2011.06.30 有峰の谷
有峰の山菜を採りに行ってきました。

有峰ではゲートで通行料金を払って入ります。
昔は険しい獣道のようなところを上り下りして歩く難路だったそうですが
お陰様で今はほとんど舗装されていて快適に通行ができます。

最大の難所だった鬼が城はトンネルになり、その名をとどめています。
かつて有峰村に徒歩で行く時は一日がかりだったそうですが
今では数十分で行けます。

もっとも一日で到達できたのは健脚の人であって、
弱い人は山の頂上の大杉の根元の洞で夜を越したそうですから
今、私たちがあのカーブの所が怖いとか
がけ崩れが危険だなどというのとは次元の全く違う恐怖だった
のには間違いありません。

通常六月には通行が可能になりますが、
雪解けからずっと関係者の皆さんのそれこそ
命がけの復旧工事のたまものといっていいほどの惨状になっているそうです。

もちろんこれはココだけじゃなく登山道の整備されたどこの山でも行なわれている事なのですが
普通はブルドーザーで崩れてきた土砂を排出するだけなのですが
ここ有峰では雪崩の規模が凄まじいのです。

こことは違いますが、
白木峰という人気の登山スポットがあり標高1500mの
頂上付近に避難小屋があります。
ここに雨除けに入ったらいろんな人の記帳や落書きがあり
その中に除雪作業に登った運転手さんであろう人の
恨み言があって笑わせられました。
「○○役場の担当の××課長め・・・・・」
相当ハードな除雪作業だったのでしょうね。

有峰ではブルドーザ一台でなんか足りません。
常に大規模な砂防工事のようになっています。

先日その谷に下りてみて
初めて見る景色に圧倒されました。
道路を普通に通行していると『あぁここも崩れたんだな』
と横目でみて通過していただけなのですが、
その崩落現場の下がどうなっているのかを初めて見たのです。

巨大な岩塊がごろごろ、壊れた道路の残骸が無数散乱しているのです。
引きちぎれたガードレールのワイヤ、骨材。
平らな道路を見慣れているので道路がばらばらに散乱している
光景は不思議なものに映ります。

雪崩の破壊力はものすごいものですね。
TVなどで雪崩の映像を見ると白い雪が音を立てて崩れていますが
アレを見ると怖さを感じない人も多いと思います。
『雪に押しつぶされるのは酷そうだけど、なんとかなるんじゃないかな?』
と思う人もいるかと思います。

あれは雪崩の始まりの映像なんでしょう?。
下の方では岩や道路を巻き込んでさながら大津波のように
全てを破壊しながら崩れているんですね。

もし、ここに車が一台巻き込まれていたとしてもその痕跡すら見つけられないでしょう。

新しい橋のすぐ横、
今では使われなくなった旧道にコンクリートの橋が架かっています。
風雪に耐えて今も残っている事だけでも驚異的ですが、
この橋の真ん中に高さ3mほどの巨岩が鎮座しているのです。
両側の山は木々が繁りこんな大きな岩がどこからやって来たのか皆目見当もつきません。

冬季には常時4mを越す積雪があるそうですが、
どうやら平地から訪れる私達の想像を絶する世界があることだけは確かなようです。

有峰村を底に飲み込んで静かな佇まいの有峰ダム
そこからは膨大な電力が生み出され私達はその恩恵を
受けています。
しかし、それ以外の場所から融け出る水の力もまた膨大で
こうして毎年山を削り続けているのです。

水は大地を切る刃  という言葉がありますが
こうして谷から仰ぐ有峰の山々を見て
つくずく納得できます。

むかし、有峰びともこうして同じような景色を見上げたのでしょうか。

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富山に有峰というところがあります。
標高千メートル以上の天空の別天地です。
私達は有峰へ山菜採りに行く事をシーズンの仕上げとして
捉えているほどそこは山の恵みの宝庫、聖地です。

しかし、ここはそれだけじゃなく富山県の守護神のような
いわば象徴的とも言える聖地でもあります。

富山県といえばすぐに立山黒部といった名前が出てきます
それらは確かに信仰の対象になるほどの有難いお山です。
でも有峰には少なくとも富山県民は決して忘れてはいけない大恩があるのです。

むかしここには村がありました。
貧しくても、厳しくとも幸せな暮らしがあったのです。
しかし、千メートルを越す高冷地のため稲作ができません。
稲が無いということは縄やワラジが作れないという事です。
それだけでもいかに過酷な生活であったかが窺い知れます。

