もうお正月が来ます。
おせちやご馳走が並ぶ食卓もあれば外で済ます
という方も色々でしょう。

今日はそんなご馳走や偏った食事に疲れ気味のお腹に優しい
簡単な常備菜を記して一年のしめくくりとさせていただきます。

用意するのはちりめんじゃこと梅干に入っている赤紫蘇、それにゴマ。
あれば紅生姜それだけです。
調味料はなにもいりません。

じゃこは最近では国産のものが少なくなりました。
ほとんどが外国産です。
それはしょうがないとしてもどういう訳か必ずと言っていいほど
漂白、アミノ酸混入のものばかりです。

中には「太白」とエラソーに表記して開き直っているものまであります。

用意するものは国産の上干(じょうかん)と呼ばれるものです。
パックで求めると割高ですが箱で買うとお得です。
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もちろん無添加です。
というより何も加える必要がないのですね。
こんな晴れやかなものが大好きです。


お店の人には「上干かちり」と言えば通じるはずです。
通じない店では買わないほうが良いでしょう。
知らないでは話にならないって程のじゃこの最高級品です。

紫蘇と生姜を刻みます。
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混ぜます。
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味見をして適宜梅酢を加えたり、じゃこを足したりします。
残念ながら引き算は不可能なので少しづつおこなってください。
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これで出来上がりです。
最後はご飯に乗せて味見をして決まりです。(でたっ)
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昔から連綿と受け継がれてきたこんな体にいいもの。
まだこうして守ってくれる人たちがいます。
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有難い事です。
ありがとうございます。

ではどうしていまだに守り続けているのでしょうか?
いい金になるから?
これしかないから?
これしかできないから?

違います!!!
現場に立つ人たちはそれだけじゃ続けられません。
昔とは仕事環境がまるで違って来ているのです。
今はほとんど意地で続けていると言う人たちがほとんどなのです。

では何のために?
良いものを届けたい
良いものだけを作りたい  からです。

実際は安価な外国産や添加物まみれ商品に押されていても、
本物を解って求めてくれる人だけに伝えたい仕事なのです。

そんな人たちが今でもこうして私達を救ってくれます。
ありがとうございます

高価だなんて言ってる場合じゃありません

今のうちに求めて冷凍保存しなくちゃ  
と言う位のモノなんです。

これは冷凍保存しておけば長く持ちます。
おにぎりに混ぜても、お茶漬けにしても美味しいものです。
一度お試しください。


今年も沢山の人にお出でいただきました。
また給食支援の商品も沢山お買い上げご協力をたまわりました。
ありがとうございます。

例年通り書家の西本さんの書で締めくくらせていただきます。
ご厚誼をたまわり誠に感謝にたえません。
来年も宜しくお願い申し上げます。
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いつも美味しいものを差し入れてくださる永田さんが
「今度エゾシカの肉を持ってくる」と言うので
驚いていたら
数日後「今日、鹿を捕まえたと連絡が入った」
と言うので、仰天。
え!?まさか今から〆るという話なのか?
とか
毛皮つきのまま送られてきたらどうしょう!
などとアタフタしている間に、その二日後届きました。

エゾシカは富山などの本州鹿(ニホンカモシカ)とは違う種類です。
TVアニメなどで御馴染みの小鹿のバンビのような可憐な姿をしています。
それで日本人はつい「可愛い!」となるのですね。
北海道では増えすぎてエライ事になってるそうです。

冬期は冬眠しないので、食餌は木の皮や新芽を食べます。
樹皮をそんぐり食べられてしまって枯れる木々が続出。
環境問題にまで被害が広がってしまい、
被害は40数億円規模だそうです。

また春以降は牧草をやたら食べちゃいます。
これも大変困る事でした。
でも、そこまでなら無関係な人たちはまだ無事だったのです。

誰もが遭遇しうるトラブル。
交通事故が多発しているのです。
数十キロの体重があり、長い足を持っている鹿に車が
ぶつかるとどうなるでしょうか?

フロントガラスから運転席に巨体が飛び込んでくるのです。
たまったものじゃありません。

そして今、北海道ではエゾシカを積極的に食べよう という
運動が盛り上がりつつあります。
あのニコルさんもそういう本まで出版されています。

エゾシカが大繁殖した原因のひとつがオオカミの絶滅だそうです。

オオカミは危険だけど鹿は可愛い?

とんでもありません!
山の人達にとってオオカミはある意味「守り神」でもあったのです。
作物や人工林を荒らす鹿こそ天敵だったのです。
オオカミはそれを駆逐してくれる有難い存在だったのです。

山の夜道を独りで歩いて家路をたどる時、オオカミは後ろを付いて来たそうです。
村人は無事家にたどり着くと「ありがとうよ」と
オオカミに食べ物を与えたそうです。
これが本来の「送りオオカミ」だそうです。
実際に大犬神社というものも現存しています。
奉っていたのです。

ただし、夜道を「送って」もらっている時に
つまずいて転ぶと襲われたそうですから怖いのも確かです。
でもオオカミとはそうやって持ちつ持たれつしてきたのです。

それは置いときましょう。
何はともあれこれです。
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モモ肉一本。
すごいボリュームです。
これをさばくと足骨は思ったよりもスリムですね。

骨と筋やくず肉、香味野菜でスープを取ります。
フォンです。
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すね肉を巻き即席タレでチャ-シューに仕上げます。
匂いが気になるのでスパイスを3種類加えます。
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そして出来上がったのがこちら。
エゾシカのラーメン。
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スープはとても濃厚で脂を取っても強く感じます。
筋肉が沢山出たので「筋煮込み」も作りました。
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これで、大体の肉の特徴がつかめましたので、
次は炒め物です。
絹さやとXO醤で炒めます。
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こうすると確かにクセは感じなくて美味しいのですが
あまりに中国料理になりすぎてしまい、逆に物足りません。

次はシチューです。
シカですが、フォン・ド・ヴォー仕立てですから
もちろん美味しくなりました。
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が、ちょっと不満です。

もう少しガツンとしたものにならないか

と言う事で
ステーキに挑戦です。
ちょっと気取って
エゾシカもも肉のポワレ です。
一晩赤ワインと香味野菜でマリネして
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軽く焼きます。
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永田さんには箸で食べてもらいたいので一口大にカットしてもう一度
焼き目をつけます。
ソースはジュとフォンをポルト酒やスパイスで整えて煮詰めたもの
付け合せはリンゴと梨のコンポート
それにミカンを合わせます。

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これは美味しい仕上がりでした。
ミディアムレアで程好いワイルドさの残る、さりとてイヤミの無い
どっしりとした仕上がりです。

まだまだ、残りは沢山ありますから、
さてお次は何に仕立てましょう?
まだまだたっぷり楽しめそうです。

料理人冥利に尽きる幸せをいただきました。
シカでも孔雀でもなんでもいいです。
人間の暮らしを脅かすほどになったら遠慮なく駆逐し、
美味しく食べましょう!
それが地域起しにつながるなら一石三鳥ではないでしょうか?。









”ヤキソバ”と聞いてどんなのを想像されますか?
今、NHKの朝ドラでやってるから言うわけじゃないですが、
90%以上の方は鉄板焼きのソースヤキソバを連想されるのじゃないでしょうか?

