2009.06.30 山菜の話ー2
前回ろろさんより頂いたコメントから始めてもう少し話を続けてみます。

高い山では山菜の環境が違うから風味も違うという話に対して
>これすごいですね。

>まるで海中の単細胞生物のように、草も、周りの環境と物質を交換しながら生きているということでしょうか?

と、いただきました、ありがとうございます。
これを口実にして待ってましたとばかりに繋いでまいります。

まさしくこのままなんです。

かつて私が無添加的食生活という事を声を大にして言い始めたとき考えられない程多くの反論、反発がありました。
それらのほとんどは無知によるものでいちいちここでは書きませんが、中にはこんなひっかかるものがありました。

「いくら気をつけていたって酸性雨や環境汚染からは逃れられないじゃないか」
というものです。
こういう事を言いたがる方達は私の主張、考え方を張り出した掲示物に対して
(当時は店内に出していました(^0^!))
「能書き」と揶揄していましたから、
私の言う無添加生活をするとたちどころに効能があるのだ  
と言う風にしか読めなくて
それで更に幼稚の上塗り的な反論を試みたのでしょう。
(子供の駄々以下で反論にも、もちろん成りえてませんが)

でも、酸性雨や環境汚染の影響を極力排した環境が高冷地の植物であるとここまでお読み頂いた皆様にはもうご理解いただいていると思います。

雲が雨を降らせます。
子供でも知ってますが、大人も本当に知っているでしょうか?
低い山に掛かる雲、高い山の雲 みんな同じではありません。

一番高い所の雲があるとして、もしかしたらそれは平地までは雨を運んできてはいないかも知れません。
街に降る雨はもしかしたら街の汚れた空気を押し戻しているような雨かもしれません。

食べ物は私たちの命を繋ぐ大切なものです。
決しておろそかにしてはいけない筈です。
私たちはそこから逃れられないからです。


ライオンは肉食ですから草を食べれません。
しかし、植物性の栄養を欲する時彼らは草食動物を倒して真っ先に腹を食べて欠乏要素を摂ります。

人間もサンマなど非魚食魚のハラワタを食べることでプランクトンが持つ必須微量元素を摂ることができます。

肉を食べる時に肉の味がしますよね?
それはもしかしたら相当凄いことなのでは? と考えたことはありませんか?

子供の頃ニワトリを飼っていました。
たまに放して草などを食べさせます。 見張りは私の仕事です。
そうして見ていると虫を懸命に探し食べる奴、草ばかり一心に食む奴がいます。
でも、潰して食べると同じ味がするんですよね。
(当時は卵を産まなくなったら家で食べると言う事を極自然に受け止めていました)
それは日常的な餌が配合飼料だったからです。

オーストラリアからオージービーフが入ってきた初めの頃「グラスビーフ」と呼ばれクセがあるなどと言われたものです。
グラス=牧草ですね。
なんと素晴らしい肉だったんでしょうか!
その後のBSE騒動を考えてみてもなんだかかけがえの無い物を失ってしまったような気がします。
現在では日本人の口に合うように出荷目前には配合飼料の飼育に切り替えているそうです。

石川県に上田さんという方がいてほぼ牧草だけで牛を育てています。
しっかりとした考えをお持ちで覚悟の上のお仕事ですが、値が付かなかったそうです。
草だけじゃ脂肪がつかないのです。
市場では脂肪の少ない牛肉は最低価格しか与えてくれません。
私たちの参加している共同購入会が銘柄牛並の価格でまとめて買い上げるからかろうじて成り立っているそうです。
この肉は硬いのですが噛むほどに味があり慣れればとても美味しいものです。
グラスビーフほどの草の味がしないのは少量だけ与えている米ぬかの効果でしょうか?

