uaj 030 uaj 031 uaj 032

台風15号接近の影響で大雨の中、有峰に行きました。
この日は当初はイワナ&キノコだったのですがさすがに
釣りは諦めました。
師匠も雨がひどいので乗り気ではなかったのですが
強引にお願いし、引っ張り出しての山行きです。

谷川は今まで見た事も無いような泥濁りです。
この豪雨の中道路整備に従事する方々の横を通過して
遊びに行くのがいささか気が引けるほど
雨水は道路の上を音立てて流れ怖いくらいでした。

ダム湖から見る谷もガスが立ち込めて視界不良です。
uaj 033

が、白状します。
キノコへの期待感で少しも気後れはありませんでした。
ホントに身勝手な奴だと我ながら呆れます。
お師匠、本当にすみません。

待ちわびた秋のシーズンインです。
季節外れの強烈な残暑が列島を覆い各地でキノコの発生が
遅れているとのニュースを聞き、やきもきしていたのです。
台風のせいで暑かったり寒かったりとしますが
ともあれそのお陰で適度な湿り気が入り発生が始まって
いるに違いないとの確信がありました。

子供の頃から染み込んだキノコ時計発動というわけです。

でも、私が慣れ親しんだキノコはせいぜいが標高200m
ほどの低い山です。
キノコは標高や植物相が違うと発生する種類も異なってきます。
有峰は1,000m
まるで違います。
それで今まで二の足を踏んでいたのですが、これまた師匠頼みで始めてしまおう
という魂胆なのです。

この日は雨合羽に傘をさしてのキノコ採りです。
ハナイグチ、チチタケ、フウセンタケが採れました。

白い液体が出るチチタケ
ubj 001


昼は雨をしのいで鍋を食べて暖を取り帰宅。
本当に師匠にはご迷惑をおかけしましたが、とても楽しい日でした。


夜にはキノコ鍋。
uaj 037
  uaj 038 uaj 035

チチタケはあまり芳しい評価は聞かないのですが
それは口当たりがボソボソしているからです。
よく炒めてから使うと事前に教えてもらったとおりにして、
ダシを確かめるために昆布などを一切使わずに水だけで
作りました。
浮いた油は捨てます。
素晴らしいダシが出ます。

栃木ではチチタケが絶大な人気だそうで時にはマツタケ以上の値が付くこともあると聞きます。
チチタケうどんがもっぱらだそうですが、よく判りました。

ニセキノコモドキダマシ

こちらのキノコベテランさんのブログで紹介されている
チチタケポテトのレシピを見て
なるほど頭の良い人たちもいるものだと感心させられました。
口当たりが良くないなら感じないほど細かくしてしまえばよい

というわけですね。

uaj 034

さっそくこれを応用してシューマイにしました。
チチタケを袋に入れて
叩いて潰します。

ubj 017 ubj 018

あの白い液は手に付くと黒くなるからです。
この後もう少し細かくする為に刻みます。

タマネギ、豚ひき肉でシューマイネタを合わせ
半分はチチタケ入りとします。
ubj 022 ubj 023


市販の皮はとても小さく大判に慣れた手にはやりずらいですね。
包み方はこうです。
アンをヘラで取り皮に乗せ
ubj 024

中央に突き刺すようにしてひっくり返す
ubj 025 ubj 026

上から皮を包み込むようにして簡単に形作る
ubj 027

ひっくり返して
親指、人差し指で輪を作り、中指で底を受けるように
ubj 028

上から軽く押さえ、数回向きを回転させつつ押さえ込む
ubj 029 ubj 030


濡れふきんを敷いた蒸し器で小型なら5分程度蒸らす。
バット等に並べて冷ます。
冷蔵庫または冷凍庫で保存。
食べる時に10分程度蒸らす。

シューマイは作ってすぐに食べると中のタマネギがまだ硬くて美味しくありません。
出来ればいったん冷凍して後、
充分再加熱してから食べましょう。
タマネギがとろける様にならなければシューマイとは言えないのです。

ubj 031


チチタケ
まだこのキノコの本当の美味しさをご存じない方が多いので私のような不慣れな者にも採る事が出来ます。

でも、予感はしていたものの標高1,000mでのキノコ採りは
見た事の無いキノコばかりです。
頼みは師匠の眼力。
またお願いします。



スポンサーサイト
有峰のダム湖の周囲には道路が整備されています。
信号の付いている所は交互通行となっていてしばらく
待たされますがその間景色を見ていると飽きなくて少しも
苦になりません。