それじゃ改めてもうひとつ想像してみてください。

スパゲッテイ


いかがでしょう?
すぐに「パスタ」という言葉が出てくるはずです。
アサリあり、カルボナーラあり、塩味あり、アラビアータありの
まさに百花繚乱のパスタブームと言ってもいいくらいに
すっかり日本の食事に入り込んできました。

でもほんの少し前までは
スパゲッテイ  と聞くと
誰もが「ナポリタン」を連想したんです。
そう、あのソーセージやピーマンを加えてケチャップに絡めた甘い味付けのモノです。

ホントですってば。
若い人達には信じられないでしょうが。

でもイタリアには「ナポリタン」というメニューなんか存在しないそうです。

一方、アジアのパスタである中華麺は当然中国からやってきた訳ですが
中国には日本で言うところのラーメンは無いというのは有名になりましたが
「ソースヤキソバ」もありません。
そもそもドロリとしたトンカツソースは日本人が作り出したという話です。

ヤキソバがパスタにも負けないほどの美味しさと幅広いメニュー展開を持つ
と聞いて信じられますか?
本当なんです。
そもそもパスタもヤキソバも元はほとんど変わりがありません。
私達の周りに在るヤキソバがあまりに不出来だから、
イメージが出来ないだけなんです。

ここでヤキソバ好きな方は「むっ」とされるでしょうが、
ヤキソバ好きなら尚更、もう少しだけお付き合いください。

ヤキソバの麺をどこで買いますか?
スーパーの麺売り場ですね。

ではその大手製麺メーカーがどうやって作るかご存知でしょうか?

生麺を蒸し、茹で、洗い、油をまぶして完成です。
普通はこれだけで美味しくなるんです。

問題は「儲け優先」という思考がここに入ることです。
蒸して、茹でます。
ここで程好い硬さに上げないで、とことん茹でます。
そうする事でカサが増えるのです。
目一杯増やします。

そして、冷水で洗ってぬめりなどを落として麺を絞めるのですが、
ここに、ある薬品を混入させます。
すると量は減らなくて麺自体が「締まったような感じ」になるのです。

確かに増量は出来ます。
ラーメンで販売するよりも粗利は上がるハズです。
でも茹ですぎと怪しげな薬品、この2点。

たったこれだけで見事にマズくなります。
そして売り場に並ぶヤキソバ麺はいつもの
皆がすっかり馴染んでしまっている
あの
(私に言わせれば)
ふやけた、コシの無い、ブヨブヨの麺になってしまっているのです。
あれが本当のヤキソバだなんて思ってはいけません。
あれは圧倒的多数に支持されている「ソースヤキソバ」用
というだけのものです。

もしくは限りない「安売りのために」作られた麺とも言えます。

解りやすく言えば
あれはソースヤキソバにしか出来ないモノ。 
(といえば言いすぎでしょうが、ソース味が最適なのは間違いありません。)
ですから、
カップヤキソバもまた、そんな誤解の上に便乗して商売が成り立っています。
「あんなものは本当のヤキソバなんかじゃない」と
皆が言い出せば金輪際成り立たないシロモノなのです。
ちょうど
本物でもないのに「ほんだし」と名づけて売っていたら
今度はインチキ味噌がそれらを混ぜて「だし入り」として売り出したのと似ています。

誤解と便乗を活用するうろんな業界というのがあるんですね。
頭のいい人には適いません。

ほとんどの人がそう思ってるんだからいいじゃないか。
とか言われそうですがヤキソバが大好きな私としては
もう少しヤキソバの事を見直してやって欲しいと思うのです。

今でも十分愛すべき人気者なんですが、
実はもっとすごいポテンシャルを秘めてるんだ
あいつのことをもっとよく解ってやって欲しい

って
そんな奴皆さんの周りにもいませんか?
私にとってはヤキソバがそんな奴なんです。
決してヤキソバの悪口を並べていい気になろうってんじゃありません。


ではまず最初にソースヤキソバにしかならない理由を挙げましょう。
麺が茹でられすぎで水分が飽和しているからです。
パスタをアルデンテで茹で上げる と言う事は皆さんご存知でしょう。
数パーセントまだ茹できらない硬さの残る麺のことです。

それをフライパンの中のソースに絡めつつ加熱する
(私はこれを圧力を加えつつ  と表現しています)
そうすることで味をパスタに染み込ませます。
茹で切らない部分が味を吸い込みつつ程好い硬さになっていきます。
パスタはこのソースと麺の一体感を出すのがコツなのです。
こうすると必ずしもドロリとした粘りのあるソースは必要とされません。

茹ですぎた麺にはこの味を煮含めるという工程が難しいのです。
同じく茹でうどん(白玉うどん と揶揄されてます)でも同様です。

ですから粘りの強いソースが最適となります。
まだスパゲッテイを上手に茹でられなかった頃には
スパゲッテイもベチャリとしたケチャップをたっぷり絡めた
味付けが主流だったのも同じ理由です。
日本ではパスタ用のふりかけが人気というのもこの辺りが原因でしょう。

パスタとヤキソバの違いと言うか、
異なる捉え方を一言で片付けるならこうです。

「ヤキソバは茹で置きが可能ですが、
パスタは茹でた状態では販売されません。」

こうなります。
一部には白玉うどんのような真空パックのパスタもありますが、
ソースは必ず粘度の強いものとの組み合わせです。

ヤキソバは茹で置きが可能なのですから
販売したっていいんです。
ただ、私としてはもう少し品質を上げていただきたい という
願いを持っているというだけなのです。
そうすればもっと美味しいヤキソバを誰でも手軽に作れるのに
と惜しんでいるのです。

はっきり言いましょう。
正しく作ればヤキソバってのは
パスタに負けない、いえ、焼き目がつく分だけ
場合によってはパスタより美味しいものになるんです。


さて、では美味しい本物のヤキソバはどう作るのか?
それを書き上げるのは多分、年をまたいだ来年早々になると思われます。

ただでさえ年末で気ぜわしいのに雪まで参戦してきました。
お時間をいただきます。
どうかご容赦のほどを・・

なお、私が参加している「みどり共同購入会」さんで
年に数度だけ
料理講習会を実施しています。
私も何度か出席させていただいています。
私の提案するテーマは毎回同じです。
「化学調味料を使わないで、お店より美味しい物をおうちで!」
今までに
「タンメン」や「チャーハン」や「餃子」を取り上げました。
子供さん達に
「お母さんの作るのが一番だよ」と言わせたいのです。