いっぽう
1858年、安政5年の大地震と水害をはじめとして永年
治水と砂防に膨大な土木費を支出してきた富山県は財政困難に陥っていました。

1920年、時の東園基光知事は起死回生の
「県営水力電気事業計画」を提案したのです。

そして有峰一帯の山林を県が買い上げて村は水没しました。
村人は当時、相当な大金を手にしそれぞれの道を歩みました。

戦争をまたいで紆余曲折はあったもののGHQが進めた
電力会社の再編にも富山県のこういった特徴が活かされ、
結果1951年S29に北陸電力が創立、
過酷な工事を完成させ
昭和37年には有峰発電所が発電を開始しました。

今、私達の暮らしに電気がもし無かったら? と想像することすら困難です。

この会社のコーポレートスローガンがまさしく
「暮らしに夢をともしたい」

電気が様々な「夢」を育んでくれました。
工業、治金、アルミ産業
まさに県民の、県民による、県民の為の電力会社です。

その記念すべき足跡がここ有峰にあるのです。
満々と水をたたえた有峰湖の右岸
かつてダム建設現場の最前線基地のあった場所は今は
有峰森林文化村公園広場になっていますが、
その一角に
北陸電力創立50周年記念のモニュメントが建立されています。

「有峰の恵みに感謝し、先達の高き志に学び、更なる飛躍を誓う」

このダムの完成によって電力だけでなく日本有数の暴れ河
常願寺川の治水と農業用地灌漑も為しえたのです。
偉大な事業、トップリーダーの足跡とはかくあるべしというお手本のような成果ではないでしょうか。

しかし、ここは険しい山あいを縫って走る隘路を通っていかなければなりません。
毎年激しい土砂崩れの起こるところとしても有名です。
雪崩による崩落も度々です。

ですから何時通っても必ず工事が継続されています。
工事関係者の皆様にも感謝です。

ですが、何といっても北電の社員の皆さん。

ー地元では感謝と愛着を込めてこのようにホクデンと呼びますが
他府県ではこう呼ぶと北海道電力を指すのだそうです。
なのでHPなどではリクデンと表示してありますね。

北電の社員の皆さんはこういう山菜採りや渓流釣りが恐れるほどの険しい隘路を
四輪駆動車で見回り点検作業をしているのです。
大雨の後などは誰も行きたがりません。
そんな時さえも、というよりそんな時なお
です。
危険なお仕事ですね。
ほとほと感心させられ、またさらに感謝の念を強くさせられます。

危険なお仕事ご苦労様ですと感謝しつつ電気を使わなければバチが当たりますね。

今年は節電が声高に叫ばれて
なにやら地震と津波と原発事故を一緒くたにして
電力会社が全て悪であるかのような論調が支配的になりつつあります。

少し前までは脱ダム宣言という論調が一人歩きしていたときもありました。
(私には一、側面だけの議論に思えてなりませんでしたが・)

でも、そんな一時の論調に流されていると重要なことを
どこかに置き忘れてしまいがちです。
げんに、外国の資本家が密かに利権を狙って暗躍をしているというウワサまで飛び交っています。
腹に一物ある人はこぎれいな事を言ってするりと入り込みます。

全国で水源地を守れ という運動が起こっていることも併せて
私達の生命と安全な暮らしを守ってくれているのは
本当は誰なのか? と思い返してみるべきだと思うのです。



くちはばったい事を言うのは嫌ですが
一人の山菜好きの独り言としてお読みください。

そして私達一人一人が守るべきものは何なのか  
を自覚しなければならないときが来たようです。

先日新潟県からのお客様が来店された時に
お礼の言葉を伝えて、ついでに中国領事館の
用地買収の話はどうなりましたか?  と
尋ねると全く知らないふうでした。

もう遅いかも知れませんが、いくらなんでもそろそろ
目覚めた方がいいようですね。



(参考文献)
桂書房 有峰の記憶  前田秀雄 編









以前に包丁使いの事を書いたときに「判らないと」メールを頂きました
答えかたがた、ここで改めて書きましょう。

普通は材料をまな板の上に置き包丁をグイと押し付ける
だけで「切った」「切れた」と言います。
刃がついていれば確かに「切れる」でしょう。
ご家庭ではそれでもいいでしょうが、
プロがそんな程度じゃ困ります。

