食後に「もたれる」という経験はおありでしょうか?
例えば野菜やおかずを摂らずにご飯ばかり食べたりすると
私はもたれる事があります。

若い頃は白いお握りだけ食べても平気だったものですが
加齢の故か山でお握りだけを喰いすぎると後で酷い目に
あったりするようになりました。

これなどは原因と対策がはっきり解っていますから
野菜や漬物、梅干などを摂る事で対応できます。
つまり偏った食事だった訳ですね。

一般的にはストレスやドカ食い、早食いといった食べ方の
問題の他病気を疑うと言うものが多いようです。

もたれを引き起こすものが食べすぎや消化力の衰え
あるいは病気の初期症状からくると考えられているからです。
言うまでもなく”胃がもたれる”のはよろしくない状態である
という事は広く認められているのですね。

でも私に言わせればほとんどの場合
”もたれ”の原因は化学調味料です。

化学調味料の沢山入ったものを食べると後でもたれませんか?
と聞くとほとんどの人は否定します。

そして返す刀でこちらの体調や体質を気遣ってくれたり
眉をひそめて宗教かなんかなの?と
不審な表情を浮かべたりされます。

でも、
ほとんどの人は化学調味料由来のもたれを経験済みなのです。
それと気づいていないだけです。

朝、胃もたれがして食欲が無いのを
夕べの暴飲暴食のせいにしていたり、疲れや喫煙のせいに
ばかりしていては正体はつかめません。

夕べに何を食べたか何を飲んだのかが問題なのです。

遅かったからお茶漬けを一杯だけ食べた、お酒は飲んでない
   のに胸焼けする、もたれている
それはインスタントのお茶漬けだったからです。

ちゃんとしたお茶とまともな梅干や塩鮭で作れば全く起こりません。

水割りを一杯飲んだだけでつまみは食べなかった  
   のに・・・
日本のウイスキーではニッカが起こりません
スコッチと表示されていてもボトルド・バイ・シンガポール
などと言うのは確実に起こります。

日本酒一杯だって起こります。
普通酒には醸造アルコールが添加されています。
そこにキャリーオーバーで表示されていないものが
すでに入っているからです。

沢山お酒を飲んで最後に〆のラーメンを食べると
翌朝は特にひどくて『あぁ最後に一杯が余計だったな』と
言う話はよく聞く話ですが、

実際にお客様からお聞きした体験談をご紹介しましょう。
以前、私の店が深夜12時まで営業していた頃の話です。
その方は観光バスの運転手さんです。

日祝日はどこも大混雑でお客様は食堂でお昼を食べても
運転手さん達の入れるような所はほとんど無いのだそうです。

そこで仕方なくカップ麺で済ますこともある  と言います。
するとたった一杯のカップ麺が深夜まで残る  そうです。
これがもたれですね。

ところが深夜12時ごろに私の店で食べるラーメンが翌朝には
全く残らないから不思議だというのです。
つまりもたれないのです。

これの原因が化学調味料です。
お茶に入っていたり、梅干に入っていたり
もちろんインスタントの永谷園のお茶漬けにも
たっぷり入っています。

日本酒の普通酒に入っている醸造アルコールにも
入っているものがありこれははっきりと味の素の味が
して閉口します。
必ず酷い二日酔いをし、特に胸のむかつきが治まりません。

二日酔いのもたれ、むかつきに懲り懲りしていた
私に「純米酒ならそんな事は起きませんよ」と
教えてくれたのがgsさんでした。

国産のろくでもないウイスキーにもそれらしいのが
入っていて翌朝はひどい目に会わされます。
とくに大手のS社
ここはビールにだって容赦なくやります。
プレモルなどと自画自賛し過ぎて次第にバレつつあります。

酒類についてもう少し続けると

酒好きは沢山飲みたい人が多いわけですから
飲めば飲むほどその後遺症はひどくなり
二度と手に取らなくなる危険性が高くなるという
子供でも判る理屈。

でもこれが実際判らなくなってしまうんですね。
バタバタと酒蔵がつぶれるまで続けたのです。
今、原点回帰を果たした純米蔵が再び脚光を浴びる
時代になりつつあります。

そんな酒は「きれいな味がする」と欧米でも大人気です。

さて、酒やウイスキーなら何リットルでも飲むと言う人でも
お茶漬けを何杯もはそうそう食べないから気が付きません。
でも夜に軽く食べたはずなのに朝にはしっかり残っている
というだけで判るようにかなり多めに入っているのです。

商品の裏書きを見れば全てが書いてあるとは限りませんが
少なくとも「アミノ酸等」と書いてあるものを避ければ
相当身の回りから遠ざける事が出来ます。

発酵調味料は業者が
「これを使えば味の素と同じ効果があるのに無添加と表示できますよ」
と言ってセールスしています。
ですから食後は同じ症状が出ます。

胃もたれがひどく吐き気が止まらなくて
胃腸薬ばかり飲んでいる人は二重三重に
悪いものを取り込んでいると言えるかも知れません。





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2015.08.03 麻の話 
前回、麻が無理矢理踏みにじられた経緯をご紹介しましたが
その根拠となる麻薬性を取り除いた種を栽培にまでこぎつけた例を
ご紹介しましょう。

地域の有力者、町ぐるみ、政治家などあらゆる人たちの
大勢の力を結集すれば動かせるのですね。

現場に立つお役人も大勢の後ろ盾が無くてはやはり心細いのです。

麻で限界集落を救う
麻の原っぱ麻草(浅草)、麻布

いつか機会があればアカソから繊維を取り出して糸を紡いでみたくなりました。
未来予想は暗い事も多いですが
頑張って正しい事にまい進する人たちがいる限り
明るい事もありそうです。

「日本を取り戻す」  そんな言葉が浮かびます。
日本人の手で     と添えましょう。

いつも化学調味料やアミノ酸添加を否定していると、たまに
「どうしていけないのか?」と詰問されることがあります。

もちろん世の中にはそれらを肯定する人たちがいることは知っています。
積極的に大歓迎する人たちすらいます。

ですからうかつに否定的な事をいうと肯定派からたちまち攻撃されることもあるのです。
肯定する人というのは
美味しくなるんだったらいいんじゃないか
というウソみたいに簡単な理由からそうなっています。
また、体に良いとか頭が良くなるというウソを信じ込んでる人もいまだに大勢いるようです。

そこで今回はそんな肯定派から噛み付かれやすい点からではなく視点を変えて述べてみようと思います。
味の素を摂ると~~になりますよ  では無く、

なぜわざわざ化学調味料を入れる必要があるのか?

という視点からです。

例によって舌足らずに終わる危険性をはらみつ始めてみます。
トップはお茶です。

玉露 言うまでも無く高級な緑茶です。
茶葉にはグルタミンが多く含まれて旨味の元となっています。
子供にはただ苦い味でも、オトナは苦味の中に甘味や旨味を感じます。
ただし、熱湯ではいけません。
高級な緑茶はある程度冷ましてから淹れます。
ぬるいくらいの温度が適温なんですね。

ところが、熱湯玉露というのがあります。
売り文句がまた素晴らしい!
熱湯をわざわざ冷まさなくても大丈夫!  ときてます!
要は手っ取り早く淹れられる   と言いたいのでしょう。

これに入ってるのがアミノ酸です。
何故入れる必要があるのでしょうか?