数年前の異常渇水の年にこのダム湖の底が露出したときの
写真ではかつての村の棚田が見られました。
今、こうして湖面を見ているとその方がかえって怖い
くらいの印象ですが確かにここにひっそりと眠っているのです。

村人達が糧としたヒエを育てる稗田。
訪問した人はヒエを飲み込むのに苦労したと言います。

標高が高くて稲作が出来なかったのに、それでも年貢の
取立ては苛酷を極めたそうです。

しかし、山菜や魚は豊富でした。
ダム建設の頃に高岡から昆虫採取に訪れた高校生が
勧められて魚釣りをしたら面白いように釣れたそうです。

有峰を好きでもヒエにはあまり食指は動きませんが、
山菜採りが終ってしまった空虚な時間を埋め
また、足腰を養う為にも渓流釣りの真似事を始めようと
思い立ちました。

今までにあらゆる海釣りを経験してきましたが、
道具類はほとんど人にあげてしまい、残っているのは
数本の渓流竿だけというのも理由のひとつです。

川ではエサ、ルアー、テンカラと一通りトライだけはしました。
テンカラでは毛ばりも作ってみました。
しかし!全く釣れないので諦めて海に帰っていたのです。

テンカラの教本ではその語源をこともあろうに
「一説には、てんから釣れないからテンカラ釣りと呼ぶ」
などと書いてある始末です。

そういうわけでキレイなままの竿が数本残っていたのです。

渓流釣りのベテランの松浦さんにめぐり合えたのも僥倖です。
引き合わせてくれた永田さんにも改めて感謝。

海釣りでは師匠がいなかったのでクロダイ一匹を
揚げるまで膨大な時間と費用を費やしました。

有峰でも釣果は期待しないで足腰の鍛錬だけ、と出かけた所
初めてのイワナを釣る事が出来ました。

珍しいほどの好条件に恵まれたのだそうです。
初イワナがこれです。
ucc1.jpg

懐かしい竿の手ごたえと引きを楽しませてくれた獲物です。
ucc2.jpg

美しいオオバギボウシが岩肌で咲き誇っています。
山菜としてではなく鑑賞で見るのもいいものです。

ucc3.jpg

この雪渓は16畳の部屋丸ごとほどの体積です。
7/12でこれです。
街では猛暑でした。

しかし、釣果の代償も払わされました。
急流に流されたり、竿を折ったり、デジカメを水没などと
初心者には試練が待ってました。

でも、釣りというのは魚さえ釣れれば大概の事には
平気なんですね。

とはいえ
昔、鹿児島県の南西諸島の孤島で磯釣りをした時の事
義兄が波に飲まれたことがありました。
幸い次のうねりが寄せた時にすばやく岸壁にしがみついて
事なきを得ましたが、
危険な事と言うのはほんの一瞬の出来事で
後からじわりと恐怖が訪れます。

遊びに夢中になっていると平気だなんて言ってられない
事も起こりますから用心に越した事はありません。


せっかく釣ったイワナは美味しく食べなければバチが当たります。
丁寧に串を打って焼きました。
tod 053

人から頂くのとは明らかに旨さが違いますね。

翌日は姿寿司、押し寿司に、
uab 003

有峰の恵みに大感謝。

uab 008


有峰には仙人がいたそうですがやはりイワナを食べたんでしょうか?




