ラーメンの試作に限らずあらゆる食材を日常的に使っていると
様々な共通事項が見出されて面白いものです。

判りやすいのがパスタ
パスタはその切り出しなり、抽出法なりで各メーカーで
表面の表情が異なります。

A社ではローラーで伸ばしたような滑らかな生地の表面
B社のは圧をかけて押し出したような幾分ザラッとした表面
両者には仕上げ方に違うアプローチが求められます。

とろりとしたソースを絡めるか
さらりとしたソースを染み込ませるか

簡単に言うとそのくらいの適不適が最初から存在しているのです。

これはラーメンにも言える事で
低加水仕上げの麺はローラーで圧着して伸ばし
切刃でカットすることが多くその分ザラリとした面が出来
また水分の少ない分スープの染み込みが良い分
スープの馴染みが早いのです。

それに比べると
多加水で包丁切りの麺というのは四面全てがツルリとして
口当たりがよい代わりにスープの馴染みがスムーズではない
という点があります。

パスタと同じです。

ですから当店では幾つかの期間限定麺で
具材を先にスープに溶かし込み染み込みを出来るだけ
早く促すという手法を採ります。

出番がいつになるのかは不明ですが
脂肪分の少なめのひき肉で団子を作り網脂で包み焼きし、
フェットチーネと軽く煮込んで仕上げてみました。
hh31.jpg


自分がそれ程辛い物が得意ではないという事が
判ってきましたので唐辛子を避けて獅子唐辛子で
作ります。

hh30.jpg


香草類をふんだんに使い無理矢理イタリアンに
仕上げますが、なに中国料理だって和食だって
多国籍料理だってラーメンだって

あえて言いましょう
みんな同じなんです。

このパターンでも薬味や香草を変えてメインを
ビーフンにしたりそうめんや蕎麦にしたり
クスクスに、また潰したジャガイモにしたり
あとスパイスをそれに合わせれば皆同じです。

簡単に和食にもヨーロッパや南米料理にもなります。
でもね
それらのお国は違えど絶対的な共通項がある事に
お気づきでしょうか?

そこに大量の化学調味料を加える所なんか
どこにもないってことを。
だから大量のコショーを掛けて食べる人もほとんど
いないってことを。

普通に美味しい食材を
普通に手間暇かけて作ればそんなものを加える必要なんか

無い

そうでしょう?
ウソだと思ったらイタリア輸入のパスタソースの裏書きを
見てみてください。

その次に国産のパスタソースの裏書きとを見比べてみてください。
このあからさまな違いは原料のトマトの違い
という事もあるのでしょうが
原価を安く上げるためとしか思えません。

しかし不思議な事に (
販売価格にはさほどの違いは無いはずです。
でもきっと日本のメーカーさんはこう言うはずです。

「日本人向けの旨みの強い味にしてあります」と
私には中身に比してよほど法外な値付けに見えます。

小麦粉を水で練るとそれは全て麺となります
イタリアではパスタ
パスタを作るとラーメンが見えてきます。





c




スポンサーサイト
北陸にチェーン展開する寿司店グループが
安価なラーメンを発売開始した時のこと。
その製造過程を見た人が驚き、ネットで投稿をしました。
以下要約しますと概ねこういう内容です。

「丼にうどん用のダシの素とラード、味の素」
「そこにお湯を注いだだけのスープ!?に麺と具」
(驚嘆)
「だけどそれが意外にいけるんですよ!?」
「こんなシンプルなラーメンもアリかなと思った」

と、

これと同じではないでしょうが、
似たようなご経験をされる方は多いはずです。
超安値のラーメンを食べたら意外に美味しかった。
素人が作ったものを恐る恐る食べたら案外旨かった。

などなど

では、
何故そんな事が起こるんでしょうか?
何故安直にしか見えないラーメンが意外に美味しかったり
するんでしょうか?
それは本当の美味しさなのでしょうか?

答えは判り切っていますが、ここは誹謗中傷する事が目的
ではありませんから止めておきましょう。

一言
「逆です」
とだけ置いておきます。


さて、私が化学調味料を非難するのは毎度の事ですが
今回は少しだけ見方を変えてみましょう。

化学調味料は便利な魔法の粉ですが万能ではありません。

忙しくてダシを取れない時に「本だし」などは便利ですね。
あれは何も無い所に旨味を加える事をしてくれるわけです。

やや似たものに煮干し粉などがありますが
あれはダシの「素」ではありません。
混同しないでください。

さて、
この「何も無い所に」というところがキーワードです。
本だしで作った汁にはカツオの風味はあってもその液体の実態は
ただの水。
本だしの実態は体喜ぶ栄養を伴わない舌を騙すだけの薬品。
では
上等のカツオ節で最高のダシをとった所に「本だし」を
加えたらどうなるでしょうか?