上質の茶葉にはグルタミン酸が多く含まれます。
低級になるほど少なくなります。

でも、それぞれ用途があります。名前も違います。
それよりもっと下の今までなら売り物にならない程の低級品
商品にすることを考えたエライ人がいるんでしょうね。
グルタミン酸を足してやればいいじゃないか!  と

これが正体です。
飲むと吐き気がしますが、お好きな人は「味が濃い」と喜びます。
吐き気がすると書いたことで既に伝わると思いますが、
こういう事をする事業者というのは添加する量に躊躇しません。
信じられないほど大量に加えます。

なぜならその方が「美味しい」と思ってるからです。
事実「安くて美味しければ何だっていいじゃないか」と
熱烈な支持者がいるのです。

ですからこういう話題が昇るたびに
「味を整えるために少量加えるのは仕方が無い」
という言い訳の論法はこと事業者には当てはまりません。

それと低原価、増量。



次に、あられ、かきもち、揚げ餅菓子類です。
昔、実家では駄菓子を販売していてよくサラダおかきなどを食べました。
最近ではアミノ酸混入が酷いのでほとんど食べません。

何故こんなに大量に添加する必要があるのだろうかと真剣に考えました。
たかが菓子とはいえ、その頃は日々自分の食べれるものが失われていくような
喪失感に焦っていたからです。

この手の菓子の原点は餅です。
昔は臼と杵で餅をついたものです。
つく前の蒸したもち米をつまみ食いすると美味しくて、つい食べすぎて叱られるほど
何もつけなくとも旨いものでした。
出来あがったカキモチを油で揚げたものも薄い塩味だけで素晴らしく旨いものでした。

もち米は何もつけなくともそれだけで美味しく食べれるのです。
それのどこにアミノ酸を入れなければならない理由があるというのでしょうか?

答えは米の劣悪なるのもさることながら
小麦粉を混ぜているから
です。
サクサクとした柔らかな食感を売りにしているもの
フワフワと柔らかい食感。

などと本来の餅に無かった食感を演出したもの全て
小麦粉の力を借りています。
そしてそれらにはアミノ酸混入が欠かせません。
小麦粉を揚げたものにはもち米ほどの旨味が無いからです。
それに低原価、増量。

さて次に行きましょう。
私がよく使う「ちりめんじゃこ」です。
本来は乾燥保存食でした。
ですから今でも高級品は乾燥した硬いものです。
これは上乾(じょうかん)と呼ばれます。

これの使い方はぬるま湯で柔らかく戻してから調理します。
ところが、そんな少々の手間をすら省いた手軽な(?)ものが出回り始めます。
真っ白で柔らかいものです。
イワシの稚魚が真っ白で違和感がないのでしょうか?
そして柔らかいという所に疑問を持たないのでしょうか?

柔らかいものを流通させるには問題がひとつあります。
乾燥してしまうことです。
柔らかいからこそ存在価値が(?)あるのです。(???)
ですから乾燥しないように保湿剤を与えます。

便利で無理な願望を叶えるには魔法が必要であり、
そして魔法と言うものはいつでも使った者をおとしめるという反作用を持ちます。

防腐剤というのは匂いを嗅ぐとひどい悪臭がするそうで、
防腐剤や保湿剤などを添加加工すると味が落ちます。
また最初から程度の低い物をそれ用にしているという根源的な理由
などもあり、
ここでもアミノ酸が添加されます。
最近では冷凍で流通されるようになりましたが今でも粗悪な物には添加され続けています。
こちらのほうが安くて美味しいと手に取る人がいる限り無くなりません。

お次は味噌、醤油です。
味噌醤油は何から作られるでしょうか?
大豆ですね。
原料の大豆には丸大豆と脱脂大豆とがあります。
普通の大豆と豆の絞りかすの事です。

まず、大豆を石油溶剤を加えて絞り大豆油を採ります。
これで脱脂大豆の出来上がりです。
つまり油の絞りカスが原料となっているのです。
ここから味噌や醤油用に廻ります
味噌や醤油を作るときには大豆の油分がジャマをするのでかえって好都合だと言います。

これで随分とお安く出来るようになりました。
でも大メーカーは頭がいいんですね。
もっと安く出来ないかと知恵を絞ります。

【醤油】
塩水で伸ばします。
カラメルなどで色をつけ、旨味をアミノ酸で補います。
まさに低原価、増量の追求です。

【味噌】
脱脂大豆とアミノ酸で作るだけで充分安く出来るのに
さらに頭のいい人が「ほんだし」状の核酸系旨味調味料まで加えて
さらに豆成分を薄く伸ばしもっと安くなるように作りました。
だし入り味噌 だそうです。
「ほんだし」が本物のダシなわけもないのにちゃっかり虚構に便乗しています。
まことに抜け目のない天才です。
これぞ低原価、増量の極致。

ですから
醤油、味噌になぜアミノ酸が添加されるのか?  の答えは
脱脂大豆で作りかつ、大量に伸ばす為に絶対的に旨味要素が足りないからとなります。
先ほど書いた「邪魔になる脂分がないから合理的」なる理由がうそっぱちな
証拠にそんなメーカー自身がちゃんと丸大豆醤油とか丸大豆味噌などとマトモな商品も販売しています。
論より証拠
こちらの方がより安全指向、美味、安心であると謳い
きっちり価格もお高く設定されています。
全く  「よく言うよ!」
としか言えませんね。

こうして並べるときりがありません。
酒やあらゆる加工食品が並ぶでしょう。

しかし、そこに共通する項目があるのにどうか気づいて頂きたいのです。

全て、安く上げて利幅を大きくするだけの目的から行なわれているという事です。

真っ当な醤油を作るメーカーと先ほどの”天才的な醤油”を
例にとって書きましょう。
国産の大豆を低農薬で育てる農家と契約し
一から手をかけて安全な醤油を作るとそれなりのコストが
かかりますからそれなりの価格になります。

一方”天才的な醤油”はただでさえ安いのに特売価格でさらに
安く販売され「庶民の味方」と呼ばれます。

真っ当な醤油は販路の確保すらままなりません。
高い価格なのに利幅が少ないから小売店にとってメリットが
小さいからです。

つまりタダでさえ売れ行きが良くないのに売れても利益が
あまり出ない、これじゃ置きたくないな となります。

おまけに何も知らない消費者からは価格が高めな事がさも、
悪徳でもあるかのような
白い目で見られ、残念なことに賞味期限までが短いのです。

”庶民の味方の醤油”は本日も特売の目玉商品です。
ビックリするような安値で売られます。
大量にさばけるのでメーカーの人まで派遣して販促をします。
大人気の訳はアミノ酸で整えられた万人ウケのする甘、旨。
加えてロングライフとでも言えるほどの保存性。

そして小売店が扱いたがる利幅の大きさです。
でも考えても見てください。

人を派遣して、値引きしてそれでも小売店に利益を渡せる
ほどの原価っていったい幾らなんでしょうか?
答えは
先ほどの製造工程にあります。
バカみたいに安く出来るのです。

いったいどっちが庶民の味方なんでしょうか?
バカみたいな原価で作っている割には実は法外な価格をつけている
だから大企業でいられる
だから全国のマスコミで大々的なCMを流せるほどの利益が
上がっているとは考えないのでしょうか?

真っ当な醤油に限らず正しい安全な食品を作っている人たちは
等しく苦労をしているのが現状です。

理解されない。
売れない。
コストが上がる一方。
人材がいない。
などです。

庶民の味方っていったい何でしょう?

化学調味料でごまかした味が美味しいのならそれでも結構。
でも、日本古来の本物の味にそんなものは本当に必要なんでしょうか?