リンゴにしてもジャガイモにしてもそうやって切った断面は
でこぼこ或いはザラザラしているはずです。

包丁はスイッと動かして切るのです。
「押し切り」でも「引き切り」でもどちらでも結構です。
そうして切ると断面が滑らかになります。

当然、仕上がりの美しさや味わいも違います。


刃物といえば戦国時代の刀があります。
日本刀は長く、ゆるやかな湾曲を持つのが特徴です。

たまに、
達人が藁束をスパッと断ち切る映像がTVで流れますね
ただ見ていると叩きつけているようにしか見えませんが
あれは相当な技の持ち主なんだそうで普通人では
あんなにキレイな断面で切る事は出来ないそうです。

あれも引き切りなんです。

おおむね、刃物は動かす事で切れ味を高めます。
大根のカツラムキなども小刻みに包丁を動かして切ります。

ところが中華包丁では叩き切りをします。
分厚い包丁では骨付きの鶏などを叩き、
薄い包丁でも手首のスナップを利かせて基本は「叩き」です。
みじん切りなどは包丁を二本使ってリズミカルに
実に手早く行ないます。

これから連想するに
時代劇では青竜刀なども出てきますがどちらかと言えば
まさかりの方が中華包丁のルーツのような気がします。
日本の時代劇にはまず、まさかりは出てこないでしょう。
まさかりは焚き木を切る道具としてのみ登場します。

弁慶の七つ道具のような、時にはそれらしきモノも
見られますがそういうものを対人兵器として振り回す
というのはあまり見ません。

中華まな板もカシの木などの輪切りの切り株のような形です。

まさかりは手を休める時に切り株に刃を突き立てますが、
中華包丁でも同様にします。
丸いまな板に一杯材料が乗っている、周りもモノで一杯
そんな時にちょっと手を離す という時は
包丁をまな板にドンと手前角を突き立てるのです。

それでも、前菜などのデリケートな材料や肉の削ぎ切りなどではやはりスライドさせて切ります。


ネギひとつとっても切り方で味の違いが出てきます。
スッとスライドさせて切ったネギは瑞々しいままですが
押しつけ切りや叩き切りでは中の水分が押し出され繊維がつぶれてしまいます。

それもすぐに調理するのならまだしも冷蔵庫に仕舞い込んで
後から使用するとさらに味や風味は劣化してしまいます。
壊れた細胞は酸化しやすいからです。

よく、議論になる”水にさらすのが是か非か”と言う話は
その前に正しく切られているか否かという前提詞が必要なのですね。

私達の店では大量のネギを使うので今は機械で切ります。
機械はとても作業効率が良く手で切っていた時には二時間
かかっていたのが10分程度で終ります。

その機械が問題なのです。
刃がどう動くのか?
昔は細い刃がグルグル回る所にネギを差し込むという方式の
モノしかありませんでした。
原始的な方式です。

これで切るとまさに叩き切りです。
繊維は見事につぶれますね。

私たちが使用しているものは自転と公転をするようにして
刃が回り込みながら切ります。
そうすると人間の手で切るよりもキレイにスライス出来ます。

丸い刃というのは無限軌道を持つ超長い刃ですから、
いくらでもスライド切りが可能なのです。

「切る」という事を突き詰めて考えつくされた機械と言えますが調理師も負けてちゃダメですよ
と言われているような気がしてなりません。

断面のきれいな刻みネギと、潰れた断面のネギを同じように水にさらすと
決定的に違いが出るところはどこでしょうか?

水切れ  です。
さらしネギは水に浮かべたままで供されるものじゃありません。
水を切らなくちゃなりませんね。
断面の潰れたさらしネギはいつまでザルに上げて置いても
水気が切れないので残ってしまい
ベチョリとした食感を持っています。

食材を生かすも、美味しさを引き出すのも包丁使いひとつで変わるのです。

次の「切る」という話の続きは私の本業の「麺」に関する
ことで書きましょう。

山菜の世界にはプロ並の方々は沢山おられます。
それこそ私なぞ足元にも及ばない剛の者がわんさか。
でも本物のプロにはただ一人しかめぐり合っていません。

達人「Oさん」
あらゆる山菜の名前、それの採れる場所。
一年を通した適期とその販売ルート。
何がどこの市場でどのくらいの価格で取引されているか
食べ方などが頭にぎっしり詰まった生き字引のような人です。