次回の私のメニューはこの「本物のヤキソバ」です。
マスターすればとまでは申しません、
この「圧力を加えて味を染み込ませる」という理屈を
解るだけでパスタまで上達します。

皆で美味しい物を作り大切な人に安心なモノを食べてもらう
こんなささやかな積み重ねが私達を少しだけでも助けてくれる
と信じたいものです。


二月ごろの開催予定ですが詳細はまだ未定です。

会員でなくても参加はできます。
どうぞ会の方にお問い合わせください。


2010.12.20 高菜
近年ようやく高菜がここ富山でも安定して入手できるようになりました。
これも作ってくださる生産者さんがいてくれてこそです!
ありがとうございます!
感謝して美味しく使わせていただいています。

富山県では今まで生が見つからず、加工品ばかりでした。
しかし、漬物にしろ炒め物にしろ添加物まみれのお粗末なものばかり
マトモな高菜は富山ではもう食べられないと諦めていました。

鹿児島の義母がまだ元気だった頃に送ってもらい漬けた記憶が
なまじあるものですから却って残念だったのです。

入荷するのは春と秋の二回。
今回は秋の分の収穫です。

さっそく洗って漬け込みます。
たっぷりの塩と赤唐辛子を入れて漬け込みます。

コツはその都度上から力を込めてギュッギュッと押し込んでやること。
福井県ではこれを「へしこむ」と言い,
強押ししたサバ漬けを「へしこサバ」
と呼びますが高菜を漬ける時のこの作業をしているといかにも「へしこ」む
という呼び名がぴったりときます。

こうして繊維をいじめてやることで、からし菜系独特の
香気が立ち美味しくなるのです。

たっぷりの塩というのも最近では流行りませんね。
これは夏までどころか一年以上でも持たせるつもりで漬け込むのです。

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こうして2週間もすると漬け汁が真っ黒に変色します。
ここら辺りが浅漬けの目安です。
市販品では新高菜漬けとして流通します。
使い方は古漬けと同じですが風味が違います。
みずみずしい風味にあふれています。

浅漬け派と古漬け派とに分かれるのも面白いところですね。

少し、塩出しをして葉で白ご飯をくるむと
目張り寿司 と呼ばれる高菜おにぎり。

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刻んで鰹節をかければご飯のお供。
そのままご飯に乗せるのもよし。
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蕎麦に乗せれば高菜蕎麦。

そしてこちらが新高菜ラーメンです。
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市販品はどうやってるのか興味なんかありませんが、
いつまでたっても色鮮やかなままです。

でも普通に作れば時間と共に葉色は黒ずんで行きます。
これが古漬けの高菜。

古漬けの高菜を塩出しして炒めれば、
御馴染みの高菜炒めです。
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これもご飯によし、料理によしと幅広く使えるのですが
やっぱり麺が最高なのです。
高菜蕎麦
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高菜ラーメン。
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酒、みりん、醤油、七味、ゴマ、ごま油で炒めてありますから、
そのままチャーハンの具やヤキソバにも転用できます。

みずみずしい浅漬けの新高菜漬けと
ひねた香りが嬉しい古高菜漬け

どちらも美味しい漬物です。
料理の素材としても大変重宝しています。
九州出身の方に出すと大層喜ばれます。

今では九州といえども自宅でこれを漬ける家は少なくなってきたのでしょうが、
子供の頃は自家製を食べて育ってきたからです。

いつも言う事ですが、既製品を買う人は本物の味の記憶を
持っている人です。
何かが違うと気づいていても
『しょうがないな』と半ば諦めつつ買ってくれます。

でも子供の頃から市販品しか知らない人は徐々に買わなくなります。
なにも無理してまで食べるほどのこともないと気づいているからです。

久しぶりに手作りの高菜を食べた という九州人の反応にもそれは
はっきりと見て取れます。
何度でも言いましょう。
漬物屋さんは原点回帰を目指すべきです。
生き残りたいなら。

そして正しい食を通してこの国を救いたいなら。

なにより自分達は美味しい物を食べたいと思わないのでしょうか?





2010.12.19 朝焼け
宮沢賢治は夜明けの空を
蜜の色に燃え と言いました。

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この時期、
富山は寒いので夜明け前は糸を引くような朝焼けを見る事があります。
燃えてはいてもいかにも冷たそうです。
蜂蜜どころかエッジの立った朝焼けといったふうです。

こんな寒い日にはほっこりと暖まるご飯を仕込みます。

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むかごご飯

本当はむかごだけで炊きたいのですが、
例えそれが100円であろうと200円であろうと
お客様からお代を頂くということは見てくれも重要なので
エビと一緒に炊き上げます。

昆布だしに花カツオを少なめに入れ、薄めの一番だしを取ります。
酒、塩でほとんどの味を決め、ほんの少量の醤油を足して味を固めます。

それを沸かします。
カットしたエビを入れ、さっと茹でます。
エビは加熱し過ぎると硬くなり不味くなります。
沸騰したダシにエビを入れると色が鮮やかに変わりますが
ここですぐに上げると、これは早すぎ。

もう少しだけ加熱を続け、鍋肌から泡立ちはじめて
もう少しだけで沸くかな?
と言う位にエビをすくい上げます。
冷却しません。

この位なら中はまだ生です。
そして仕上げ間近に混ぜることで火を通すのです。
そうするとエビの魅力のプリッとした食感をいつまでも保てる
と言うわけです。

このひと手間を惜しんでご飯と一緒に炊き込んでしまうと
食べる頃にはカスカスの抜け殻のようなエビになってしまうので
これだけは避けねばなりません。
そんなエビを「美味しい」と言ってくれる人はいません。

薄い一番ダシに控えめな味をつけ。
うるち米ともち米を釜に入れます。
分量通りのダシを入れ、スイッチを入れます。

炊き上がり後、15分蒸らすとすれば
7分後にエビを放り込み、再度フタをします。
8分後におろして混ぜ込む  そんな要領です。
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むかごには米と一緒に炊く事で
どういう訳か米をさらに美味しくさせる効果があります。
そして自身もだしを吸い込んで旨味を増します。

エビはプリッ
むかごはほっくり
そしてだしはそれと感じさせないほどの控えめなもの
これがポイントです。
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だしがなまじ濃かったりすると下品でやかましいだけのものになります。