朝、目覚めたら
化学調味料の入ったお茶で口をすすぎ、
化学調味料の入った味噌汁を飲み、
化学調味料の入った味付け海苔や
化学調味料の入った梅干などのおかずでご飯を食べ、

昼は少しだけ仕事から解放され
化学調味料の入った食事を摂る。

昼過ぎに
化学調味料の入ったおやつを食べて

夜に
化学調味料の入った酒と
化学調味料の入ったつまみを食べ
〆には
化学調味料の入ったラーメンを食べて帰宅。

これが”庶民”の正しい姿なんでしょうか?

それでいいんだという人には
何も言葉がありませんが、もしこれに
『そう言われてみればあんまりかも?』
と思った方にだけ続けて見ましょう。

安価な商品がアタリマエになってしまうと
確かに真っ当な商品は高く感じます。
ではもう一度考えてみてください。

なぜ安価に出来るのだろうか? と。
おそらくメーカーの言う
”大量製造、大量販売によるコスト削減”を
真に受けている人が多いのだろうと思います。

そんな事なんかありえないのです。
工業製品や機械部品ならまだしも、マトモな食材を
使っていれば多く作るほど材料費がかさみ、手間がかさむのです。
コストパフォーマンス(CP)などという言葉は食品にはなじまないのです。

大量販売による~ という口実こそが実は真っ当な商品では
ない という事なのです。
そしてそこには必ず商品たらしめるための化学調味料が
重要な位置を占めているのです。
諸悪の根源は化学調味料なのです。

徹底して化学調味料に慣れた味覚を洗い流して
原味を味わう感覚を取り戻せばいかに広範囲に及んで
味覚汚染が浸透しているかが解ります。

それらは本来不必要な味なのです。
ご飯を炊くときに味の素を入れますか?
お刺身を食べるときにわざわざ味の素を振り掛けますか?
酒の中に味の素を加えますか?

美味しいクッキーを焼き上げました。
さて食べる段になり味の素をかけますか?

砂糖や塩、味噌、醤油はそれが原点の味なるがゆえに
指先に取って嘗めると単に濃いそのものの味しかしません。

砂糖は甘く
塩は塩辛く
味噌は味噌の味
醤油は確かに醤油の味です

では化学調味料を嘗めるとどんな味がするでしょうか?

吐き気がするはずです。
これを少しだけ加えれば美味しくなるんだと思いこまされてきただけなのです。

多く入れても、ほんの少しでも
吐き気のするほどまずいものが本当の本来の味なのです。

それでもこれからもずっと添加され続けていくでしょう。

「安価でなければ売れないんだ」という呪文に憑かれている限りは
やめられません。
でもその安価にするための努力とやらがどれだけ

”食べ物の味を不味くしてきたのか


を思い返していただきたいのです。

とはいえ暗い話ばかりじゃありません。
最後に明るいきざしを一つだけ書いておきましょう。

日本酒が売れなくなって久しくなり(理由は明らかなのですが)
心ある蔵元の方々が重い腰を上げ始めています。
純米蔵といいます。

アミノ酸等を含むアルコール添加をやめて
コメだけで酒を造ることを目指し始めたのです
レシピなんて昔からあるんですから大いにやってもらいたいものです。
大歓迎いたします。












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氷見の長坂という所の棚田の風景です。
棚田は日本の原風景とよく言われますが、
私にとっては確かに子供の頃から見慣れた心休まる
懐かしい風景です。

生まれ故郷の能登ではなだらかで、たおやかな山が多い為
今でもこんな比較的小さな田園風景が残っています。
規模はここの長坂ほどではありませんが、少しでも
切り開いて米を増産しようと先人たちが苦労した証しです。

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ここでは今でもこうして天日乾燥をするための”はざがけ”
をしています。
はざがけで乾燥させた米には日向の香りがするんです。
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日本にははるかな古代から美味しいお米があり、
それはみな我が子や家族にひもじい思いをさせたくない
腹いっぱい美味しいご飯をたべさせたいという切実な思いと
ともに連綿と受け継がれてきたものです。
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もちろん現金収入をはかる事も大切だったでしょうが
それにつけても「さらに美味しい米を」との
願いがあればこそでした。
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むかし、アメリカ人は野蛮で生意気な「米食い虫」の
ジャップを根絶やしにしてやろうと考えました。
そうだ!
田畑を枯れ尽くせばいいんだ!  と
薬の開発をしたのです。

それは先の大戦には間に合わず、後のベトナム戦で
枯葉剤としてばら撒かれました。
そうして平和がやってきて
今、それは根まで枯らす有能な除草剤として
ラウンドアップの名前で売られています。

日本はお得意様になってくれたという訳ですね。

モンサント社の幹部連はJAのイベントなどでは
上座に鎮座するそうです。

一方、
滅ぼしてやろうとまで憎んだ日本の米
だったはずが
今では自分達の作った米を買え! 
と押し売りするていたらくです。

この関税のかからないミニマムアクセス米は安価を武器に
したい、それしかとりえが無い業界で大人気なのは
しょうがないとして実態は中国米に圧倒されているのです。
苦労して門戸をこじあけたらトンビに油揚げをさらわれてしまった格好ですね。

ーードイツでも原発を止めて太陽光発電を推進させれば産業も
盛り上がり雇用も良くなるだろうと考えていたのに
おいしい所は全部中国に持っていかれてしまい
見直しが必至だとか・・。
結局消費者がそのしわ寄せをかぶるんじゃ
なんにもなりませんでした。


米国、中国のお米が人気なのは実は食べて美味しいから
なんだとかTPPに参加すればもっと安くなるなどと
寝ぼけたことを盛んに言い募る人も沢山います。

ちょっと待ってください
アメリカが本気で日本のために美味しいお米を作ってくれる
なんて思ってるんでしょうか?
中国が日本人のために安全なお米を汗水流して育ててくれる
なんてそんなはずが無い事ぐらい判らないのでしょうか?

判らないでそんな事を言ってるとしたら
真性のオバカです。

アメリカは日本の米を滅ぼそうと画策していたんです。
今はただ金になりそうだなとやっているだけに過ぎません。
風向きが変われば即そっぽを向きます。

過去にも各国でそうやって主食市場を荒らしまくり
破壊しまくってきた前科モノなんです。
農文協の主張

そうして我が物顔で世界の食糧を荒らしまわったツケを払う
番がきたようです。
食い物にされる途上国
もう始まってしまった食糧危機
穀倉地帯の地下水源がどうも枯渇しかかっているそうなんです。

これは豪州も同様です。

一方中国ではどうでしょうか?
先日の反日デモではトヨタ車に乗っていた中国人が
引きずり出されレンガで頭を割られるという事件が
ありました。

すぐに日本では政治の話と決め付けてしまいますが
根本は中国がすさまじい反日教育をしている事と
義務教育すらないという恐ろしい現実がもたらしている
地獄のような国なんだという事を理解しなければいけません。

考えてもみてください
農薬を扱う農夫が字を読めないんです。
そこからどんな事態を想像できますか?

中国よりはるかに民度の高かったタイからの輸入米ですら
ネズミの屍骸やら異物混入が跡を絶たなかったのをご記憶
でしょう?

中国には現状でさえ食糧が足りていないのです。
だから、ニセ食品が蔓延するのです。
だいいち、水が絶対的に不足しています。

そんな水や食糧の慢性的に足りていない国に主食を頼れないでしょう?