アイルランドの一部沿岸域や他の国でもありますが、
羊肉や牛肉にほのかな塩味のついたものがあるそうです。
海岸で放牧されるため潮風にさらされた草を食べ続けるからです。

こうして羊や家畜は本来、自然に育ち美味しい肉になっていくのです。
(もちろん命あるもの肉製造マシーンではないのですが)

配合飼料が出現してから様相が変わっただけです。
モンサントや穀物メジャーの悪巧みまにでは筆がまわりませんが、
巧みに「肉の味」が出せるように配合されたそれの中身にはあまり感心できないものも入っています。
結果だけ言いましょう。
とうもろこしの味しかしない肉になります。

さらに手抜きをするところもあって、飼料に防腐剤や抗生物質を添加するところもあります。
ラーメンなどを食べてチャーシューが「臭い」「火が通ってない」と感じた事はありませんか?
チャーシューは長時間加熱しますから火が通らないと言う事はありません。
あの匂いは抗生物質や防腐剤を食べさせられた肉の味です。
さらに長時間加熱し直しても匂いは絶対抜けません。

私はホタテ貝が大好きでよく求めます。
食い意地が張っていますから丸ごとの旨味を食べるため味噌汁にします。
そういうと必ず「もったいない」と咎められますが、
貝殻ごとじゃぶじゃぶと洗って放り込み仕上げると丸ごとの旨味が味わえる本当の意味で「贅沢」を堪能できます。
殻から外してヒモを捨ててお刺身にする?
身だけをバター焼きにする?

もちろんそれも美味しいでしょうが、それらのほうがよほどもったいない贅沢というものです。
それに、大事なところも見逃してしまいます。

天然物は海底に何重にも折り重なって生息しているそうです。
ところが潮が変わると(環境が気に入らなくなると)
その大量のホタテが一晩でいなくなるそうです。
カスタネットのようにパクパクと泳ぎとんでもない距離を移動します。
だから更においしくなるわけですが(笑)

養殖物はひと目でそれと判ります。
泳いで逃げ出さないように蝶番の端がヒモでつながれていて、
ヒモを持ち上げて海中から出し、ヒモを切って出荷した名残がそのまま残っているからです。
一度、これを求めて味噌汁にしましたところ、
まるで海中の悪い水がそのまま染み出してきたかのような不味いものになり困りました。
キレイな海域ではあっても潮の流れによってはキレイではない時もあるからなんですね。
逃げ出せる天然物のホタテはそんな時、繋がれてしまっている仲間を横目で見ていくのでしょう。
そんな可愛そうな味がしました。
上身だけをお刺身にしていたらもしかしたら判らずじまいだったかも知れません。

イワシを主原料にしてブリなどを養殖していたのは昔話になりました。
イワシが高騰したからです。
近畿大学はその道では世界一の技術をもっています。
ここ富山県にも試験場があります。
でも、私はここだけの話ですが養殖物を食べません。

魚の味が変だからです。
イワシを与えて育てればブリだってマグロだってイワシのような味になります。
最近はペレットという配合餌を与えてますから、もちろんペレットの味がします。
ペレットの成分も違うはずなんですが、
ニジマスもブリも同じように感じます。
「特製ペレット仕立て」というやつです。
嫌いです。

ニジマスもブリも本来とても俊敏な魚達です。
おそらくそんな養殖場のような環境になったら天然自然のなかではたちまち逃げ出しているはずです。
でも、可愛そうに逃げられないのです。
だからせめて少しでも良い環境をと研究する大学は素晴らしいとも言えます。


私たちは食物連鎖という名のピラミッドの頂点にいます。
ライオンにならなくたって植物の栄養を分解吸収できる構造を持っています。
魚に変身しなくたって深海のプランクトンの栄養を取り込めます。
でも、何をどう食べるか?
をちょっとだけ考えてもらいたいのです。

もうひとつ食のピラミッドというものがあるのをご存知でしょうか?
底辺はとても広く、多彩なジャンクフードが占めてます。
頂点にいくほど無農薬、無添加などのハードルが高くなり、
頂点は食べて安心、体によくて美味しい食べ物となります。

昔、仙人が山に住むと聞いた時に何を食べているのか?と聞くと
「カスミを食べている」
と教えられました。

私たち生身の凡人はカスミでは生きていけませんが
山でカスミを取り込んで育っている山菜なら採って食べることができます。

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こういう高山地帯では降雨量が多いのか少ないのか私には解りません。
他から流れ込んでくる川もありません。
でも、とても瑞々しいのです。
オオバギボウシなどは根から切り離すとボタボタと水がしたたり落ちます。
味も平地のものとはまるで違います。
それは同じものとは言えないくらいの違いです。