さらに濃厚で美味しくなるでしょうか?
それとも過ぎたるはなんとかというような
あざとい味になるでしょうか?

答えは
濃厚ではあってもしつこくなる
です。

とてもじゃありませんが何度でも食べることは不可能です。
ですから、もしそんなモノを出すお店があったとすれば
長続きしないでしょうね。

では次に
海苔で例えてみましょう。
美味しい炊き立ての新米を用意します。
そこへコノワタやタラコを乗せて熱々を海苔でくるんで食べる。
これは最高に美味しい、贅沢な食べ方です。


その海苔は味付け海苔が旨いでしょうか?
それともただの焼き海苔が旨いでしょうか?


何を言いたいのかというと、
味の素というのは何も無いところでは簡単に底上げを
してくれる便利なものですが、
手間かけた仕事をしてある所に用いても味の増強には
役立たないということなのです。

味の素はいわば上げ底をしてくれるわけです。
便利なものかもしれませんが
よし、もう少し美味しくしてやろうと
何か味の出る食材や手間ヒマをかけても意外に
その効果が得られないということがあるのです。

旨味だけが突出した化学調味料はきちんとした
仕事をしようとすると一転して狙い通りの結果を出させない
という邪魔をするからです。

何も仕事をしていない時には便利だった即席性旨味が
正しいカツオダシや昆布の旨味と重なると
今度は足を引っ張るのです。
そうすると素直な旨味ではなくしつこい味になります。

まさしく上げ底の上に建てた建物のように
土台のゆがんだ構築物となってしまうのです。

カツオダシを取って味見をするとよく判りますが、
薄いダシであっても決して不味いものではありません。
薄くても濃くてもそれぞれに美味しいのです。

ところがそれに化学調味料を加えた途端
不味濃い、すっきりとしない濁った旨味になります。
これをあざとい味と表現しています。

私が無添加に変更したのは中国料理店の途中からでした。
そこに限界を痛感し、ラーメン専門店に転向したとき
化学調味料不使用を大書しました。

するとNSという食品メーカーの営業マンがやってきて
小袋を出して自信満々で言うのです。
「これを使えば簡単に無添加を謳えますよ」と

それは醗酵調味料でした。

ダメなのは判ってはいましたが
一応それをほんの小量入れてスープの味見をしたところ
案の定ひどいものでした。
胸が悪くなり早々にお引取りを願ったのです。

このNSという会社は食品加工会社にとっては
救いの神のような存在なのだと聞いたのはそれから
ずいぶん後の話です。

例えば弁当製造会社がそこへ弁当を持ち込み
数日間腐らないものにするにはどうしたらいいのか?

とか
また、ある食材を持ち込みこれをこういう路線で製造販売
するにはどういう製品化が可能か?

と相談するとたちまち自社製品を組み込んだ様々なプランを
組み立ててくれるそうです。


ところで
味の素にはマスキング効果というものがあり
これが塩加減の微妙さをカバーしてくれて
薄味好みの人も濃い味好みの人もOKな味付けと
錯覚させてくれます。

まさに料理人にとっては喜ばしい事です
でも
それを食べるお客様はどうでしょうか?
喜んでいる場合でしょうか?
これは本当に便利なのでしょうか?
腕に覚えのない料理人のための偽薬のような気がしませんか?

美味しければなんでもいいや
と言ってる場合じゃないとお判りになっているでしょうか?

味の素が入った物を食べると舌がしびれる
などという人のことを
「異常だ!」と非難を浴びせる人がいますが
それは全くの誤解です。

舌を微妙にしびれさせてマスクをかぶせたようにして
本物の味を判らせず、不出来な味でも美味しく感じさせてしまう
マスキングこそがまず第一の問題なのです。

つまり錯覚効果なのです。

花粉の季節では巷にマスクをした人が多いですが
マスクをしたまま小声で喋ると聞きにくいですよね?
誰でも判ります。

それと同じなんです。

それを聞きにくくなると言ったら
「それは耳が悪いんだ!」と言うでしょうか?