しつこく言います。
日本などの先進技術をつぎ込んだHACCPの工場で
作った食品でさえ被害を出したじゃないですか、
そんなお国のどこの田園で育てたか判らないお米を
食べるなんて自殺行為としか言えません。

そうしてこの米中の二国に共通している拝金主義と並ぶ
利己主義を思い出してください。
安価な産物を大量に送りつけて市場を破壊して次からは
値を釣り上げるやりかたです。

そしていざ不作、凶作になんかなろうものなら真っ先に
輸出を停止してしまいます。

ここにアフガニスタンと日本を繋ぐ小麦の話をご紹介しましょう。

水の豊富な先進国の品種を持ち込んだアフガンでは旱魃に
見舞われて近年、食糧危機が起きていました。
そこで日本から本来アフガンで栽培されていた在来種の種を
持ち込んで育てている日本人達の話です。

いかにも日本的な心温まる話です。  が
もし、日本が近視眼的に安価な米に飛びつき
農村が崩壊した後に米中が不作になり

あわや、日本が食糧危機に!  なんて事になったときに
こんな優しく救いの手を差し伸べてくれる国が
どこにあるでしょうか?

こんなお人よしの国はきっとどこにも無いでしょう。
日本人はこれだけ特殊なんですね。

abg 085


お米や農業はもちろん様々な産業を維持するのにはもちろん
お金が必要ですが日本人はお金もさることながら
誰かの役に立ちたい
有意義なことを為したい
喜んでもらいたいという気持ちが強いようです。
abj 048


米に対する思いいれと職人気質のような手をかける性質
そんなものが日本人にとってお米をより優れたものに
昇華させましたが、
もうひとつ日本人の手先の器用さという資質もまた
米作がもたらした恩恵なのだそうです。

稲があるから縄やムシロが作れ、ワラジが出来ました。
米作の出来なかったところではワラジも作れなかったそうです。
aar 114


太さの異なる縄は暮らしに欠かせないものでしたが
これを綯う、結ぶ作業全てが手先の器用さを要するものだったのです。

aav 186


最近では鉛筆をナイフで削らなくなり
靴のヒモを結ばなくなって子供達の手先はどんどん
不器用になってきているという指摘はまさにそのことの証でしょう。

そんなありとあらゆるステージに日本の暮らしと米の密接な
関わりを見るにつけ日本から米作の灯を消してはならないと
思うのです。

私はラーメン店を営んでいますが毎日3食×365日は
とても食べ続けられません。
いえ、それを可能にするようなモノを目指してはいますが
そんな生活をすればたちまち体がまいってしまうはずです。

なぜなら古代から連綿と続いてきた民族の食習慣は短期間では
変えられないからです。

いくらパンが好きだといっても同様でしょうし
饂飩、蕎麦が好きだといっても同様でしょう。
焼肉ならできますか?

いくら食の多様化といってもそれらは主食のお米の支えが
あって初めて
「どれも美味しいねぇ」と
言ってられるのです。

私はパスタを食べてもやはりご飯が欲しくなります。

いくら中国やアメリカの米が安くたって
美味しくなろうとも日本人は日本のお米を手放しては
ならないのです。

私が毎年一回だけ山菜採りに行く郷里の谷は田んぼの
跡です。
物心ついたころからそこは既に放棄された田でした。
50数年経った今でも両脇には水路が健在で立派に役を果たしています。

もし、そこで稲を植えようとすれば翌年からでも
行なえそうなままなんです。
いかに日本の国土が稲作に適しているかという事の見本の
ような気持ちで毎年見惚れています。

谷間の小さな棚田には、
私にはまるでお米の神様が
いつでも戻っておいでと微笑んで鎮座しているように見えるのです。

しつこく繰り返します。
水とお米を守り続ければそれだけで日本人は生きていけるのです。
肉や車の無かった頃からそうして生きてきたんです。

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aar 111 aau 016 aau 049












化学調味料の入ったものを食べなくなって
久しいのに今でもチキンラーメンのTVCMを見ると本当に
美味しそうだと思います。

世界で初めて登場したインスタントラーメンという事で
ニュースなどでもよく見る機会があるのですが本当に良く
出来た商品だと思いますし、また非常に良く作られたCM
だと思います。

CMというのは私達素人では分からない部分に相当な時間と
資金を投入しなければ本当に良いものは作れないと言います。

そういう意味では"化学調味料が入っているから食べれない"
と  イヤほど解っている私がつい『旨そうだな』と思って
しまうほどのCM、いったいどんな手練の職人が制作してる
んでしょうか。
プロですね。

私が調理の世界に入ったばかりの頃、先輩方からよく言われ
たのが、まさにその辺のところです。
ホテルで高級中国料理を作るとはいえ、普段には普通の
ラーメンもまかないで作ります。
その時にインスタントラーメンの話題が出るのです。

・食品会社は膨大な開発費を投じて作っている
・誰の口にでも合うように調節している

∴インスタントラーメンの味が出せたら大繁盛するらしい

結論が今思えばいかにも、さもありなん話です。

子供だった私はそのまま信じていました。
ウソです。

そんな簡単な話はありません。
第一、インスタントの味を出せた所で価格的に
もう、すでに負けは見えてますよね。

いや、込み入った話は止めましょう。
チキンラーメンの話でした。

先日、これを作ってみました。
食べたいけれど市販品は食べれない、それなら自作で。
この流れは自分にとってもう御馴染みの”作業”です。

余計なものはいりません。
しっかりと摂ったガラスープとタレがあればもう既に
出来たも同然です。

そこでふにゃふにゃの麺の出番です。
極薄にまで、のしていつもと同じ幅でカットします。
これはヤキソバ専用麺ですが、これではまだコシがあり過ぎ
なのでいったん冷凍をします。

そうして出来たのがこちら
チキンラーメン風
tks 025

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しかし、こうしていつもの極太麺と並べて比べると
とても同じ幅にカットしたとは思えないほどの違いです。

切り歯で切り出すタイプの麺の太さを番手で語ることの
ナンセンスさがはっきりと判りますね。
番手でいうならこの二つの麺は同じ番号なのですから。

なにはともあれ懐かしいインスタント風のふにゃふにゃ麺
あっさりと美味しいけれどアミノ酸の入らないスープ。
久しぶりに堪能出来ました。
(でもやはり卵は余計だったかも)

頭で考えるより実行で学ぶ
大袈裟ではなく現場の経験則はここでも生きていました。
やって見てまた学ぶ事が沢山あります。
実践から学ぶ。
それをまた頭のノートに一項加える。

遊びも仕事になっていきます。
この繰り返しで職人力を鍛えています。









2011.02.01 肉と丼の話

日本の食用牛は配合飼料で育てられる事がほとんどで高カロリーのため
程好く太り、脂肪がたっぷりと乗った ”日本人好み” の食肉になります。


若干時系列が前後しますが、
かつて米国が牛肉自由化を迫ってきた頃
未熟だった私は国産牛の方が絶対旨いのに何を無理強いするんだろうと反発しました。

(紆余曲線は省きます)

今ではほとんど牛肉は食べなくなりました。
ほんのたまに共同購入のを食べるくらいです。

かつて中国料理店をしていた頃
いちど和風ステーキ丼を出した事があります。
国産では原価がかかりすぎるのでオージービーフを選択しました。

すみませんがここで確信的に思いっきり、話は横道にそれます。
昔「和風ほにゃらら」とメニューに書いてあったから注文するとお箸がついてきた
というジョークのような実情が本当にありました。

お箸を添えたから「和風ステーキ」「和風ハンバーグ」「和風スパゲティ」などです。
本当です。
今となっては笑い話ですがその頃は誰もそれを奇異とは捉えなかったのですね。

その後大根おろしを添えたりなどの進化(???)を見せているようですが
私はナイショですがそんな貧相で退屈な話が(仕事が)嫌いです。

どこが和風なんだろ?
?よく解らないけどこのポン酢をつけてあるところとか??