環境や栄養が違うとこんなにも味に出るものかと今更ながら驚かされます。
その原因は「適応」にあると本や学校で学んだ知識が頭の中でささやきますが
そんなことはどうでもいいんだと目の前の教師が優しく教えてくれるのです。

野菜を食べる と言う事はその土を食べるということです。
汚染された土で健康を養えるわけがありません。

魚を食べる と言う事はそこの海水を飲むということです。
汚染してはなりません。
必ずわが身に帰ってくるからです。

食べ物は私たちの命を繋ぐ大切なものです。
決しておろそかにしてはいけない筈です。
山や河を汚してはいけません。
私たちはそこから逃れられないのです。
自然に対する忘恩の行いは必ず帰ってきます。



なにも、贅沢な美食をしようと言ってる訳ではありません。
人間も、動物も、魚も植物も草もみんな何を食べているかによって
味が決まる と言う事はそれらを取り込みつつ体の細胞を常に入れ替えているということなんです。

パソコンや車の性能をアップしたいときにわざわざ壊れかかったパーツや部品に換えますか?

生き物すべて懸命に食べて  生きなければなりません。
それが神からの指令です。
人間も命を奪いながら生き続け次代に命を繋ぐのが定められた使命ならば
正しくその使命をまっとうしたいものです。
食べ物に無関心だったり、不真面目だったりすればたちまち自分に返ってくるばかりでなく
必ず周りにも迷惑をかける結果になります。

昔、漫画の「ドラゴンボール」で主人公の孫悟空が言うこんな有名なセリフがありました。
地球を救う戦いでピンチに陥ったときに
「地球の皆!オラにちょっとだけ皆の元気を分けてくれ!」
というものです。

私たちは毎日これをやってるんです。
それに気づいて欲しいと思います。
そこに思いがいたれば自然に「感謝」の気持ちが起こるはずです。

私たちは小さな「地球」と言う名の水槽に生きる魚です。
ほんのちょっとだけ普通の魚と違うのは自浄能力を持っている所です。
今からそれを自覚すればまだ私たちは救われるかもしれません。



P.S.
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これはそんな山で採ったフキノトウです。
黄色っぽいでしょう?
春が来て芽吹き花が開き始めます。
でも、悲しいかな上にはいつまで経っても硬い雪が覆いかぶさっているのです。
それがようやく溶けて天井が無くなった瞬間のものです。

自然の恵みに感謝します。






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2009.06.22 山菜の話
標高1,500m地帯では山菜も平野部とは様子が違ってきます。
平地では見向きもしないヨモギを大喜びで採ります。
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先端の柔らかい部分は天ぷらにしたり、
茹でて水にさらしておひたしに。

餅用に冷凍もしておかなくてはいけません。
「え?ヨモギのおひたし?」 と思われた人もいるでしょう。

高い山では低地から暖かい空気が上昇気流に乗って上がってくる為ガスが頻繁に発生したり、夜露が多量に落ちる為か異常にアクが無く、そのくせ香気の良い山菜になるのです。

例えばこのヨモギは生のままこうして
oau 043かじって食べれます。
これは4~50cmほどに伸びたものを採ってきました。
先端を摘んだ後はぽきりと折れる所で折り、
葉をむしります。

茎を食べるのです。
肉じゃがなどに加えて煮ると柔らかくてとても美味しいのです。
もちろん塩漬け保存もできます。
タルが足りませんので私はしませんが。

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これはネマガリタケ。
最初の出がけのものが左だとすると
これから出てくるのが右のものです。

皮を剥いてもこんなに違いますが食感も味もまるで違います。
これから採れるこれを求めて達人たちがまだまだ訪れます。
今までは真剣に採らなかったネマガリタケですが奥が深そうです。

ちなみに今は梅雨の真っ最中ですが、山の上は降ってない事も多いそうで
雨の日も出かけるそうです。
恐ろしい人たちです。
万一スリップでもしたら下は千尋の谷がぱっくりと口を開けているというのに。
でも、解る気がします。
それほど、この雲の上の山菜採りは楽しくて止められないのですね。