2011.07.06 有峰の山菜
有峰は山菜の宝庫だと書きましたが、
それはここに村があるころからそうでした。
度重なる大飢饉に襲われながらもこうして今も山菜が豊富
と言う事はそれだけ雪深く、
山に滋味があるということですが、

有峰びとが今で言う”資源を根絶やしにしない叡智”を持っていたからでもあります。
各戸に割り当てられていたワラビ場は一年おきに収穫したといいます。

私達もつい夢中になりがちですが、
そういう心がけを忘れないようにしたいものです。

今はそんな大切に守られてきたワラビ場などは見当たりません。
盆地状のたおやかな地形部は全部ダム湖の底なのでしょう。

美味しい山菜はもっぱらガケ地や谷沿いが採取の場となっています。
道路沿いにはほとんど見当たりません。

ここは日本海側の海洋型気候と内陸型気候の境目付近に
あたるそうで植物相が入り混じっているといいます。
そのせいか富山県側ではたまにしかお目にかかれない
ヨブスマソウが採れます。
高地族の山菜です。

これは同じように富山県と岐阜県の間に広がる
万波高原でもよく見つかる山菜ですが、東北などでも人気の高いものだそうです。
とくに芳香系がお好きな人はハマります。

これの同属異種にイヌドウナというものがあります。

分布が
ヨブスマソウが本州関東北部以北~北海道
イヌドウナ が本州関東北部~東北

イヌドウナは特に東北に多いのですが、
ここ有峰にもあり、両方並んで群生していました。
見分け方を書いておきましょう。

これがヨブスマソウ。
葉柄が茎を巻いていて、葉の先が尖っています。
toc 010

toc 009


こちらがイヌドウナ。
葉柄が巻き込むのは同じですが葉先が丸くなっています。
toc 008

toc 011



他にはコウモリソウ、タマブキといった仲間がいますが、
それぞれ葉柄が茎を巻き込まない。
上二種類は茎がフキのように中空になっているのに比べ
toc 012

タマブキは空洞がない  といった特徴があります。

ヨブスマソウもイヌドウナも味や食べ方は同様です。
茹でておひたしや和え物に、ただし酢は相性が良くありません。
マヨネーズまでならなんとかいけます。

葉先は天ぷらにすると食べでがあります。
鍋物や煮物、きんぴらも美味しいものです。

香りを楽しむならおひたしも結構ですが
漬物も香気が立って美味しくなります。
ただし、振り塩だと強く出すぎますので、塩水で洗って
そのまま漬け込み、重石をかけるという方法が最適です。


この山菜は葉も茎も全部食べられるのでボリュームが
あり、少し採るだけで量が嵩みます。
葉の形に特徴があり、似たもので有毒種もありませんから
見つけたらすぐに判り、誰にでも採取できます。

10cmくらいのものから大きく伸びたものまで食べられる
というのも魅力です。
かなり大きく伸びていても先の方の柔らかい所からひねると
「ポン」とか「ポコッ」と軽快な音を立てて手折れます。
そこから秋田県などでは「ホンナ」とか「ポンナ」とも呼ばれていて
秋田民謡のおばこ節にも「ほんな」の名で唄われているそうです。

あぁでもこういうふうに書き連ねるとつい採り過ぎの人が
続出しそうですね。
このくらいにしておきましょうか。

そうそう こちらが前回書いたイケマという山菜です。
toc 014
高地の道沿いでこのようにツルが伸長しています。
toc 020


 




2011.06.30 有峰の谷
有峰の山菜を採りに行ってきました。

有峰ではゲートで通行料金を払って入ります。
昔は険しい獣道のようなところを上り下りして歩く難路だったそうですが
お陰様で今はほとんど舗装されていて快適に通行ができます。

最大の難所だった鬼が城はトンネルになり、その名をとどめています。
かつて有峰村に徒歩で行く時は一日がかりだったそうですが
今では数十分で行けます。

もっとも一日で到達できたのは健脚の人であって、
弱い人は山の頂上の大杉の根元の洞で夜を越したそうですから
今、私たちがあのカーブの所が怖いとか
がけ崩れが危険だなどというのとは次元の全く違う恐怖だった
のには間違いありません。