というような会話を傍で聞くだに人事ながら恥ずかしくなるのです


失礼しました話は戻ります。

和風ステーキ丼です。
オージービーフのサーロインは脂が少ないのでかえって好都合でした。
調味したカツオダシに漬け込みます。
じっくりと焼き上げ、
その間に熱々のご飯を盛り、カエシを回しかけ、刻み海苔を散らします。

肉が焼き上がったら一口大に削ぎ切りして盛り付け
今肉を取り出したばかりの鍋にカエシを入れて焼き付けてから上からかけます。
仕上げに西洋ワサビ(レホール)を天盛りにして完成。

期間は短かったのですが900円ほどだったと思います。
好評でした。

箸で食べる「丼」というのは
個人的な考えとして「かき込める」という事を鉄則としています。
丼としてまず、食べやすいのが原則です。
肉の大きさが決めてになってきます。

次に「丼」としての味のバランスも重要です。
なにもひとかたまりの味でなければいけないとは言いませんが
少なくとも器の中の小さな総和がちぐはぐでは話になりません。

洋風天丼というものがあったとします。
ごま油で揚げた海老天にデミグラスソースをかけたものが
もし、出てきたらそこには洋風に解を導く為のなんらかの仕掛けが必要なのです。

ただ
ソースをかけたから
ピクルスを添えたから
パセリのみじん切りをかけました
スプーンをつけてお皿に盛り付けました

だけ
では根本的に「抜けている」としか言えないのです。

同じように普通に焼いたハンバーグを丼の上に乗せただけのものを
「和風ハンバーグ丼」と出されて「うーん」と困惑するのは当然でしょう。

見た目ばかりを考えていると、そういう仕事になります。

根本の「見えない所の仕事」を大切にして欲しいものです。
仕事というのは表面的になら誰でも学べます。
いまならこうしてネットでも簡単に検索ができるでしょう。

しかし、本当のコツとか重要な事というのは誰にも教わる事が出来ないのです。
研鑽をつんで自分で編み出す。
これが現場に立つ一人一人の料理人の自分だけの技です。
現場では誰も助けてはやれません。

唯一自分がかいてきた汗だけが逃げ出してしまいたいようなプレッシャーの中で自分を支えてくれます。
上っ面の見せ掛けや誰かの受け売り。
どこからか持ってきたような「借り着」では支えにはなりません。

そんな程度で事足りるのは安っぽい物書きくらいでしょう。

くどいようですが繰り返します。
安直で誰にでも喜ばれるような仕事というのはすぐに飽きられます。

霜降りのステーキを三食毎日食べ続けられますか?
いくらお金があっても続かないはずです。
もちろん続けられるとしてもたちまち命の危機を伴う大病を病むでしょうが・・

霜降りステーキのカツがいくら美味しくても伝統料理になり得ないのが同じ理由です。

肉がまだ珍しかった頃は脂さえ乗っていれば皆喜びました。
でも今はすっかり様変わりしました。
肉汁たっぷりと言ってるその過剰な脂が体に良くないんだと学んでしまったからです。

脂がたっぷり乗った肉を使いたいなら
まず、その余分な脂を「どう」落とすかと言う所がスタート地点です。
そして食べ飽きない味を創らないと本当の日本人好みとはなり得ません。

作り手の頭の中がメタボじゃいけないのです。







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今年成人になられた皆様、おめでとうございます。

例年この成人の日には荒天が多く、
新聞やTVでは紋切り型の
「試練のスタート」などと書かれています。

ところが数年前から1/15ではなくカレンダーによって日付が変わり
タイミングがいいと晴れになったりすることがありました。

それを私たちは「お天気の神様のウラをついたようだ」と笑っていたのですが
どうやら今年は見破られたようで積もりました。

どうか雪になど負けない強い社会人になってください。


出来もしないことをシャアシャアと並べ立てて気を引くうそつきの多い世の中になりました。
どうかそんな鉄面皮な恥知らずに騙されないオトナになってください。

ろくでもない食べ物を外国から仕入れてきて安価だからと言って
売りつける輩が幅を利かせる世の中になりました。
どうかそんなカラクリを見抜けるオトナになってください。

私達中高年も若い人達の足手まといにならないよう頑張ります。




2011.01.02 米と小麦
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

天気予想が外れてくれたおかげで雪のない
お正月を迎えることが出来ました。
1/2
今日から麺打ちの仕事を始めました。
1/4からの営業日にお出しするには今日から始めなければいけないからです。

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玄関には毎年こういう無骨なしめ飾りをかけています。
稲わらだけの華やかさのないものです。
この藁を寄り合わせたものを見ると麺の生地を打っている
所とそっくりなんです。
一本一本を束ね寄り合わせたお飾りのように

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小麦粉も練り、打ちながら多層構造を作る。
一晩寝かせて明日早朝にカットして4日の初売りに備えます。
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米と小麦粉
今年もこの2大主食にこだわり抜いて
また新しい旅を続けましょう。
正月という一里塚でほんのしばらくの間の一休みです。

かつて
化学調味料を排除して数多くのメニューをこなさなければならなく
なった時に一番手こずったのがチャーハンです。

意外に思われるかもしれませんがチャーハンには美味しくなる要素が実は少ないからです。
油と卵
ご飯とネギ。
そして具材と塩コショウ、仕上げの僅かな醤油。

普通にこれだけで作ったのでは美味しくなりません。
ですから普通は化学調味料に頼ります。
それだけでがらりと旨味が出て
『チャーハンってのは美味しいものなんだ』と思い込まされているだけです。

化学調味料を入れてチャーハンを作るのと同じ手順で無添加で作ってみれば
チャーハンが実はそれほど旨味のない料理なんだと解るはずです。

レシピを再構築し、旨味を出すものに正しく手間隙をかけてやることで
美味しく出来るんだという事を解るまで少々時間を要しました。

さて、ある有名な料理人がいます。
ヌーベルシノアの世界では第一人者です。
その彼がTVでヒラメの骨を干してから揚げにしたものを砕き
粉末にしたものをチャーハンに加えて得意顔をしているのを見て
私は今まで尊敬していた分激しく失望しました。

化学調味料を入れないで美味しくするためには色々な取り組みがあっていいでしょう。
でも、蛇足はいけません。
愚か者にありがちですがプロはそんな事じゃいけないのです。

私が取っている方法はアルバムスライドで公開、説明してある通りですが
なにもそれだけが一番だなどとは申しません。

でも例えば
煮干しの粉末を加えると聞けば
『なるほど!』
と思われるでしょうか?