ヨブスマソウ  あまり知られていない山菜ですが流通している地域では人気の高い山菜です。
別名「ウドブキ」とも呼ばれますが確かにウドとフキの混ざったような風味です。
つまり誰が食べても納得の美味しさというわけです。

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すこししなびてはいますが、これは私が山で採ってきたものではありません。
富山県では標高の高い比較的高冷地にしかありませんが例のプロの「Oさん」が八百屋さんに卸しているものです。
プロの仲買人に卸す採る方のプロです。
Oさんはこれを有峰で採ってきて清水町の西宮青果さんに卸しています。

ここ富山県ではあまり一般的ではありません。
北陸でも山菜への希求度の強い街ではあってもやはり一般的というと
ワラビ、ウド、ゼンマイ、フキ、などが売れ筋のようです。
あとせいぜいヨシナ(ミズ)、ネマガリタケ(富山県が南限地)でしょうか。

ミョウガタケなども最近になってようやく流通するようになってきたほどです。
都市部というのはいつでも遅いのです。
が、いったんその美味しさを認知されると大量に消費されるので山間部の人たちの収入に反映されるという仕組みです。

ですから、Oさんのようなプロがまだ広く認知されていない山菜をこうして一般的なお店に持ち込む事は大いに意義のある仕事です。

かたや美味を求む大勢の人口があり、もう一方には山菜を収入に換えたい人がいるのです。
それを橋渡ししてくれるのです。

今回はここで買ったヨブスマソウを使って「富山の」押し寿司にトライします。

先端の柔らかい葉を残して後の葉をむしり、茹でます。
冷水で冷ましてから刻み、椎茸と煮込みます。
程好い山菜のキド味が美味しい風味を加えてくれそうで期待が膨らみます。

今回の表ネタはレンコ鯛の幼魚、つまり「春子」(カスゴ)
本来はチダイだけにつけられたこの呼び名もいまではマダイでも当てられます。
でも、マダイ、チダイ、レンコダイと並べればやはりレンコダイが一番華やかですね。

淡い持ち味を殺しすぎないように軽く塩と酢で〆て仕上げは白梅酢で洗います。
鯛の小骨は硬いですから用心深く抜き取ります。

普通の押し寿司ならこれだけでいいんですが「富山の箱寿司」を目指していますから、
先ほどの煮物を中に仕込みます。

押し型に半量のシャリを入れ煮ネタを絞って入れます。
絞りが足りないとべちゃっとしますし、絞りすぎれば風味が飛びます。

残り半量のシャリを乗せて錦糸玉子を乗せ、
一番上にカスゴを乗せて押します。

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今回からは本場大阪を見習ってひと枠を六つ切り。
自家製の柴漬けを添えます。

でも、ちょっと失敗もあります。
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油を敷いて焼き上げる錦糸玉子だとやはり強押ししてもくっつきにくいのですね。
切ってすぐに食べるのには大丈夫ですが、時間が経つとこうしてどんどん離れようとしていきます。
次回はそぼろ仕立てにしてトライしてみましょう。

山菜を中に挟むのは大正解でした。
丸ごと富山です。
富山湾の箱寿司もなんとか出来そうな予感がします。
仕事を重ね、味を重ねるのは本来得意なのです。

冬の日本海が雪を降らせて、春には山菜。
海には雪解け水の運ぶ栄養を待ち構えた魚が産卵や小魚を食べに集まってくる。
なんて素晴らしい環境の只中にいるんでしょうか!

里の賜り物のコシヒカリで丸ごとまとめ上げます。
大自然の力に感謝!