舌に薄膜をかぶせて微妙な味の違いを判らなくさせるのを
不快に感じる人がいる
というそれだけの簡単な事実なんです。

自分には判らないことを指摘する人がいたら
異常者呼ばわりしたがる人が多いのです。

でも世の中にはそんな
化学調味料や「ほんだし」のような核酸系化学調味料
複合系では「ハイミー」「いの一番」「フレーブ」
そして醗酵調味料の「味の母」や「塩みりん」などで
調味したものがあふれています。

毎日そんなものを作ったり食べたりしていると
”味覚にマスク”が常態化しているのです。

そんな中でもっと濃い味、もっと美味しい味をと
安易に求めると
味の素とほんだしの両方をたっぷりと入れた商品と
なります。

まだまだ実際に商品名を挙げて語ることもできますが
このくらいでやめておきましょう。

確かにインパクトを産むでしょうが
そんなあざとい品はすぐに消えて無くなるから
そんな事をする必要もありません。

当店の「土佐丸」には
当初は想定もしていなかった味の素には出せない味を
作り上げるという効果がありました。

絶賛発売中の土佐丸は
実に単純な海苔とカツオ節だけの旨味でがらりと変化する
味わいをお楽しみいただけます。

これが味の素を使ったラーメンだと狙い通りの効果を生まないのです。
味の素の裏切りと言う奴です。

絵を描くときにはいきなり濃い絵の具では描かないそうです。
色々なアプローチはあるでしょうが、
絵の具は同じでも薄く塗り重ねる方が微妙な陰影を表現しやすいのだと言います。

その時のキャンバスは色のついたものがいいでしょうか?
それとも白いキャンバスがいいでしょうか?

「味」
誰もが幼い頃から食べ物を口にして
誰もが味わう味覚。
誰もが判っているはずの感覚にして
誰もが知っている”つもり”になっています。

でも本当はもっと繊細で玄妙で判っていないことのほうが
ずっと多い「味」の世界があるんです。
だからといって
「そんなに微妙な味なんて判らない」
からといって何も恥ずかしいこと
なんかじゃありません。
恥ずかしいのは味が判らないのに判る”フリ”をすることです。


何も無い所に便利な粉を用いるのは
忙しい家庭料理のなかでは仕方ない面もあります。

「ダシを取る所からなんてやってる時間は無い」

という声が聞こえてきそうですよね

でもいやしくもプロを自任する人
また、本職の作る料理だから本物だろうと期待して
来店する客から代価を頂く人が
「とてもそんな事からなんてやってられない」
とばかりにそんな事をやったらあんまりではないでしょうか?

いま
マスキングされてしまった味覚では感知不能な危険が押し迫っています。

輸入されている下水油
外国産の揚げ物
ミネラルがほとんど消出してしまった水煮野菜(しかも外国産)

それらを感知する最後の砦は己の味覚、舌なのです。
だれも守ってはくれません。

皆が食べているから安心だなんて
そんな危なっかしい事では自分を守れません。



a

b







お酒を飲まない人から見れば二日酔いなどというのは
実に馬鹿馬鹿しく映ることでしょう。
高い酒を飲んでおきながら翌日は苦しむなんてと呆れる筈です。

私もその愚かな酒飲みの一人ですが最近は二日酔いをしなくなりました。

外国航路のタンカーに乗船していたときの経験を紹介しましょう。
公海上では税金がかからないため船内で購入する酒は無税です。
無税だと酒というのは驚くほど安く買えます。

そんなところでは国産ウイスキーなどほとんど買いません。
普段飲めない高級品ばかり飲みます。
海上は退屈なのと若かったせいもあり無茶な飲み方をしました。

夜、仕事が終わったら飲み友達の部屋へと集まるのですが
各自でスコッチを一本づつ持参するのです。
夜通しバカ話をし、明け方に自室に帰る頃スコッチは全部空になります。
一人当たり一本以上飲むわけですね。
ほんの少しだけ寝たらもうすぐに朝が来て仕事です
もちろんまだ酔いは残っています

二日酔いなどは全く起きないのです。

ところが
あるとき酒が足りなくなったことがあり
たまたま棚に誰も飲まない国産S社の黒いウイスキーが一本
あったのです。

しょうがないこれでも飲むか  と飲み始めたところ
なんだか美味しくないんですね
美酒の後ならなおさらその雑味たっぷりの味に辟易しました。

3~4人でボトルの1/3か半分も飲んだでしょうか?
その日は早めに引き上げていつもより多めに睡眠をとりました。
ところが!
目覚めると酷い二日酔いです。

そんなことが二度ほど続きとうとう誰もそれを飲まなくなりました。
スコッチと比べていかに国産ウイスキーが酷いかを実感した瞬間でした。

船を降りると普通の酒を飲むのですが
特に冬は熱燗の日本酒が欲しくなります。
ところがこれがことさらに酷い二日酔いを起こすんですね。

それでとうとう日本酒を手に取らなくなりました。


中国料理のお店を始めてからは普通に酒類をそろえて出していましたが
思うところがあり15年くらい前から化学調味料を絶ち
ようやく舌感覚ができ始めたころに
頂き物の全国ラベルの日本酒を一口飲んだところ
『え!?』と驚きました。
化学調味料の味がするのです!

