様はなんて危ない構造にしてくれたんだろうか!?」
と嘆いておられたくらいなんです。

喉の小さな突起物で上手に交通整理してくれなければ
たちまちむせかえってしまいます。
これが上手くいかないと命に関わりますから
やはり子供の頃から慣れる必要があるのですね。

私達はそうして小さな頃からすすりこむということを練習して来ているから出来ますが、
来店される欧米人の方はさりげなく観察させていただくと
やはり、すすりませんね。
あちらではマナー違反だ  という事もあるでしょうが、
根本的に”出来ない”と言ったほうが正確なようです。

その代わりスパゲッテイなどもそうですが
唇を上手に動かして麺を送り込んで食べられます。
私達にはこれは難しい食べ方ですね。
唇を突き出すように麺を迎えに行き、上手に手繰るように
ムニュムニュと召し上がられます。

あれだけ面妖な動きで鍛えていれば
難しい英語やフランス語の発声も上手なのもうなずけます。

え?
フランス人がフランス語を上手なのは当たり前だ?
これは失礼。

本題に戻りましょう。

つるり とした食感を出したいからと、手を尽くしても
切る工程が間違っていると台無しになります。
美味しく切るということはつるりとした食感にも多大な影響を及ぼします。


手打ち蕎麦の美味しさを語るときに
断面のエッジのたった小気味良い食感が語られますが、
キリリと角の立った蕎麦は確かに美味しいものです。

ですが、本来当たり前のはずだったのにほとんどの蕎麦がそうでなくなっているから
手打ちモノでことさらにそう感じてしまうとも言えます。
ではエッジの立っていない蕎麦はどうやって切られているのでしょうか?

これは製麺機の切り歯というローラー状の歯で作られたものです。
押し切りしたようになりシャープな切り口とは言えません。
例えてみれば
ペーパーカッターで切るようなとでも言いましょうか。
断面はザラリとして角は丸くなります。

誤解しないで頂きたいのは
切り歯でカットした麺がダメだといってるわけじゃない
ということです。

パスタだってツルリとしたものやザラリとした切り口を
持つものがメーカーごとに特色を出して販売されていて
それを調理人が”それに見合ったソース”で合わせます。

ですから
つるつるっ と食べてもらいたい  と願う料理人が
押し切りするような道具で切ったりしていては
目的を遂げられない  と言う事になります。

昔はあまり良い道具はありませんでしたから
しょうがない面もありました。
でも今はネギを切るだけですら人より優れたものがあるのです。

手で包丁を使わなくとも機械式の包丁切りが出来ます。

前述しましたように
ツルツルとした食感は延し面に強く出ますが
包丁を動かして切った断面もまたつるりとした食感を持ちます。

このままならばエッジの立った麺です。
しかし、ツルツルとした麺には弱点もあるのです。

ツユが絡みにくいのです。
滲み込みも少なくなります。
ですから角の立ったエッジを犠牲にして
手もみ麺とします。

つまり、
麺に味を滲み込みやすくするのか?
それを犠牲にしてでもつるりとした麺を求めるのか?
などといった様々な理想を追い、求めているのです。

その工程の重要な部分がこの「切る」という事です。

蕎麦の話ですが、
福島県に星さんという方がいらっしゃいます。
この方は「裁ち蕎麦」の名手で本にもよく紹介されています。
(ご無事でしょうか?)
裁ち蕎麦というのは包丁でぐいっと切るのではなく、
先端の鋭い包丁でスーッと引き切りをする  
というものです。

普通は定規などを当てなければ出来るものではありませんが
この達人「星さん」は何も添えずにスッスッスーッと
切るそうです。
一度見てみたい所ですが、なによりそのエッジの立ち方
想像するだけでも実に美味しそうではありませんか!

あるお店ではせっかく包丁でキレイに切っておきながら
それ以後の扱いが良くないために蕎麦がよじれてしまい
残念な食感になってしまっているのを出された事があります。

包丁で何をしたいのか
何をするために包丁を手に取るのか
もう少し考えてから持ってもらいたいものです。

包丁で切る
この単純にして奥深い仕事には終りがありません。

rak 041

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有峰のダム湖の周囲には道路が整備されています。
信号の付いている所は交互通行となっていてしばらく
待たされますがその間景色を見ていると飽きなくて少しも
苦になりません。

数年前の異常渇水の年にこのダム湖の底が露出したときの
写真ではかつての村の棚田が見られました。
今、こうして湖面を見ているとその方がかえって怖い
くらいの印象ですが確かにここにひっそりと眠っているのです。

村人達が糧としたヒエを育てる稗田。
訪問した人はヒエを飲み込むのに苦労したと言います。

標高が高くて稲作が出来なかったのに、それでも年貢の
取立ては苛酷を極めたそうです。

しかし、山菜や魚は豊富でした。
ダム建設の頃に高岡から昆虫採取に訪れた高校生が
勧められて魚釣りをしたら面白いように釣れたそうです。

有峰を好きでもヒエにはあまり食指は動きませんが、
山菜採りが終ってしまった空虚な時間を埋め
また、足腰を養う為にも渓流釣りの真似事を始めようと
思い立ちました。

今までにあらゆる海釣りを経験してきましたが、
道具類はほとんど人にあげてしまい、残っているのは
数本の渓流竿だけというのも理由のひとつです。

川ではエサ、ルアー、テンカラと一通りトライだけはしました。
テンカラでは毛ばりも作ってみました。
しかし!全く釣れないので諦めて海に帰っていたのです。

テンカラの教本ではその語源をこともあろうに
「一説には、てんから釣れないからテンカラ釣りと呼ぶ」
などと書いてある始末です。

そういうわけでキレイなままの竿が数本残っていたのです。

渓流釣りのベテランの松浦さんにめぐり合えたのも僥倖です。
引き合わせてくれた永田さんにも改めて感謝。

海釣りでは師匠がいなかったのでクロダイ一匹を
揚げるまで膨大な時間と費用を費やしました。

有峰でも釣果は期待しないで足腰の鍛錬だけ、と出かけた所
初めてのイワナを釣る事が出来ました。

珍しいほどの好条件に恵まれたのだそうです。
初イワナがこれです。
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懐かしい竿の手ごたえと引きを楽しませてくれた獲物です。
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美しいオオバギボウシが岩肌で咲き誇っています。
山菜としてではなく鑑賞で見るのもいいものです。

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この雪渓は16畳の部屋丸ごとほどの体積です。
7/12でこれです。
街では猛暑でした。

しかし、釣果の代償も払わされました。
急流に流されたり、竿を折ったり、デジカメを水没などと
初心者には試練が待ってました。

でも、釣りというのは魚さえ釣れれば大概の事には
平気なんですね。

とはいえ
昔、鹿児島県の南西諸島の孤島で磯釣りをした時の事
義兄が波に飲まれたことがありました。
幸い次のうねりが寄せた時にすばやく岸壁にしがみついて
事なきを得ましたが、
危険な事と言うのはほんの一瞬の出来事で
後からじわりと恐怖が訪れます。

遊びに夢中になっていると平気だなんて言ってられない
事も起こりますから用心に越した事はありません。


せっかく釣ったイワナは美味しく食べなければバチが当たります。
丁寧に串を打って焼きました。
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人から頂くのとは明らかに旨さが違いますね。

翌日は姿寿司、押し寿司に、
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有峰の恵みに大感謝。

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有峰には仙人がいたそうですがやはりイワナを食べたんでしょうか?