余談
この西宮青果さんちの猫「きーちゃん」の仕草があまりに可愛いのでアップしておきます。
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心優しい西宮さんがパンのくずをスズメに与えていると
(今では餌付けしたようにスズメの方からおねだりにやって来ます)
きーちゃんが捕まえようと飛び掛ります。


が、いつもこの調子です。

今度山に行ったらこの子に「マタタビ」を採ってきてあげましょうか。


2009.06.14 カモシカ
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とうとうこんな所まで来て山菜を採ってます。
我ながら『馬鹿?』と思います。
最近は自分達もほとんど食べません。
ほぼ、お店でお出しするかボランティアの方に回ります。

足腰は疲労が重なり重く苦痛です。
一週間忙しく働き、休日に疲れを取るべきところを普段より険しい重労働をするわけですから無理もありません。

そんなにしてまで何故? と問われると
それは「楽しいから」としか答えようがありません。
今だけしか採れないから と言いつついったいいつまで続くのか判らなくなって来ましたが本当に終わってしまったらとても寂しいのも事実です。

先日も山菜採りの帰りにカモシカに遭遇しました。
人間も色々いるようにカモシカにも色々と違いがあるものだと妙に感心したので紹介と解説をしたいと思います。

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残雪を残す山並みを眺めながらの山菜採りはあっと言う間に時間が過ぎます。
ついこの間までウグイスがようやく鳴き始めたばかりのへたくそな歌を唄っていたのにもうそろそろヒナがかえるころに入りました。
たまにこうしてやって来て一日を楽しく過ごすと言いながらもう数ヶ月も経つのですから当然ですね。

oal 013この日も夕暮れ時です。
里そばまで降りてきて畑に入ろうとしている時に遭遇。
小雨時のワイパーに幻惑されたかのようにじっと凝視しています。
何枚も写真を撮りながらゆっくりと接近。
oal 0145mくらいまで接近したところで
 『ハッ!ヤ、ヤヴァイ!』汗
っと かなり慌てて必死で山に帰りました。
右の土手にはまさしく獣道がしっかりとついています。
さぞ、通いなれた道なのでしょうが のんきな雌です。

一方こちらは敏捷な若雄。
oaq 035夕映えの中を降りようかと迷っていた所に遭遇。
いかなカモシカといえど全く足がかりの無い法面
(のりめん、コンクリ補強した急勾配)
では無理とみえて諦めた瞬間

oaq 036 カッ と蹄を鳴らすように走り出しました。

こちらもアクセルを踏み追走
こんなに敏捷な奴は初めて見ました。
カーブを曲がったらもうあんな所まで駆け上がっているではないですか!
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ほぼ垂直の急崖をいっきに登り、
追い詰められて立ち往生でもしているのかと思いました。
oaq 042 oaq 039
とんでもない余計な心配だったようです。
平っちゃらな顔をして草を食んでいるのです。
ほんの数メートル下のカメラになんか目もくれないで夕ご飯です。
ブチッと草を食いちぎる音が聞こえます。

ツノの小さな若い元気な雄です。

人間だったらさぞ仕事の出来るタイプでしょうね。
最近はよく遭遇します。
でも永田名人によると
「カモシカが居るという事はこの近くには熊はいない」
という事なんだそうです。
ありがたい事です。

そう思って見るとなお可愛いではありませんか。






季節も移ろい、いつのまにか梅雨が近づいてきました。
こちらでは今月の10日ごろが入梅と予想されています。

例年ならもう終了間際の山菜シーズンが今年はまだまだです。
先日はうっかりカメラを忘れてしまい、画像がありませんが1,500mまで上がってきました。

がけ下は目もくらむ千尋の谷。
そこは別天地です。
当日は平野部で30度を越える暑さでしたが山は涼しく風がひんやりと心地よい天国です。
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とうとうこんな装備までするようになってしまいました。

残雪が道路をふさいでいるところまであるのです。
さいわい雪の端が断崖ではありませんでしたが、もし と思うとやはり準備だけは必要ですね。

ここでは今フキノトウが出たばかり。
オオバギボウシ、ススタケ(ネマガリタケ)、オオナルコユリ、ササユリなどがこの日の収穫。

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黄色っぽいのは美味しさの証。

いまなお硬く締まった雪が少しづつ溶けています。
その水が全ての命の源。
高地のここでは川などの流れ込みはありません。

この雪解け水がこんなにも! と驚くほどの大量の山菜や山野草を育んでいるのです。
雪の下で成長してじっと開花を待っていたフキノトウ。
今ようやく天井が取れて陽がさしてきたところ。

ちょっぴり申し訳ないくらいですがナイフを入れます。
切り口からは芳しい香りとともに水がしたたり落ちます。
小さな山の精。

この日も山の恵みに感謝。