それをお客様と話していて、
「だから日本酒は二日酔いが酷いんでしょうか?」
「いえ、純米酒ならそんなことはありません」
と教えてもらったのです。

私よりずっと若いその人はちゃんとそのことを解っていたんですね!
ちなみにその人が「富山ブラック」の命名者でもあります。
時として愚者は雄弁、賢者は寡黙。
もちろん口数の多い私も前者の一人です。

ではなぜ化学調味料の味のする酒に裏書されていないのでしょうか?
そもそもなぜそんなものを加える必要があるのでしょうか?
「三倍増醸酒」で検索を
していただければそこにその答えが書いてあります。

そんな酒でもアミノ酸等と表示はされていません。
そもそも昔は平気で保存料や防腐剤と表記していたのですが
ある時に防腐剤に発がん性があると公表された瞬間から表記されなくなりました。

では何も加えられなくなったのでしょうか?
いいえ  入っています
それがアミノ酸という表記です。

私は市場で仕入れに行きますが、商品はその辺に転がっている
空き箱へ適当に入れられます。
たまたまその時は「味の素社」の空き箱でした。

『またウチによりによって!?』 と思い何が入っていたのかと見ると
沢山の化学薬品名が羅列されているのです。
○○酸、××酸、**酸などなどなどなどなど
もちろんグルタミン酸も書いてあります。

そして注意書きに
「××酸を含むので添加は総重量の10%にしてください。
商品の表記には「アミノ酸等」としてください」
とありました。
化学に詳しい人に聞いたらそれは保存料のことだと言います。

その箱には「○○様向け複合調味料」と書いてありました。
これが何を意味するのでしょうか?

ある料理の達人が食品会社らアドバイスを求められて
「これとあれを入れなさい」と告げると
食品会社ではそれをすべて化学薬品でまかなったそうで
その方は
『そこまで金儲け主義が徹底しているのか!』と
呆れて辞めてしまったそうです。

つまり複合調味料という名の魔法の粉とは
天然食材の味の分子だけを化学薬品で糾った
代物なのです。
コメの代わりにコメの旨みを構成する化学物質
魚の代わりに魚の旨みを構成する化学物質
などなど

所詮作り物です。
そんなものを好んで口にしたいですか?

でも「舌はおバカ  腸はお利巧」という言葉が
あるように味覚は旨いと知覚すればそれを美味しいと意識してしまうものなのです。

ここではっきりと言いましょう。
美味しいと感じるもの全てが本当に美味しいものとは限りません。
美味しいと感じさせるようにしつらえられたものかも知れないんです。

ではどこでそれを見分けるのでしょうか?
それは後口です。

しつこかったり
いつまでも嫌な後味が残ったり
胸やけがしたり
もたれたり
腹が妙に張ったり
ひどい場合は下痢をしたり便秘になったりします。

これらを単なる体の不調としないでなんらかの
食べ物による悪影響として考えてみてください。

私は長年中華料理を仕事として選んだせいで
人様より過分に化学調味料を摂りすぎたようです。

そのために随分体を痛めました。
でもそのおかげでいかにそれが体に悪影響をもたらすのかも
解りました。

いまはようやくそんなものに毒されないまともな世界に
戻ってきたからこそいかにそれが良くないのかを
お伝えしたいと思うのです。

ちなみに
ここまで書いて長い間放置していたら
NHKの連ドラで「まっさん」が始まりました。
あわてて追加分を書き上げています。

日本酒に純米酒という安心なカテゴリがあり
ウイスキーにも安心なカテゴリがあります。
正確にいえばカテゴリではなくメーカーです。

日本のウイスキーの中で安心できるメーカーが
竹鶴政孝氏の創設した「ニッカ」なのです。

かつてイギリスの外相が日本の総理に
「一人の青年が万年筆とノートだけでスコッチを盗んでいった」

とはるかな東洋で本格ウイスキーを作り上げたその努力と研究熱心さをユーモアで称えたそうです。


高級ブランドから安価なブランドまで安心で統一されています。
この点だけは
酒を飲まない人に自慢したい唯一のささやかな喜びです。

日本が誇る
ニッカウヰスキーの美味しさが判りますか?  と

dad-11.jpg









最近面白い話を聞きました。
ご存知の方も多いでしょうが、改めてご紹介します。

これは「なっとう」ですね
uct 006

そして
こちらが「とうふ」です。
uct 027



実は元々の読みと意味が入れ替わっていたというのです。
漢字に置き換えてみましょう。
uct 006
「豆腐」は豆が腐ったものだから
本来は
こちらを指す言葉であった。