例えば富山の市場では値がつかないどころか
市場関係者ですら見たことが無いという山菜があります。
そんな物を市場に持ち込んでも誰も買いません。

すると二束三文のお金にしかならないのです。
需要と供給という言葉はなんてむなしいものか!と
嘆息せざるを得ません。

それを欲しい人は巷に少なからずいるのに、
セリに参加する人が無知なばかりにこういう
レアな価値のあるモノが流通しなくなるのです。

いっぽう、お隣の金沢ではきっちり値が付きます。
正当な価格です。

どういうことかと言いますと。
市場関係者がその価値を正しく判定できるということは無論
仲買人、問屋、料理屋、料理人、そして客。
その全てが知っていて、なおかつその価値を認めている
からこそ”市場”が成り立っているのです。

えてして
お金を惜しみ、ひたすら安価なものばかり手に取り
さも消費者の特権のような顔ばかりしていると
良いものはその手をすりぬけてより高額な値を付ける人の所にばかり集まってしまうのです。
その結果安価なだけの粗悪なものばかりしか無いという状況に陥ります。

「水は低きに流れ、モノは高きに流る」


高価な山菜といえば
普通は半日山を歩き回ってやっと数本見つけられるかといったオオナルコユリという物があります。

達人
あるとき有名な料亭のご主人からこれの注文を受けました。
ーーその時の話もなかなか愉快なのですが、
それは他の機会にしましょうーー

さて、達人は二つ返事で引き受けるや翌日には30数本の
束を持ってきます。
その他にも普段どおりの太いススタケの詰まったリュックを持ちながらです。

実はこれだけで相当凄いことなのですが、
さすがは達人です。
その翌日も、またその翌日もなのです。

私たちが一日に採って来れる細いススタケの量というのは
それのみで採取しているのです。
それプラス、ナルコユリひと束、しかも太いものだけ。
というのがいかに常人離れした事か!

いったいどれだけの距離を歩くのか!?
いったいどれだけの場所がその頭にインプットされているのか!?
まさに驚異です!

それでいて偉ぶらず人懐っこい笑顔で優しく、
教えを乞うとなんでも応えてくれます。
私はこの方を師匠と崇め、押しかけ弟子にしてくださいと
一方的に宣言しておりますが、
はなはだ残念な事になかなかお目にかかる機会がないのです。

あるとき
「ススタケの二番子を知ってるか?」
と尋ねられました。
「節の途中から出てくる枝のようなヤツですか?」

達人苦笑いして
「そんなんじゃないよ」
といって出したのがこんなようなものです。
tob 007


普通のススタケが終った頃に出てくる、
先端が丸みを帯び、節が曲がりくねったモノだというのです。
普通より
柔らかく、旨味がある美味しい物なのだといいます。
ただし、普通よりも数は少ない。

これの瓶詰めを作るのです。
これを聞きつけた鉄人「道場 六三郎氏」が
自宅まで頼みに来て毎年送ってやっているのだそうです。

「もう足が痛いから本当はやりたくないんだよ」
と苦笑します。

ようやく最近判るようになりました。
本当に情けない不肖の「自称弟子」です。

二番といえば植物にはそういう性質があるそうでして
生存の為に余力を用意しておく とでもいいますか

例えば盆栽では
小鉢に広葉樹を植えたものから本来の大きさの葉が出ると
バランスが良くないので葉を摘むんだそうです。

そうすると二番の葉が出てきます。
これはぐっと小さくて見栄えが良い  となる訳です。
もちろんやりすぎると体力を消耗させすぎるから経験が必要とされるそうです。

山菜でもタラの芽が有名ですね。
一番芽は頂上に出る大きくて立派なものです。
このまま育つとそのまま葉を大きく展開し、
樹形は真っ直ぐになります。

ところがこの一番芽を摘むとしばらく後、
脇から二番芽が出てきます。

これは少しだけ小ぶりです。
これが育つと少しだけ樹形はくねります。
この二番芽を摘むと次に三番芽が出ますが、これも摘むと
もうこの木は枯れて死んでしまいます。
二番芽までにしておかなくてはいけません。

ゼンマイもコゴミゼンマイも二番芽が出ますが
全部を摘まないようにしなくてはいけません。

ススタケの場合はそういう意味では二番子という意味合いが多少違うのでしょう。
晩生(おくて)とでも言った方がより正確なような気がします。

でも師匠の言われることは絶対ですから、私は二番子と
言い続けなくてはなりませんが・。

ナルコユリや山野草なども手折った後から二番芽がでるモノもあります。
でも明らかに細くなります。
いわゆる「株が弱る」のですね。

鉢植えならばかえって好都合な場合もありますが、
達人のように翌年も「またお願いします」と言われた場合
「今年からは細くなりました」とは言えません。

ですからプロはそれこそ無尽蔵なポイントを押さえている必要があるわけです。
そうして数年置きに巡るのです。
気が遠くなりそうな話でしょ?