答えは否です。

煮干し粉末には栄養はふんだんに存在します。
でも頭や腹にはエグミや苦味などの嫌味要素があり過ぎます。
それらを除去して粉末化しても尚です。
煮干しは上手く「だし」を取って初めて「美味しいだし」になるのです。

それを勘違いしてチャーハンに丸ごとの粉末を入れるというのは
化学調味料を入れない「代わりに」何かを入れねばならないんだという
未熟な強迫観念と研究不足から来る「手っ取り早く」という愚かな発想だけです。
ようするに入れるものを代えただけで
何も変わってはいない
未だとらわれている事に変わりないのです。

これは最近とみに目にするようになった
「醗酵調味料」や「たん白加水分解」などの旨味調味料なども同様です。
しっかりした味覚を持っていればなんら変わりが無い事にすぐ気づくはずです。
永年親しんだ化学調味料の味に舌がすっかり馴染んでしまって
ついその感覚にしがみついている事を自覚すべきです。

きっちりと手間隙をかければそんなものに頼らなくとも
「替わりの何か」を探さなくたって美味しく作れるのです。
基本のレシピの中に答えは既にあるのですから。

替わりの何かを探し、妙なものを取り入れて得意顔をするなんてもってのほか。
レシピを再吟味するべきでしょう。

子供がまだ幼かった頃
親子でレゴブロックでよく遊びました。
様々なパーツがあり創意工夫心を刺激するものでした。

子供は器用に色々な形を作って想像を広げ
「何だって作れるよ」と言いました。


今、若い料理人が創作料理や自由な発想を取りいれた斬新なメニューを盛んに開発しています。
でも私はもう化石の部類に入るのでしょうか
こう思うのです。

レゴブロックでどんなものを作ろうとそれはレゴのパーツの枠からははみ出ません。
料理も化学調味料という便利な部品を核としている限り
その枠からははみ出ないのです。
これさえ入れれば「何だって作れる」と喜んでいる場合ではありません。
そんな料理では膨大な研究開発費をかけれる大メーカー品に勝てません。

基本を見つめなおし化学調味料を入れないで美味しく作るのにはどうしたら良いのかを考えるべき時です。
それが料理の基本
「理(ことわり)を料(はか)る」
という事です。

いや、
昼のミニ丼のチャーハンのトライについて書こうとしていたのに
話がついあさっての方にいきました。
また次回に書かせていただきましょう。









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富山県では昆布を非常に多用しますがこれは「トロロ昆布」です。
これをおにぎりの外側にまぶしたものが大好物な県民なんです。
でも、ほとんどの昆布製品がアミノ酸まみれなのが実情。
なぜか?
旨味のない安物の昆布で製造するからです。
こちらのように添加されていないのは良い材料を選択している証なのです。

それにしては価格は何故かほんの少々高い程度です。??
そうです!
市場原理という化け物の正体は良いものほど価格を押さえつけられ
程度の悪いものほど一見安価に見せてはいるものの実は暴利をむさぼる
という一面を持っているのです。

乱暴なきめ付けをするなら、
ですから粗悪品を上手に誤魔化しているところほど大きくなり、
良心的な商品を製造販売しているところほど零細だという側面を持っています。

原価が30円の陳列商品はせいぜい50円程度の価格なのにたいして
原価が3円のものなら安そうな顔をして40円の価格を堂々とつけれる訳です。
原価と仕入れ価格は違いますがつまり流通関係者はおおむね「利幅」を摂るのです。
ですから、今年のような野菜が高騰しているときこそがチャンスなのです。

「国産野菜が高すぎますからウチは生活応援のためにやむなく中国産を仕入れています」
「玉葱が3個で98円です、お買い得でしょう!」

つまり高価な(,20年に一度の大チャンス!)玉葱があるお陰でより利幅率の大きい安価な玉葱(しかもケタ違いに安く仕入れた)を恩着せがましく大量に売れると言うわけです。
消費者側から見ればはっきりいってイカサマもいいところです!
全部流通側が仕掛けている事じゃないですか!
相場を釣り上げるのも何もかもが!
生産者がうるおったという話は聞きません!
それどころか火事場泥棒みたいにここぞと安値の野菜で暴利をむさぼっている輩が多いのです!

システムも間違っていますが人間の性も悪すぎます。

本物を見極めて買いたいものです。
本物を少しだけ買い、大事に惜しんで使うことが正しい「もったいない」だと思います。
安いから心置きなくふんだんに使える というライフスタイルが何をもたらしたのかをこんな機会にじっくりと顧みるのもいいんじゃないでしょうか?

私は直売所を頼りにしています。
ここには違うシステムがあるからです。




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(比喩として使う為に並べました。)
(麩は重宝していますので決して批判目的の為ではありません。)
(麩製造者の皆様どうか悪意には取らないでください。)

麩は大変に優れた栄養食です。
でも、もしここに肉の味と風味を備えた麩があったとします。
肉を食べたいと思った時に左の本物の肉を食べますか?
それともはるかに安価な右の肉味の麩を選びますか?

これは長年私が言い続けている比喩です。
もし、今本物の肉が手に入らなくなってしまったら
仕方がないのでそんな偽装肉でも食べるかも知れませんね。
(もちろん肉食否定主義者は違うスタンスでしょうが)
大豆グルテンで作ったタンパク肉などは既に存在していますからあながち空論でもありません。

でも、本物の肉の味を懐かしむ人たちには受けてもそれはほんのしばらくの間です。
『安いからこれでも仕方がないさ』
と諦めて我慢して買ってくれる世代がいなくなればもう次の世代は買わなくなります。
わざわざ不完全で中途半端な食品を求める意味が無いからです。
そも、オリジナルの「肉」を知らない世代は懐かしむ為にガマンしてまで単なる麩より高価な擬似肉を求めないからです。

紫蘇のふりかけに話を沿わせましょう。
先に私が作る昔ながらの紫蘇ふりかけを紹介しました。
塩と梅酢の味を染み込ませた紫蘇です。
太陽の熱でゆっくりと仕上げます。

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では「ゆかり」を商標登録しているこちらのM食品のものには一体何が入っているのでしょうか?
紫蘇、塩、砂糖、アミノ酸、リンゴ酸
ではこのうちの何が「食べ飽き」を起こさせるのでしょうか?
まず、不要なものが添加されている事。
砂糖、アミノ酸です。
次に必要な物が入っていないこと。
梅酢です。

これが食品を工業化する人たちの常套手段とはいえ
ほとんど死に絶えようとしている漬物工業会社と呆れるほど中身は一緒です。

昔から塩梅(あんばい)と言えば丁度良い塩加減を指します。
その為の努力や一定の売れ筋範囲を狭める覚悟を怠けて、
誰にでも受けるいわゆる万人ウケなどという幻を追った愚かな商品を作っていることにいまだに気づいていません。

万人ウケなどという食べ物は存在しないのです。
少なくとも工業化でもたらせは断じてしません。
そんな物がもしあるとすれば手作業の結果でしか得られないのが本当の所です。

機械工業が進んだおかげで確かに便利になりました。
大量生産によって確かに安価で高機能な工業製品が出回り私たちの暮らしを豊かに助けてくれるようになりました。

でも、食べ物は違うんです。
農機具は随分普及しましたが、実際に作物を育てているのは人の手です。
土を作るのも人の手。
時期を見極めて収穫するのも人が判断して行うのです。
ですから、今年のような不順な年には優劣が出てしまうのですが、それはまた機会を改めましょう。

昭和30年代に規制が緩和されてから新しい加工食品がどっと街に溢れかえりました。
けばけばしい色のハムや保存料のたっぷり入った腐らない便利な加工食品(製造販売する側には夢のような、買う側は悪夢のような)です。

この時からわざわざ家庭で作らなくとも安価にいつでも買えるようになったからと顧みられなくなった食べ物達のなんと多いことか!。
ここから日本人の食品に対するアンテナがさび付き始めたのです。

それ以来なし崩し的に危険を予見する外堀を埋めるようにして新商品を受け入れ続けているのです。
カップ麺が出た時に「便利」が一番に叫ばれました。
確かに災害時であったこともそれに拍車をかけたでしょう。
ですが日常は災害時とは違うはずです  が簡単に意識を置き換えてしまったのです。