また
uct 027
「納豆」は豆を箱に”納めた”ものだから
本来は
こちらを指す言葉であった。

というものです。

それがいつの間にか発音の粘り感から
「とうふ」の方を「なっとう」と呼ぶようになっていった。

というのです。

なるほど!
そう言えば何故豆腐の字に「腐る」という字を当てる
のだろうか?と子供の頃に不思議だった記憶がある。
と思わず得心

しそうになりました。

それは全くの間違いなのだそうです。
詳しくはこちらをご覧ください。
納豆のwikipedia
ややこしいので説明は省きます。

このように良く出来たウソというのは
ほんの一部
「おや!そういえば!
「あ!そうだったのか!

というパーツが埋め込まれています。

結婚サギは
「心底誠実に尽くして最後の数パーセントで裏切る」
などと言われるのと似ています。


言葉遊びだけなら実害を伴いませんから罪はないですが、

数年前のことです
某食品会社が「手作り餃子」という商品を発売しました。
それだけならなんでもない事ですが
あるお店がそれを仕入れて「手作り餃子」と
品書きに載せてお店で出したのです。

そこまでを営業戦略として考えて製造販売したのなら
コロンブスの卵的な発想とも言えるでしょうが
さて、お客さんはどう思うのでしょうか?

新聞はインテリが作ってヤクザが売るとは
昔から言い古されてきた言葉ですが
こちらの自称手作り商法は残念ながらパッとしませんでした。

理由は簡単。
一軒に売り込むことに成功した営業マンは次々に声掛けを
したからたちまち広くばれてしまい
思ったほどの成績を上げられなかったという訳です。


さて、手作りというといつも話題になるのが
どこから~どこまでをそう呼ぶのが適切なのか?
という点です。

機械でほとんど製造しておいて箱詰めのみを手作業で
行なうのを手作りとはいくらなんでも呼べないでしょう?

私は手作りの概念をそんな騙しもどきや、
作り手側の事情や都合だけから語るのではなく
実際に食べる人の感性に拠るべきだと考えています。
つまり
作り手側ではなく食べる側、買う側の利益を満たすもの。
どこにでもあるモノとは違う価値観を持つもの。

というものです。

工業製品では出せない質感を持つ製品、色、風合い。

食べ物なら
ありふれてない食感、味という点です。

言葉を換えて言うなら
大量生産品よりは消費者になんらかの良い点があるモノ
とでも言いましょうか。

その反面工業化された食品には悪しき共通項が歴然と
しています。
防腐剤などの各種添加物の問題は当然として、
なにより一番の問題は平準化された味にあります。

これを「万人向けの味」などと思い込んでいる点が落とし穴なのです。

ある高名なシェフの出してくれた料理に感激した評論家が
あまりの美味しさに思わず
「どうしてこんなに美味しいんですか?」
と尋ねたところ
「う~ん  きっと万人向けじゃないからでしょうか」
と応えたという有名な話には
そこの辺りの深い真理が見えてきます。

繰り返しになりますが
「万人向け」などと安直に言われる
大量販売を前提とした味の平準化というのは
飽きやすい味となり、それは決して強みなどではありません。

言葉を換えて言うなら「並み」です。
機械成型の回転寿司や各種業務用食材を多用している
ところはその「並」をかろうじて整えようと躍起になって
それを
「手間隙かけている」と勘違いしている様にすら見えます。
まず、
その嘆かわしいレベルを自覚するところから始めるべきでしょう。
そうすればおのずと改善すべき点も見えるはずです。


美味しさとはそんな月並みな凡百のラインを
越えたところから始まるからです。

ですから私達も手作りにこだわり
原点回帰を主張しているのです。
なにもこだわっている事を売りにしているのではありません。
手間ひまを掛けて美味しい物を提供するのが
料理人として、飲食店として当然あるべき姿ですし
それがお客様の利益に合致するものだと信じているからです。

納豆と豆腐の話のように
ひねったり、小細工をわざわざ仕掛けなくても
普通に手間を惜しまずまともな仕事さえしていれば
それが味に正直に出ます。

何もしていないくせにさも何か特別な事をしているかの
ように見せかけるステイングは不要です。

そして
実際に召し上がってくださったお客様がもし、
『なるほど手作りらしい食感と味だった』と
ご納得していただけたなら冥利に尽きる幸せというものです。

tuf 031

tuf 032

tuf 033

tuf 034

ua 009

uac 003