一番大事な
肝心のラーメンとの総和。
今回も好評でした。
平日昼のサービス品
ミニ丼 日替わり  200円
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卵を見ていて唐突に旧友のことを思い出しました。
名前をアッチといいます。

随分前の事です。

中学校の修学旅行の時
ーあの頃は遠足や運動会などのイベントにはどういうわけか
 必ずといっていいほどゆで卵がつきものでした

私がふざけてゆで卵を頭に打ち付けて割ったところ大いにうけて
皆がそれをやりだしたのです。
ところが、(後で判ったのですが)アッチはすでに食べ終えてしまっていて
この時に皆と一緒にそれを出来なかったんですね。

宿で夕食後 大騒ぎをして明け方近くに寝て
皆が前の日のことなどすっかり忘れて朝食の席に着いた時に
それは起こりました。

わっ という声が上がりました。
何人かがあわてて走ります。
アッチが卓上の生卵を頭に打ち付けてしまったのです。

顔面 生卵まみれになったアッチは
『なんでゆで卵じゃないんだよ』
とでも言いたげな不本意な表情で黙り込んでいました。

こんなとぼけた奴でした。



先日の朝、食卓で卵を見たときに急に思い出して
逆にしんみりしてしまいました。

望まない進路を両親に強要されて悩んでいたアッチの姿まで
思い出してしまったからです。

どうしているのやら?

卵を頭に打ち付けるくらいの遊び心を忘れないでいるでしょうか?

それとも
「そんな恥ずかしい話を部下の前でしてくれるなよ」
とエラソーに話してくれるのでしょうか?

アッチよ元気でいるか?
ラーメン食べに来いよ。
生卵サービスでつけてあげるから。







2010.12.14 あるべき姿
さて、話をつなぐために切り口を変えてみましょう。
料理人のことを古くから包丁人とも呼びます。
これは何故でしょうか?

料理には「切る」だけでなく「煮る、炊く」「焼く」「揚げる」
などといった様々な仕事があるにも関わらず、です。

私なりの解釈を言うとこうです。
「包丁で切る」  
というのは取り返しのつかない事
やり直しの不可能な事だからです。

未熟な人の前にリンゴやスイカを置くとためらい無くふたつに切ります。
それから幾つにするんだったかを思い出して「う」と考え込みます。
経験者は幾つに切り分けるかを思案してから包丁を入れるのです。
切ってしまったものはくっつけられません。

そうして思案してからスパッと切る  ということを日々繰り返していると
仕事が人間性の形成に影響するのでしょう。
よどみの無い、妥協を許さない いわゆる職人に出来上がっていくわけです。
だから象徴として「包丁」という刃物を挙げている訳です。

これはなにも料理人だけでなく大工さんや塗装工さん、など
職人がすべて同じなんですが「刃物の切れ味」という点でひときわ目立つのでしょう。

ラーメンの話に戻ります。

タイマーで茹でると麦粉臭くなる事が起こりやすいと書きました。
ところが昨今タイマーで茹でなければ勘や手の感触では茹で上げられない
という職人(?)が急増しているのです。

話は「ラーメン嫌い&麺嫌い」からは外れていきます。
もう少し根元に向かってみましょう。

日本人の料理のルーツは和食です。
包丁さばきと聞いて真っ先にお刺身が浮かびますね。
このお刺身を切る時。(引くと言います)

魚のカタチはサク一本だけでも細い部分や広い所、
薄いところや肉厚の所と違っています。
これをそのまま切ると大きさが違いすぎるので
包丁の角度を変えながら切ります。

幅が狭い部分では大きく刃先を左に向け、
幅が広い部分では真っ直ぐに、
高さが低い部分では刃を寝かせ、
高さがある部分では垂直に立てます。

これを常に組み合わせて一手先を読みながらお刺身を切るのです。
熟練の仕事は見るだけで美しいものです。
そこでは「美味しい」は職人の「手」から生み出されているのです。

包丁さばきは魚だけじゃありません。
肉屋さんでも同じです。
一本のロース肉にも幅や太さにムラがありますから職人はそれを計算しつつなるべく同じような面積を切り出します。

ところがアメリカ人は大胆です。
一定の太さのカッターを作りました。
ここに通すと委細構わずぐるりを切り下ろして煙突のような
同じ太さのロース肉が瞬時に出来上がるのです。
こうすると後は厚ささえ決めれば誰が切っても同じ重量のものが簡単にできるのです。
食の工業化です。

日本人もそんなアメリカ人が行き着いたファストフードばかり食べて
頭がアメリカナイズされて来たんでしょうか?
ズブの素人が来たその日からでも出来るようなシステムを備えた
飲食店が増えています。
タイマー茹でをするラーメン店もそのひとつの流行です。

タイマーを使って麺茹でをする店は必ずといっていいほど製麺所さんと
モメます。

麺は生き物ですから極端な話、朝昼晩と茹で上がり時間が刻々と変化します。
どんなに気をつけて保管していてもです。
それを茹でる人が見ながら茹で上げるから食べる人は同じように感じているだけです。

それをタイマーで常に一定時間で茹でるとどうなるでしょうか。
「ウチはいつも同じ時間で茹で上げるのに硬かったり柔らかかったりする」
「これは作り方が悪いからだ」
となるのです。

いったい「美味しい」を生み出すのはどの「手」なのでしょうか?
製麺所さんに丸投げでいいのでしょうか?

製麺所さんは頭を抱えます。
そしてどうすると思いますか?
二分なり三分なりその時間内では絶対茹で伸びない麺を納めるようになるのです。

これは「茹で足りない麺を出す」  と言う事なのがお解かりでしょうか?
そうです。
これもまた麦粉臭いという話になるのです。

うどんではそこの点を工夫した麺があります。
片栗粉を混入した麺です。
早くあがり、麦粉臭さを感じさせない。
なおかつ、硬い分「コシ」があるように錯覚させる。
便利な麺です。

北海道あたりの大手製麺所さんなどでは中華面でもそういった商品を発売しています。
利点は同上です。
おまけにぴたりと茹で上がり時間も同じでほとんど狂いません。

うどんは主に冷凍うどんがその手法を取っています。

でもここで思い出して欲しいのが
「麺とは小麦粉を水で練ったもの」という大前提です。

そんな便利な魔法のような無理願望を叶えたものには必ず
落とし穴があるのです。
飽きるのですね。

手打ちうどんは飽きませんが冷凍うどんは飽きが来ます。
「麺じゃないから」と言えば言い過ぎでしょうが、
そんな例はゴマンとあります。

アミノ酸混入で増量させた日本酒が絶滅に近くなり、
同じく漬物が売れなくなり、カマボコが売れない。
そんな例を挙げたらキリがありません。
味噌、醤油、油、・・・・・・