カップうどんを例に挙げましょう。
生の茹でうどんが入っていて常温で販売されていますよね?
薬品が入っていなければ無理な話です。
カツオだしの味と風味はあります。
でも、どんな栄養があると思いますか?
ほとんどゼロです。

肉の味、風味のする麩を食べているのとなんら変わりはないのです。
いえ、麩よりはっきり劣っています。
食品の工業化というものはおおむねそういうものです。

私たち一般の食品を扱う職種の原価率というものはだいたい30%前後と言われます。
100円の商品なら30円前後の材料費 それが一般的な損益分岐点です。
残りの70%で光熱費、人件費、設備諸経費の回収などが引かれて残るのが少々の純益となります。

ところが工業化をするのに膨大な機械設備費を先行投資して、そんな原価率ではとても回収なんて不可能です。
最初からまともなものなんて期待できない  といっても過言ではないでしょう。

もし私がそんな会社の開発担当だったら(また出た!!)
世界中から安価な材料を調達してこう書きます。
一番良いものを選んで来ました!
また、食品に対する不安が残る国からの仕入れには
一番生産量の多い国から仕入れました
と書き 多数派安定志向の多い消費者をなだめます。

そうして主点のみを強調した商品を作るのです。
紫蘇さえ入れておけば文句はあるまい。
塩が入っていればふりかけになるだろう。
味が塩辛いと言われないように砂糖も混ぜておこう。
旨味がないといけないから化学調味料もしっかりと。
酸味? 最後にちょっぴり入れておこうか何しろ酸味は嫌われやすいからな。

これはあくまでも
もし私が社員だったらという仮定での話です。

でも仮にそんなスタンスで本当にやったら100円のものを数円で作る事ができるかも知れません。
そうすれば本当に安い物を
お客様のため、暮らし応援します!
と言って99円で恩着せがましくセールできるかも知れませんね。

原価を考えればちっとも安いとは思えませんが皆様はいかがお考えでしょうか?

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私は紫蘇のふりかけを炎天下で汗かきつつ揉み解しながら
いつも母を思い出します。
私が大好物だったため毎年たっぷり作ってくれました。
わざわざ梅酢を絞りすぎず時間がかかるのを厭わず。

揉み解しても全部が一気に終わるわけではありません。
ほぐせないのはまた干しなおします。
固いのはすり鉢ですり潰します。
そうしてまだほぐせないのはもう一度干しなおします。
こんなに手をかけてようやくふりかけになるのです。

自分が美味しく食べたい ということももちろんあります。
でも、家族や大切な人たちの喜ぶ顔を見たいことも大きな原動力になります。
手作業の美味とはそんなものだと思っています。
おかげで息子も大好物です。
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そうして美味しい物を次世代に繋いでゆく、たったそれだけで国の未来が明るくなるとは言いませんが少なくとももう少し加工品を見直す事が必要だと思いませんか?

今、安くあげる事が出来ても医療費などでかえって高くつく可能性があるとは思いませんか?
そしてその時に医療を正しく受けられるのでしょうか?
まず、正しい味覚を取り戻す。
その為の努力を始める。

そうして危険を予見できるセンサーを磨きましょう。

大勢の皆がそうして本物の美味を求めればほんの少しこの国も良くなるかも知れません。
決して大げさな話でもないんですよ。
ここ数年の急激な化学調味料離れがそれを証明しています。







2009.06.30 山菜の話ー2
前回ろろさんより頂いたコメントから始めてもう少し話を続けてみます。

高い山では山菜の環境が違うから風味も違うという話に対して
>これすごいですね。

>まるで海中の単細胞生物のように、草も、周りの環境と物質を交換しながら生きているということでしょうか?

と、いただきました、ありがとうございます。
これを口実にして待ってましたとばかりに繋いでまいります。

まさしくこのままなんです。

かつて私が無添加的食生活という事を声を大にして言い始めたとき考えられない程多くの反論、反発がありました。
それらのほとんどは無知によるものでいちいちここでは書きませんが、中にはこんなひっかかるものがありました。

「いくら気をつけていたって酸性雨や環境汚染からは逃れられないじゃないか」
というものです。
こういう事を言いたがる方達は私の主張、考え方を張り出した掲示物に対して
(当時は店内に出していました(^0^!))
「能書き」と揶揄していましたから、
私の言う無添加生活をするとたちどころに効能があるのだ  
と言う風にしか読めなくて
それで更に幼稚の上塗り的な反論を試みたのでしょう。
(子供の駄々以下で反論にも、もちろん成りえてませんが)

でも、酸性雨や環境汚染の影響を極力排した環境が高冷地の植物であるとここまでお読み頂いた皆様にはもうご理解いただいていると思います。

雲が雨を降らせます。
子供でも知ってますが、大人も本当に知っているでしょうか?
低い山に掛かる雲、高い山の雲 みんな同じではありません。

一番高い所の雲があるとして、もしかしたらそれは平地までは雨を運んできてはいないかも知れません。
街に降る雨はもしかしたら街の汚れた空気を押し戻しているような雨かもしれません。

食べ物は私たちの命を繋ぐ大切なものです。
決しておろそかにしてはいけない筈です。
私たちはそこから逃れられないからです。


ライオンは肉食ですから草を食べれません。
しかし、植物性の栄養を欲する時彼らは草食動物を倒して真っ先に腹を食べて欠乏要素を摂ります。

人間もサンマなど非魚食魚のハラワタを食べることでプランクトンが持つ必須微量元素を摂ることができます。

肉を食べる時に肉の味がしますよね?
それはもしかしたら相当凄いことなのでは? と考えたことはありませんか?

子供の頃ニワトリを飼っていました。
たまに放して草などを食べさせます。 見張りは私の仕事です。
そうして見ていると虫を懸命に探し食べる奴、草ばかり一心に食む奴がいます。
でも、潰して食べると同じ味がするんですよね。
(当時は卵を産まなくなったら家で食べると言う事を極自然に受け止めていました)
それは日常的な餌が配合飼料だったからです。

オーストラリアからオージービーフが入ってきた初めの頃「グラスビーフ」と呼ばれクセがあるなどと言われたものです。
グラス=牧草ですね。
なんと素晴らしい肉だったんでしょうか!
その後のBSE騒動を考えてみてもなんだかかけがえの無い物を失ってしまったような気がします。
現在では日本人の口に合うように出荷目前には配合飼料の飼育に切り替えているそうです。

石川県に上田さんという方がいてほぼ牧草だけで牛を育てています。
しっかりとした考えをお持ちで覚悟の上のお仕事ですが、値が付かなかったそうです。
草だけじゃ脂肪がつかないのです。
市場では脂肪の少ない牛肉は最低価格しか与えてくれません。
私たちの参加している共同購入会が銘柄牛並の価格でまとめて買い上げるからかろうじて成り立っているそうです。
この肉は硬いのですが噛むほどに味があり慣れればとても美味しいものです。
グラスビーフほどの草の味がしないのは少量だけ与えている米ぬかの効果でしょうか?