通常六月には通行が可能になりますが、
雪解けからずっと関係者の皆さんのそれこそ
命がけの復旧工事のたまものといっていいほどの惨状になっているそうです。

もちろんこれはココだけじゃなく登山道の整備されたどこの山でも行なわれている事なのですが
普通はブルドーザーで崩れてきた土砂を排出するだけなのですが
ここ有峰では雪崩の規模が凄まじいのです。

こことは違いますが、
白木峰という人気の登山スポットがあり標高1500mの
頂上付近に避難小屋があります。
ここに雨除けに入ったらいろんな人の記帳や落書きがあり
その中に除雪作業に登った運転手さんであろう人の
恨み言があって笑わせられました。
「○○役場の担当の××課長め・・・・・」
相当ハードな除雪作業だったのでしょうね。

有峰ではブルドーザ一台でなんか足りません。
常に大規模な砂防工事のようになっています。

先日その谷に下りてみて
初めて見る景色に圧倒されました。
道路を普通に通行していると『あぁここも崩れたんだな』
と横目でみて通過していただけなのですが、
その崩落現場の下がどうなっているのかを初めて見たのです。

巨大な岩塊がごろごろ、壊れた道路の残骸が無数散乱しているのです。
引きちぎれたガードレールのワイヤ、骨材。
平らな道路を見慣れているので道路がばらばらに散乱している
光景は不思議なものに映ります。

雪崩の破壊力はものすごいものですね。
TVなどで雪崩の映像を見ると白い雪が音を立てて崩れていますが
アレを見ると怖さを感じない人も多いと思います。
『雪に押しつぶされるのは酷そうだけど、なんとかなるんじゃないかな?』
と思う人もいるかと思います。

あれは雪崩の始まりの映像なんでしょう?。
下の方では岩や道路を巻き込んでさながら大津波のように
全てを破壊しながら崩れているんですね。

もし、ここに車が一台巻き込まれていたとしてもその痕跡すら見つけられないでしょう。

新しい橋のすぐ横、
今では使われなくなった旧道にコンクリートの橋が架かっています。
風雪に耐えて今も残っている事だけでも驚異的ですが、
この橋の真ん中に高さ3mほどの巨岩が鎮座しているのです。
両側の山は木々が繁りこんな大きな岩がどこからやって来たのか皆目見当もつきません。

冬季には常時4mを越す積雪があるそうですが、
どうやら平地から訪れる私達の想像を絶する世界があることだけは確かなようです。

有峰村を底に飲み込んで静かな佇まいの有峰ダム
そこからは膨大な電力が生み出され私達はその恩恵を
受けています。
しかし、それ以外の場所から融け出る水の力もまた膨大で
こうして毎年山を削り続けているのです。

水は大地を切る刃  という言葉がありますが
こうして谷から仰ぐ有峰の山々を見て
つくずく納得できます。

むかし、有峰びともこうして同じような景色を見上げたのでしょうか。

富山に有峰というところがあります。
標高千メートル以上の天空の別天地です。
私達は有峰へ山菜採りに行く事をシーズンの仕上げとして
捉えているほどそこは山の恵みの宝庫、聖地です。

しかし、ここはそれだけじゃなく富山県の守護神のような
いわば象徴的とも言える聖地でもあります。

富山県といえばすぐに立山黒部といった名前が出てきます
それらは確かに信仰の対象になるほどの有難いお山です。
でも有峰には少なくとも富山県民は決して忘れてはいけない大恩があるのです。

むかしここには村がありました。
貧しくても、厳しくとも幸せな暮らしがあったのです。
しかし、千メートルを越す高冷地のため稲作ができません。
稲が無いということは縄やワラジが作れないという事です。
それだけでもいかに過酷な生活であったかが窺い知れます。