昔から味を大切にしてきた先人達の苦労を笑い飛ばすように
安易な手抜きにまい進して金儲けを優先させると
必ず天罰がくだります。
顧客が離れるだけでなく、ひとつの産業が霧散してしまうかも知れないのです。

日本はもの作りが生命線だとよく言われますが
それは何も町工場や大企業などの工業の世界ばかりじゃありません。

街角の小さな食堂、蕎麦屋、うどん屋などの食べ物屋だって皆
創意工夫して生き延びてきたのです。

それが崩れ始めたきっかけが化学調味料だったのではないでしょうか。
『これさえ使えば』  と皆が使い始めたとたん各自の創意工夫や
大切な口伝を忘れたのではないか  と思います。

実際に聞いたひどい話では
「自分で野菜炒めを作ると美味しくならないがcook doの合わせ調味料で作る野菜炒めは美味しいから良く出る」

これはある飲食店の店主の言です。
本当の話です。

業務用品に頼る大型施設が衰退したり、包丁の無い巨大チェーン店がつぶれるのも当たり前。
簡単に飽きられるものに手を出すのが間違いです。
「モノ作り」「モノ作り」と人頼みのように連呼する暇があったら
自分達の現場を見直すべきです。

まやかしのような世相でいい訳がありません。

漁業、農業、建設、あらゆる現場仕事を低く見て従事したがらない
そんな今の世相にもつながるものがあります。
もし、誰も顧みなくなり技を受け継がなくなって
今、従事している世代がいなくなってしまったら

後は誰がそれを担うのでしょうか?
金で買う?
いつまでそんなことが出来るのでしょうか?

あらゆる現場で知恵を出し合い、技を磨き、伝え残す。
全ては成長と生き残るために。
そんな大切な現場の精神を忘れてはならないと思うのです。

先の話ではアメリカの大雑把な食の工業化の例を挙げました。
でも、それは南米移民などの程度の悪い従事者にでもできるようにと
仕方なく行われたものでした。

私達日本人が率先して真似るような姿勢ではありません。
正しいあるべき姿をそれぞれの仕事で問い直してみるべきではないでしょうか?
本質を見誤ると命取りになります。

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「ラーメンが嫌い」と言う方は意外に多くいらっしゃるものです。
もしかすると
「うどん嫌い」や「蕎麦嫌い」よりも多いかも知れません

アレルギーなどの不可抗力的なものを抜きにしてどんな理由からと
考えてみました。
ラーメン嫌いは来店されないので想像するしかありません。

化学調味料の入れすぎによるあざとい味と後口の悪さ。
脂過多。
動物系スープの匂い。
単に肉食が嫌い。

塩”分”過剰。
麺の食感が嫌い。
麺がかん水臭い。

こういったところでしょうか?

その他に「麺が総じて好きじゃない」と言う方もいらっしゃいます。

私は料理人としてこの「食の好き嫌い」と言う点に深く興味を持っていて
「○○が嫌い」などとうっかり私の前で言おうものなら
「何故?」「どうして?」「どんな点が?」
「他に類似する嫌いな食品は?」「いつ頃から?」などと
質問攻めにするという悪癖を持っています。

聞かれる人も案外嫌がらずにスラスラと答えてくれます。
普段から
「わがままなヤツ」とか「ぜいたく」、「やかましい奴」
などといった迫害を受けているせいでしょうか。
嬉々として語ってくれる人までいます。

そうした事を永年繰り返してきたおかげで少しづつ法則めいたものを掴みつつあります。
いつかまとめて書いてみようと思いますが、
ひとつだけ言えるのは
嫌いになるにはそれなりのワケがあるからという事です。

麺の話に戻しましょう。

麺好きからすると考えられないことですが、
まず、麺の何が嫌いかといってあのずるずるとすする事が大嫌い!
と聞いた事があります。
するとこちらはすかさず悪癖起動してしまい
「じゃヤキソバはどうなの?」とか「パスタは?」
などと聞き出すのです。

この時は
「すすらないで食べるピザなどはなんとか食べるけど小麦粉料理自体が、それほど好きじゃない」
という答えを聞けました。

先ほどの法則の事ではありませんが、
実はラーメン嫌いや麺嫌いの方々が自身でもそれとは気づいていない点があります。
先に挙げたラーメンの弱点もあるでしょう、
すするのが嫌い という方もおいででしょう、

でも、もっと根本的な嫌味要素があるんです。
ひとくちに言って「小麦粉の臭い」つまり「麦粉臭さ」です。
これは麺好きでも嫌いな匂いなんです。
これが原因で小麦粉嫌いになっているケースが案外多いのですが
当人にはあまり自覚は無いようです。

色々なケースで聞き出した結果を羅列しましょう。
・戦後の食糧難の時に食べさせられたスイトンの小麦粉団子が
 生煮えで不味かった味と匂いがいつまでも忘れられない
・大判焼き(今川焼き、回転焼き)の中が半生のものを
 食べた時の不味い匂いと味を連想する
・回転焼きの皮が不味かった
・そうめんの味噌汁がふやけた時の不味さと匂いが原因
などなど 匂いに繋がる悪い記憶が多いようです。

口では言うのですが麦粉臭さが何故小麦粉嫌いにつながるのかが解らないのですね。
これはよくあるケースなんです。

スイカが嫌いで見ただけで逃げ出した方がおられました。
この人は徹底していました。
フルコースの最後、宴もたけなわという時に季節外れのスイカを
出した時の事でした。
皆が「ワォ!」と喜んだ瞬間 ただ独り「ギャッ」と脱兎のごとく逃げ出したのです。

心配するほかの酔いどれには目もくれずあれこれ聞き出したのは言うまでもありません。
こんな面白い素材を見逃すはずがない私です。
傍目には優しく介抱する人に見えたでしょうが、残念ながらそれは的外れというものです。

原因は匂いでした。
したがって、同類のメロンは言うに及ばず胡瓜もダメなんだそうです。
共通項は「青臭い匂い」
子供の頃の不愉快な記憶がそうさせるのです。
この方はそれをはっきりと自覚されてました。

嫌いの素は匂い  ということは多々あるのです。

麺の話に戻ります。

麦粉臭さ=毒です。
蕎麦は生煮えで食べても大丈夫ですが、小麦粉は腹を壊します。
ですから小麦粉には葛湯や蕎麦掻きのような簡単調理はありません。
焼くか茹でるか、しっかりと熱を通すものしかありません。
でも運悪く火の通りが悪いものを食べさせられて不具合を起してしまうと
小麦粉全般が苦手になるケースもあるんです。

それは麺ばかりじゃありません。
かき揚などでも中心部の火の入りが悪いと起こります。
グラタンやホワイトソースでも起こります。
加熱不足の小麦粉料理が「麦粉臭く」感じるのは体が毒を感知したというアラームなのです。
それだけ感度が鋭い人の証明なのですね。