ただ考えると山に行って摘んできて売るだけなんて
誰でも出来そうに思えるのですが
プロとなるとやはり凄いものですね。
知力、体力、全て桁違いです。

最後に達人の素晴らしい知恵をひとつだけご紹介しておきましょう。

「イケマを畑の傍に植えておくと虫が寄ってこない」

のだそうです。
お解かりになりますか?
ちなみにイケマは地上部は可食ですが
地下茎は有毒です。












なにかと雑事に追われて更新が出来ませんでした。
毎日沢山の方に訪問されていながら失礼な事だと反省しきりです。
改めて
皆様のご訪問に感謝を申し上げます。

仕事にまで食い込んでいた雑事もひと段落致しました。
ブログを再開します。


さて誰でも知っているフキ。
山菜としては割りと地味な印象です。

このフキに限らず
昔から山菜は救荒食として重宝されてきましたが、
その中でも丈夫なものを選び家の周りに植えたものでした。

かつて私の生家の前もさながらフキ畑のようになっていました。

家の周囲を利用して盛んに植えられた理由としては
・畑に実りが無かった時の為に、
・雑草が繁るぐらいならとグランドカバーのように、
・子孫らに幼い時から食べれるものを教えるために、

などの理由からだろうと思われますが不思議とこれらを
食べた記憶があまりありません。
でもそれは誠にありがたい事と言うべきなのでしょう。

むかし、天保八年(1837)の全国的な大飢饉の時、
富山県有峰村という孤村では高冷地ということもあり
その惨状はすさまじく5,6月には
「山野の草木を掘り尽くし」
「喰物つきて終るものおびただしきことなり」
と文献にあります。
数年続きの飢饉の最後でした。
夏の土用に綿入れを着るほどの冷夏だったそうです。

日本人の体質は欧米人に比べると脂肪を蓄えやすいと
言われますがそれはこのような度重なる飢饉に耐えて
生き延びてきた結果なのだそうです。
農耕民族としての道を選択した止むを得ない経過でしょう。

今では豊かになったおかげでそういうことも無くなり、
サバイバルなどと小じゃれた言葉で語られますが
そう遠くない、つい最近までの過去では
食べれるものを知っておくと言う事は生存の為の
必須学習事項だったのです。

例えばギボウシならば一般に見る山菜としての姿
これは芽吹きの頃なのですが、大きく葉を展開した姿
また、花を咲かせた状態、その色、形状。

これらはその時期で全く違う姿を持ちます。
だから身近に置いてその一年の状態に馴染む必要が
あるのです。
ギボウシに非常に良く似たコバイケイソウという
有毒植物がありますが馴染んでさえいれば簡単に見分けがつきます。

これの不慣れな人が毎年中毒事故を起しているのです。
お店で勝手にお客様に出して営業禁止になった所まであります。

この可食と不食、無毒・有毒を見分ける行為を「同定(どうてい)」といいます。

人気のコシアブラとウルシ
ニリンソウとトリカブト
ユキザサとホウチャクソウなど
同定が出来ないのならば手を出してはいけないという
のもあります。

永田さんは大の山菜好きですが
自宅の庭にはツルニンジンやモミジガサなどの珍しい
山菜が育てられています。
『どんな花が咲くのだろう?』
『どんな種がつくのだろう?』と
惚れる程にまで入れ込んだ山菜の姿の変遷を見つくしてみたいという気持ちには深く共感します。

ところがうわ手がいるもので
松浦さんは行者ニンニクやオオナルコユリの畑まで持っています。
種を採り繁殖までしているのです。
一般に栽培繁殖に時間を要すると言われているナルコユリも
試験場の専門家より詳しく追求されていて、
その言は専門家より的確にして裏づけが為されています。

私はウドの種まきぐらいまでしか経験がありません。
でも、山菜愛好家の考えることや行動パターンが似てくるのは
面白いものです。

こういう
良く判らないものを見極めたい。
「知らない」と言って看過できないという意識は料理人に通じるものだからです。

見慣れているつもりの御馴染みの山菜でも大きく育つと
まるで違うモノのような様子になります。
また、ウドやワラビなどは前年の枯葉が倒れているのを
見て場所を特定できます。
”その場所”を好むものがどんな枯葉になり、
また雪に押し潰されてどういう形に倒伏しているか
など知るべき事は無限にあり、興味も尽きません。