いっぽう
1858年、安政5年の大地震と水害をはじめとして永年
治水と砂防に膨大な土木費を支出してきた富山県は財政困難に陥っていました。

1920年、時の東園基光知事は起死回生の
「県営水力電気事業計画」を提案したのです。

そして有峰一帯の山林を県が買い上げて村は水没しました。
村人は当時、相当な大金を手にしそれぞれの道を歩みました。

戦争をまたいで紆余曲折はあったもののGHQが進めた
電力会社の再編にも富山県のこういった特徴が活かされ、
結果1951年S29に北陸電力が創立、
過酷な工事を完成させ
昭和37年には有峰発電所が発電を開始しました。

今、私達の暮らしに電気がもし無かったら? と想像することすら困難です。

この会社のコーポレートスローガンがまさしく
「暮らしに夢をともしたい」

電気が様々な「夢」を育んでくれました。
工業、治金、アルミ産業
まさに県民の、県民による、県民の為の電力会社です。

その記念すべき足跡がここ有峰にあるのです。
満々と水をたたえた有峰湖の右岸
かつてダム建設現場の最前線基地のあった場所は今は
有峰森林文化村公園広場になっていますが、
その一角に
北陸電力創立50周年記念のモニュメントが建立されています。

「有峰の恵みに感謝し、先達の高き志に学び、更なる飛躍を誓う」

このダムの完成によって電力だけでなく日本有数の暴れ河
常願寺川の治水と農業用地灌漑も為しえたのです。
偉大な事業、トップリーダーの足跡とはかくあるべしというお手本のような成果ではないでしょうか。

しかし、ここは険しい山あいを縫って走る隘路を通っていかなければなりません。
毎年激しい土砂崩れの起こるところとしても有名です。
雪崩による崩落も度々です。

ですから何時通っても必ず工事が継続されています。
工事関係者の皆様にも感謝です。

ですが、何といっても北電の社員の皆さん。

ー地元では感謝と愛着を込めてこのようにホクデンと呼びますが
他府県ではこう呼ぶと北海道電力を指すのだそうです。
なのでHPなどではリクデンと表示してありますね。

北電の社員の皆さんはこういう山菜採りや渓流釣りが恐れるほどの険しい隘路を
四輪駆動車で見回り点検作業をしているのです。
大雨の後などは誰も行きたがりません。
そんな時さえも、というよりそんな時なお
です。
危険なお仕事ですね。
ほとほと感心させられ、またさらに感謝の念を強くさせられます。

危険なお仕事ご苦労様ですと感謝しつつ電気を使わなければバチが当たりますね。

今年は節電が声高に叫ばれて
なにやら地震と津波と原発事故を一緒くたにして
電力会社が全て悪であるかのような論調が支配的になりつつあります。

少し前までは脱ダム宣言という論調が一人歩きしていたときもありました。
(私には一、側面だけの議論に思えてなりませんでしたが・)

でも、そんな一時の論調に流されていると重要なことを
どこかに置き忘れてしまいがちです。
げんに、外国の資本家が密かに利権を狙って暗躍をしているというウワサまで飛び交っています。
腹に一物ある人はこぎれいな事を言ってするりと入り込みます。

全国で水源地を守れ という運動が起こっていることも併せて
私達の生命と安全な暮らしを守ってくれているのは
本当は誰なのか? と思い返してみるべきだと思うのです。



くちはばったい事を言うのは嫌ですが
一人の山菜好きの独り言としてお読みください。

そして私達一人一人が守るべきものは何なのか  
を自覚しなければならないときが来たようです。

先日新潟県からのお客様が来店された時に
お礼の言葉を伝えて、ついでに中国領事館の
用地買収の話はどうなりましたか?  と
尋ねると全く知らないふうでした。

もう遅いかも知れませんが、いくらなんでもそろそろ
目覚めた方がいいようですね。



(参考文献)
桂書房 有峰の記憶  前田秀雄 編