うどんやパンでは加熱時間が比較的長いので起こりづらいのですが
ラーメンではよく起こります。
危険なのが
湯の量に対して大量の麺を入れてしまった時です。
たっぷりの湯で泳がせなくてはならないのに
麺の対流が不完全だとダメなヌメリが発生して麦粉臭さの原因になります。
これも加熱不足の結果です。

沸騰した茹で湯が吹きこぼれそうになって差し水を入れすぎたときにも
当然起こります。
加熱不足が原因です。

濁った湯で茹でても起こります。

しかし、未熟な人はそれを解りません。
なぜなら一定時間経過した茹で麺というのは手で触った感触がほぼ同じだからです。
沸騰しない湯で3分茹で続けた麺と
沸騰している湯で3分茹でた麺が比較的似ているのです。
もちろん慣れていればまるで違うと解ります。

端を口に入れてみれば全然違うと誰でも解ります。
この時の味が「麦粉臭い」味なんです。
腹に来る味です。
これを食べさせられれば二度とこんな物を食べたくないとなります。
にちゃり とした歯に粘る食感 これを歯ぬかりといいます。
歯ぬかりする、麦粉臭い味。
こんな物を出していては麺嫌いを増産しているようなものです。
非常に困ります。

とはいえ
この頃では麺の茹で加減を指先の感触で見れない職人が多いそうで、
あまつさえ、最近ではタイムセットした時間がきたら自動で麺上げをする機械まで現れました。
私自身がラーメン屋ということを置いても、
麺好きにとっては先行きの暗い話です。

いつぞやはうどん屋さんでも体験したことがあります。
つい今しがたうどんでは起こりにくいと書いたばかりですが、
加水時(水回し)の攪拌が不十分だとそんな事もたまにはあるようです。
全般的に硬めに茹で上げられたうどんの中に明らかに硬い芯の残ったものが混ざっていて、
これは麦粉臭い味がしたものです。

蕎麦でもまれに麦粉臭いのに出会う事があります。
が、これはお時間をいただく約束ですからもう少し後で書かせていただきましょう。

麦粉臭さはかように調理の不手際でも起こりますが、
もっとも危険なのが保管方法の不適によるものです。

温度や湿度管理。
長期間の保存などです。
あまり流行ってなさそうなお店でうっかり地粉などを買うと
匂いが嫌なものに出くわしたりします。

また麺に加工するまでが大丈夫でも暑い場所に放置したりすると麦粉臭くなってしまう事もあります。
それらは明らかな劣化です。

そんな全てが管理不行き届きという一言でまとめられます。
どんなにそれ以降正しく茹でても取り返しはつきません。

小麦粉から麺に加工、それから茹で上げるまで生鮮食品を扱う心構えが必要なのです。

あまり長く書くと差しさわりが出そうですから今回はここまでにしておきましょう。
でもこの話はもう少し掘り下げて行かなければいけません。

寿司屋さんがネタの魚を暖かい室温に出しっぱなしにするでしょうか?

実は大事な本質を含む話です。












2010.12.07 きのこ
今年は熊の出没が多いのでキノコ採りには行かないで
もっぱら直売所でばかり求めました。

便利で安く、時間の節約にもなりますから大いに活用させてもらっています。

が!
実は人様の採ってきたキノコを買うというのは
案外知られざる危険が伴うという事をご存知でしょうか?
毒キノコ?
いいえ、それなら見て解ります。
解らなければ買わなければいいだけの話です。

色んなケースがありますから全てがそうだとは申しませんが
怖い話 程度に聞き流していただければ幸いです。

キノコ採りというのは早朝から出かけます。
どんな名人でも人が採ってしまった後ではどうしようも無いからです。
また人それぞれ自分だけの「場所」を持っているので人目につきたくありません。

数年前の早朝のことです。
その「場所」に向かう途中にゴルフ場があるのですが
横の土手から大きなビニール袋を抱えたおじさんが出てくるところに出くわしました。

先を急いでいたのですがあまりに大量なので車を降りて見せてもらいました。
大きな立派なキノコがどっさり採れてるではありませんか!
「すごいですね~!」
というと いや今年はこれでも少ない方なんだ と謙遜したように言います。

残念ながらその時の私の収穫はさっぱりでした。

後でその時のことを近所の人に話し、
「でも、ゴルフ場のって危なくないのかな?」 と聞くと
「危ないに決まってる!」
「だから自分じゃ食べないで売るんだよ」と

!!!!!!絶句 しました!!


最近、気になるウワサを聞きました。
少し前の話ですが中国の四川省で大地震が起きた時
地下核施設で爆発事故が起きていたらしい  というものです。
そこらは大穀倉地帯だったとかでほぼ全滅らしい というのです。

また、チェルノブイリで放射能汚染が起きた時
住民は避難させられましたがやはり住み慣れた所がいい と戻った住民が沢山いたそうです。
キノコが大豊作だったそうです。
汚染されててもここに住む  と決めた人たちはそこで採れるものをためらいなく手に取りました。

雷が鳴ると○○がよく獲れる  と聞いた事がおありでしょう?
キノコにもそれと似た話があります。
なんらかの刺激が影響するらしいですね。
雷に当てる とかシイタケのホダ木の端をハンマーで叩くなどと聞きます。
よく発生するそうです。

でも、刺激に反応するだけじゃないのが困った点です。
地中の汚染物質をたっぷり内包して出るんです。
まるで吹き出物のように土中の汚染物質を吐き出そうとするように

あたかも人間がゴミを袋に包んで出すように、
ゴミ捨ての時期がやってきたな  とでもいうように。

今の日本で先ほどのゴルフ場のような怪しい場所で採取したキノコが流通するのは間違いなくほんの少量でしょう。
よほど運が悪くないと出会うことすら無いはずです。
なぜなら国産のキノコの水煮なんてほとんど無いからです。
キノコの加工品はほとんど中国産です。

『大丈夫なんだろうか?』と首をひねってしまうのです。

こんな事をいうと必ず
「風評被害だ」とか
「危険だと言う確証や証拠も無い事を言うな」と叱られます。
ですからはっきりとお断りしておきましょう。
これはあくまでも私個人の無責任な想像です と

ですが、
私のスタンスはいつも変わりません
食品添加物にしろ何にせよ
「大丈夫と解っているものを口にしたい」というものです。
危ないか安全か解らないものを口にしたくない という単純な事です。

公園でキノコが生えていました。
毒があるのか無いのか解りません
そんなモノを食べますか?
少なくとも
大切な家族になんか食べさせないでしょう?