山菜だけに限りませんが自然と付き合うということは
否が応でも自然をよく観察するということに尽きるのです。


フキの話に戻しましょう。
ワラビと同じようにこれも根が本体のような逞しさを持っています。
(ワラビは地下茎ですが)

どのくらい逞しいかと言いますと、
雪解け時に山に行くと斜面から雪と共にずり落ちた
柔らかい土が道端にたまってますが、
そこにフキノトウが顔を出しているのです。

よく見かける風景ですから何気なく見過ごしてしまいます。
でも、去年まではそこには無かった土です。
当然そこには根も無いただの空間だった所なんです。

雪解けと共に上からずり落ちてきた柔らかな表土。
その30cmほどの深さを完全に雪が融けて表土が
露出する頃にはもう芽を出す準備を整えているわけです。

そろそろ春が来る  とはいえまだ寒い雪の下で
一生懸命に根を伸ばしているんです。

それでも、
この柔らかな表土の中から顔を出すのはまだ解ります
ブルドーザーが除雪した時に一緒に道端に寄せられる
砕石混じりの硬い泥塊から顔を出すフキノトウには全く
感心させられます。
驚異的な活動力ですね。

土手からずり落ちた表土から同じように顔を出す
トリアシショウマでもさすがに砂利の中からまでは無理です。
そこまでは見たことがありません。
そういう意味では最強でしょうね。

これほどの生命力を持っているのですから薬効もあります。

咳止め、去たん、解熱、健胃、
魚の中毒には茎葉の絞り汁を飲用
虫さされに葉をもみつける
などです。

フキノトウは天ぷら、おひたし、酢の物。
フキの葉柄は煮物などが一般的ですが、
葉も食べられます。

出てきたばかりのまだ柔らかい産毛の残るようなものを
茹でてよく水にさらします。
細かく刻んで佃煮にするとほろ苦くて風味の良い大人味に仕上がります。
カツオ節や実山椒などを加えるとバリエーションが広がります。

葉柄はゆでて皮をむき煮物や汁の実のほか漬物にもなります。
塩とヌカを交互に振って浅漬けにしますとご飯のお供に最適です。
細めのものはキャラブキ。
太目のものは斜めにスライスしてキンピラにと多用途に。

また、
このフキというのは雌雄異株で雄花は黄白色の花を、
雌花は白色の花をつけます。
そして雌花は花後高さ4~50cmにまで伸びます。
これが旨いのです!

適当なところから鎌で切り取り採取したら花を取り去ります。
茹でて皮を剥きます。
普通のフキ葉柄だったら老眼鏡をかけないとムキ始めが
解りませんがこれは小さな葉がありますから
これを引っ張るだけで簡単にむけますから早いです。
tuz 040 tuz 041


小口に切って味噌和えにするだけで即、一品になります。
汁の実、佃煮、漬物、キンピラなどに使えます。
tuz 042
toa 004


ただこの伸びたフキノトウ。
難点がひとつだけあるとすれば、採取しているときに
笑われることでしょうか。
「何採ってんだぁ?」
と呆れ顔をされるのが少々傷つきます。


フキを積極的に取り入れて中風の予防にしている老人ホームもあるそうで、
そこでは何年も脳卒中や中風に誰もなっていないそうです。
他には血圧を下げて安定させる効果があります。
また解熱効果を得るにはフキの根を刻んでよく乾燥させたものを煎じて飲むとよいそうです。


フキを採っているとーーー

私の兄は横浜に住んでいますが、まだ母が生きている頃
兄が帰省し、フキの漬物を喜んで食べる姿を見て
「お前は田舎向きなんだからこっちへ帰って来い」と
言っていた姿を想い出します。

ですからフキの漬物はいつ兄が訪ねて来てもいいように
毎年作ります。
来た時には黙って出します、送ってなんかやりません。
あの時の母の言葉を覚えているか?  
とは聞いた事はありませんが無心に食べる姿は少しも変わっていません。

地味な山菜ですが思い出と薬効の詰まった大好きなひとつです。

(参考文献)
桂書房     有峰の記憶    前田 秀雄 編

北日本新聞社  とやまの薬草   森田 直賢 著

自然食通信社  草と野菜の常備薬
                 一条 ふみ 著