スーパーでキレイにパックされていたらそれは安心の証なのですか?
私は少しだけ疑う事をオススメしています。
せめて裏書を確かめてみませんか?


料理は材料と調味料と正しい手間隙をかければどれだけでも美味しくすることが出来る 
といつも言い続けてきました。

化学調味料や過剰な砂糖に頼らないでもっと「美味しい」を目指すべきです。
そんな便利なモノでは一定水準の味しか出せないからです。

それを証明するための昼のミニ丼でもあります。
ところが、あまりにも巷間画一化された味
均一化された味が氾濫する中では判別すらままならないようです。

どこにも無い味、
どこにも無いメニューというものを生み出すのも
それはそれで楽しいのですが、やはり比較対照できるものがあったほうが
誰にでも解りやすいようです。

当初、昼のミニ丼はほとんど出ませんでした。
たまにカツ丼や親子丼をするとよく出ます。
いっそそんなありきたりの馴染み深いメニューで行こうか?
と弱気になることもありましたが、きっぱり否定しました。

それじゃ明日につながらない  というのが私達の結論だったのです。
どこにでもある品ばかり繰り返すのなんかまっぴらでした。

だから出ようが出まいがオリジナル中心で行こうと結論付けたのです。

なんとか定着してきたのが最近です。
最近ではかえって挑発的に「御馴染みメニュー」を出す事が増えました。

比較検証してもらうことでより認識を深めてもらおう  という
大それた挑戦をしているつもりなのです。
馴染みのあるものと食べ比べていただきたいのです。
「美味しい親子丼」
「挑発的な天丼」
「ありえないチャーハン」などです。
普通に作って食べても普通に美味しいはずの親子丼に
あえて美味しいと冠をつけて区別化をしているつもりです。

今回はそんな一品です。
絶対旨い チキンライス です。

まず、鶏肉の入った炒めご飯 と解釈するところから巻き戻します。
全てはそこからです。

世界で一番鶏肉を愛しているのはどこでしょうか?
答え
フランスです。
ではその仏料理から学びましょう。

能登健康鶏(地鶏)モモ肉に塩コショウをして2晩寝かせます。
余分な水分や脂、表面のぬめりなどがこれで除去できます。

これに小麦粉をはたいて低温でゆっくりと焼き上げます。
そしてボウルに移して置きます。
その時に出た肉汁を仏料理ではジュと呼び大切にソースに利用します。
冷めるとゼリー状に固まり、加熱すると溶ける美味しいエキスです。

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フライパンに残った油で他の材料を炒めます。
タマネギに火が通った時点で鶏肉をカットして混ぜます。
皮目はパリッと中はしっとりとしてはいますがほんの少しまだ火の通りきっていない部分もあります。

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これを炒めながら先ほどのジュとカツオダシを加えます。
塩コショウとバルサミコ酢を入れます。

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仏料理のバスク風やヴィネガー風味などのように煮込みます。
いろんな旨味をいったん取り出して再度煮詰めて煮含めるのです。

何のために?

ケチャップを控える為に  です。

ケチャップには多量の砂糖が入りすぎています。
だからそれに頼りすぎると甘くどくなりお子様用にしかなりません。
だから控えねばならないのです。

しかし、控えるとそれに依拠していた味
つまり大前提ともいえるものが成り立たなくなるのです。
だからこれに変わるモノ、いえもっと上のものを用意する必要があるのです。
カタチは似ていても中身を入れ替える必要があるのです。

お解かりでしょうか?
私がラーメンやその他の料理で何度も繰り返し言い続けている事が。
代替品をなどと言っているうちはまだまだです。
大事なのは手をかけて今まで以上の味を求める工夫なのです。

その工夫を私は設計図を引く と表現します。
でもこれこそが理(ことわり)を料る(はかる)という
料理の原点でもあります。
便利なモノばかりに頼っていては技術や工夫する心は進化できないのです。

ケチャップを控えて
甘味は人参で、
風味はタマネギで
旨味と香りはキノコで
酸味はバルサミコ酢で
それぞれ置き換えてやります。

そして出来上がりがこちら。
本日のチキンライスです。
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ケチャップを控えた分甘くどくなく、ご飯もベタついていません。
バターなどの乳製品も使わないので後口もしつこくありません。

平日昼のミニ丼  200円

なおソースとしての旨味をとじこめたこの具は煮ほどいてやることで
そのまま他の料理に転用ができます。
水を加えてペンネと煮ればこうです。
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クスクスと煮るのも同様です。
ご飯で作ればそのままリゾットになります。

教科書としての仏料理にはまだまだ学ぶポイントが沢山あります。
料理はもっと美味しくできます。
もっと手をかけて美味しくしましょう。
料理ってこんな楽しい事なのに手抜きばかりを考える人の気が知れませんね。






2010.12.05 かつお
この時期、太平洋側には北の海から丸々と肥えた本カツオが戻って来ます。
これは「戻りガツオ」と呼ばれ、春の「登りガツオ」と対比されます。
いわゆる、初ガツオと戻りガツオ どっちが旨いか といった
ステレオタイプの話に作りやすいからです。

春の脂の少ないあっさりとした味わいと
秋の濃厚な脂ののった味わい。
比べる必要の無い話なのですが仕立てやすいのも無理からぬ所ですね。

それは何も魚に限った話ではありませんが、季節の成長とともに
名前が同じなのに味の変わる魚だと解りやすいのが理由でしょう。
例えば
「ブリは有難いがフクラギ(イナダ)は脂が乗ってないから美味しくない」
などと言う人は多いはずです。

考えてみれば随分と傲慢な話です。
生き物全てが人間の舌を喜ばせるために存在しているんじゃありません。
私達は自然のたまわりものを有難く工夫して美味しく食べさせていただいているという謙虚な心を忘れてはいけないのです。

おぉっと横道に際限がなくなりそうです。
話も戻しましょう。

日本海側では今、宗田ガツオが上がります。
この時期はやはり脂が乗ってます。
が少々脂が多すぎてやや下魚のように扱われる事も多いのです。
しかし、魚は見た目は同じでも扱いが違うと味はまるで違ってきます。

料理には愛情が何よりの調味料ですが、
それは食材の調達段階からも言えることなのです。
今回はこの宗田ガツオの例で書いてみましょう。
本カツオに比べると生でも節でも一段低く見られることの多い魚です。

春はあっさりしているカツオも秋から冬にかけてはマグロ以上の脂が乗ります。

これを好きな漁師さんがいます。
その人は皆にこの本当の美味しさをなんとか伝えたくて
船一杯に氷を積んで出港します。
氷代だって高くつきますから普通は獲れるかどうか解らないときには
あまり積んで行きたがらない人が多いのにこの人は続けています。

そして沢山魚が入った網の中から大きそうなカツオを優先して
特に冷えた水槽に入れて運んで来るのです。
それを良く解っている買い付け人もまた氷をたっぷり入れた
大きな箱でカツオを水氷漬けにして店に戻ります。
魚だけを運べば軽いのにわざわざ重い箱を運ぶのです。

これがカツオに対する愛情です。

日本人は世界で最もマグロを愛していますから世界中から
上質のマグロが築地に入ってきます。
岡山県は日本で一番サワラを愛していますから日本中から
上質のサワラが岡山県に向かいます。
富山県人は日本一カジキを愛していますから刺身に出来るような
上質のカジキが入荷し、昆布じめに加工されています。

愛情とは「美味しさを届け、喜びを共有したい」という熱意なのです。
だからこそ手間隙を惜しまないのです。

その流通段階で誰か一人でも
「なんだこんな下魚なんぞ」 と長靴で蹴飛ばすようなぞんざいな扱いをしたら
あっけなく壊れてしまうのです。

これが流通の「扱い」というものです。
扱いの悪い魚は見た目は同じでも味が違ってきます。
誰がどのようにして獲ってきて、どのような処理をされてきたか
つまりどれだけ大事にされてきた子か  が大事なのです。
それが愛情です。

今回はそんな愛情一杯の宗田ガツオをちらし寿司にしました。
脂のたっぷり乗ったカツオは美味しいからといってそのまま沢山
食べると後からしつこさがやって来ます。
そうならないように仕掛けをしてやらなければいけません。
ここからが私達の愛情(仕事) というわけです。

寿司飯に酢ガリを刻んだものと金ゴマを混ぜておきます。
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漬物には白菜の甘酢漬け。

野菜も盛り付けましょう。
大根の繊切り。
青紫蘇の繊切り。
寒ウドの繊切り。です。
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寒ウドとは春の収穫をガマンして土をかぶせ秋に収穫したものです。
香りは優しくてアクが少ないのが特徴です。
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これだけでもいいのですが、最後に大事なのがワサビです。

脂くどさを消してくれるワサビにも仕掛けをしておきましょう。
辛味を強くしたい時には大根の絞り汁を加えます。
これも望む程度によって大根の上か下かを選択します。

今回は脂が強いのに上から醤油をかけるのです。
脂は醤油をはじいてしまいます。

そこで大根おろしをそのまま混ぜてワサビを溶きます。
そうする事で絡みが良くなるのです。

ドレッシングと同じ発想です。
市販の物には増粘剤が入っていて野菜にくっつきやすいのですが
家庭で作るとサラサラとトマトや胡瓜の表面を流れ落ちてしまうから
タマネギや人参などを摩り下ろして絡みやすくしますよね
あれと同じ要領です。
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ピリリと辛いワサビが脂っぽさを抑えて
野菜や海苔がさっぱりと舌を洗い流してくれます。

今回も好評でした。
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カツオのちらし寿司  200円



2010.12.01 秋の恵みに
猛暑があまりに長く続いたので涼しい日なんか来ないんじゃないか
とさえ思いましたが、ちゃんと四季は巡り寒くなってきました。
秋から冬はいつでも駆け足で過ぎますが、
今年は特に足が速そうです。
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木の葉が色づき始めたかなと思ったらもうムカゴが零れ落ちそうなほどになってます。
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いつもなら藪に分け入りこれを採ってくるところですが、
今年は当方も忙しくあいにく時間が取れません。

それで直売所で買う事にしました。

ところが
売店で店番をやってる若い主婦の方が(当番制だそうな)
「それは何ですか?」と尋ねるのです。
知らないのですね。

田舎ではあまりにありふれすぎていて価値を感じないのは解ります。

都会の人は郷愁を感じて「あぁムカゴですか」とため息をつき、
京都では法外な値段の懐石料理の最後にほんの少し盛られたムカゴ飯で
季節を愛でます。

実際はそれほど高級な素材でもなく、ちょいと藪に立ち入ればどこにでもあるものです。
それを高級料亭でそれらしく供するからそう見えるだけなのです。
それが片田舎の主婦さえ見たことが無い と言う事に驚いてしまいました。

もっとも、今では山の子らは川で泳がず、
海辺の子らも海で泳がない時代になってしまっているのですから
今更驚くにはあたらないとも言えます。

山も海も子供たちはプールでしか泳がなくなったように
田舎の若い主婦も畑仕事や野遊びをしないでスーパーでお買い物をし、
ゲームやケータイでヒマつぶしをしているのです。

見たことが無いというより「知らない」のですね。
子供の頃から食べたこともないのでしょう。
ということはその母親も作らなかったと言う事です。

不思議な世の中になったものです。
春に山菜が萌え
夏にスイカが美味しく
秋にキノコが萌え出る
こんな豊かな国土にともに住んでいながら

スーパーのほぼ一年中同じものが並ぶ食材見本市でしか
「買えない」「買ってはいけない」というような
あたかも(私から言わせれば)
「こっけいな罰ゲーム」
のような食生活を漫然となんの疑問も無く過ごしているのです。

キノコを手に取ると
「それは何というキノコですか?」と尋ねます。
標準名を告げて
「ここの地元では何と呼ぶのですか」と
逆に少々意地悪く聞き返します。
キノコにはそれぞれ地元の呼び名があり、
極端な話隣町同士で呼び名が異なることさえあるからです。

かつて、青森からキノコを頂き
「カックイ」と表示してあったのを
「カックイって何ですか」と尋ねたときに
「カックイはカックイさぁ~」
と返され苦笑いした事があります。

案の定、
若い主婦は見たことも無いと応えました。
スーパーに並ぶキノコしか知らないそうです。
スーパーでは一年中生シイタケが並び、
一年中塩漬け加工された山菜が「水煮」として並び
冬でもスイカが並びます。

それしか知らないとそれが普通だと思って育つんですね。
それが常識にまでなっているようです。

日本には四季折々のものがあり、
旬のものを正しく食べることで健康を保ってきた知恵があったのです。

だんだんそれが失われていくのでしょうか?
私はそれを惜しみたいと思います。

ムカゴ
元気の出る山芋の子供たち。

好きな人はそのまま生でもかじります。
塩や醤油味で煮たり、焼いたり
天ぷらにします。

ご飯に炊き込めばムカゴ飯となります。
秋の恵みを感じる素朴な味わいです。

伝統食や保存食の話には面倒臭いという気持ちがつきまといます。
時間がかかりそうだな と敬遠されるのも判ります。

でも、ひょいと放り込むだけで得られる美味というものを
ひとつ覚えていても損にはならないはずです。

それが改めて身の周りの食べれる食材の見直しにつながり
ひいては自分達の食べているものへの関心の深まりに発展
して行ってくれれば何よりです。