アイルランドの一部沿岸域や他の国でもありますが、
羊肉や牛肉にほのかな塩味のついたものがあるそうです。
海岸で放牧されるため潮風にさらされた草を食べ続けるからです。

こうして羊や家畜は本来、自然に育ち美味しい肉になっていくのです。
(もちろん命あるもの肉製造マシーンではないのですが)

配合飼料が出現してから様相が変わっただけです。
モンサントや穀物メジャーの悪巧みまにでは筆がまわりませんが、
巧みに「肉の味」が出せるように配合されたそれの中身にはあまり感心できないものも入っています。
結果だけ言いましょう。
とうもろこしの味しかしない肉になります。

さらに手抜きをするところもあって、飼料に防腐剤や抗生物質を添加するところもあります。
ラーメンなどを食べてチャーシューが「臭い」「火が通ってない」と感じた事はありませんか?
チャーシューは長時間加熱しますから火が通らないと言う事はありません。
あの匂いは抗生物質や防腐剤を食べさせられた肉の味です。
さらに長時間加熱し直しても匂いは絶対抜けません。

私はホタテ貝が大好きでよく求めます。
食い意地が張っていますから丸ごとの旨味を食べるため味噌汁にします。
そういうと必ず「もったいない」と咎められますが、
貝殻ごとじゃぶじゃぶと洗って放り込み仕上げると丸ごとの旨味が味わえる本当の意味で「贅沢」を堪能できます。
殻から外してヒモを捨ててお刺身にする?
身だけをバター焼きにする?

もちろんそれも美味しいでしょうが、それらのほうがよほどもったいない贅沢というものです。
それに、大事なところも見逃してしまいます。

天然物は海底に何重にも折り重なって生息しているそうです。
ところが潮が変わると(環境が気に入らなくなると)
その大量のホタテが一晩でいなくなるそうです。
カスタネットのようにパクパクと泳ぎとんでもない距離を移動します。
だから更においしくなるわけですが(笑)

養殖物はひと目でそれと判ります。
泳いで逃げ出さないように蝶番の端がヒモでつながれていて、
ヒモを持ち上げて海中から出し、ヒモを切って出荷した名残がそのまま残っているからです。
一度、これを求めて味噌汁にしましたところ、
まるで海中の悪い水がそのまま染み出してきたかのような不味いものになり困りました。
キレイな海域ではあっても潮の流れによってはキレイではない時もあるからなんですね。
逃げ出せる天然物のホタテはそんな時、繋がれてしまっている仲間を横目で見ていくのでしょう。
そんな可愛そうな味がしました。
上身だけをお刺身にしていたらもしかしたら判らずじまいだったかも知れません。

イワシを主原料にしてブリなどを養殖していたのは昔話になりました。
イワシが高騰したからです。
近畿大学はその道では世界一の技術をもっています。
ここ富山県にも試験場があります。
でも、私はここだけの話ですが養殖物を食べません。

魚の味が変だからです。
イワシを与えて育てればブリだってマグロだってイワシのような味になります。
最近はペレットという配合餌を与えてますから、もちろんペレットの味がします。
ペレットの成分も違うはずなんですが、
ニジマスもブリも同じように感じます。
「特製ペレット仕立て」というやつです。
嫌いです。

ニジマスもブリも本来とても俊敏な魚達です。
おそらくそんな養殖場のような環境になったら天然自然のなかではたちまち逃げ出しているはずです。
でも、可愛そうに逃げられないのです。
だからせめて少しでも良い環境をと研究する大学は素晴らしいとも言えます。


私たちは食物連鎖という名のピラミッドの頂点にいます。
ライオンにならなくたって植物の栄養を分解吸収できる構造を持っています。
魚に変身しなくたって深海のプランクトンの栄養を取り込めます。
でも、何をどう食べるか?
をちょっとだけ考えてもらいたいのです。

もうひとつ食のピラミッドというものがあるのをご存知でしょうか?
底辺はとても広く、多彩なジャンクフードが占めてます。
頂点にいくほど無農薬、無添加などのハードルが高くなり、
頂点は食べて安心、体によくて美味しい食べ物となります。

昔、仙人が山に住むと聞いた時に何を食べているのか?と聞くと
「カスミを食べている」
と教えられました。

私たち生身の凡人はカスミでは生きていけませんが
山でカスミを取り込んで育っている山菜なら採って食べることができます。

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こういう高山地帯では降雨量が多いのか少ないのか私には解りません。
他から流れ込んでくる川もありません。
でも、とても瑞々しいのです。
オオバギボウシなどは根から切り離すとボタボタと水がしたたり落ちます。
味も平地のものとはまるで違います。
それは同じものとは言えないくらいの違いです。

環境や栄養が違うとこんなにも味に出るものかと今更ながら驚かされます。
その原因は「適応」にあると本や学校で学んだ知識が頭の中でささやきますが
そんなことはどうでもいいんだと目の前の教師が優しく教えてくれるのです。

野菜を食べる と言う事はその土を食べるということです。
汚染された土で健康を養えるわけがありません。

魚を食べる と言う事はそこの海水を飲むということです。
汚染してはなりません。
必ずわが身に帰ってくるからです。

食べ物は私たちの命を繋ぐ大切なものです。
決しておろそかにしてはいけない筈です。
山や河を汚してはいけません。
私たちはそこから逃れられないのです。
自然に対する忘恩の行いは必ず帰ってきます。



なにも、贅沢な美食をしようと言ってる訳ではありません。
人間も、動物も、魚も植物も草もみんな何を食べているかによって
味が決まる と言う事はそれらを取り込みつつ体の細胞を常に入れ替えているということなんです。

パソコンや車の性能をアップしたいときにわざわざ壊れかかったパーツや部品に換えますか?

生き物すべて懸命に食べて  生きなければなりません。
それが神からの指令です。
人間も命を奪いながら生き続け次代に命を繋ぐのが定められた使命ならば
正しくその使命をまっとうしたいものです。
食べ物に無関心だったり、不真面目だったりすればたちまち自分に返ってくるばかりでなく
必ず周りにも迷惑をかける結果になります。

昔、漫画の「ドラゴンボール」で主人公の孫悟空が言うこんな有名なセリフがありました。
地球を救う戦いでピンチに陥ったときに
「地球の皆!オラにちょっとだけ皆の元気を分けてくれ!」
というものです。

私たちは毎日これをやってるんです。
それに気づいて欲しいと思います。
そこに思いがいたれば自然に「感謝」の気持ちが起こるはずです。

私たちは小さな「地球」と言う名の水槽に生きる魚です。
ほんのちょっとだけ普通の魚と違うのは自浄能力を持っている所です。
今からそれを自覚すればまだ私たちは救われるかもしれません。



P.S.
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これはそんな山で採ったフキノトウです。
黄色っぽいでしょう?
春が来て芽吹き花が開き始めます。
でも、悲しいかな上にはいつまで経っても硬い雪が覆いかぶさっているのです。
それがようやく溶けて天井が無くなった瞬間のものです。

自然の恵みに感謝します。






このお酒をご覧ください。

IMG_5552.jpg知る人ぞ知る名酒。
「住吉」です。
銀と金があります。
それぞれ金住吉、銀住吉と呼ばれ熱烈なフアンがいます。

辛口できりりとした味わいです。
でも、最近まで随分とご無沙汰をしていました。

化学調味料を受け付けなくなった始めのころ、
ある有名なお酒を飲んだらはっきりとその嫌な味を認識できたのです。
全ての本醸造酒がそうだとは言いません。
でも、その有名なお酒だけが特別な訳でもないのです。

大量の水で伸ばして、アルコールを添加します。
でもそれだけじゃ米の旨みがありませんから美味しいお酒にはなりませんね。

ここで登場する強い味方が「アミノ酸等」と表示される「複合調味料」です。

この世界では最大のA社。
噂では世界中の美味しい味を粉末で再現できる と豪語するそうです。

お米の持っている多種のアミノ酸を合成できるのです。
その中に普通の化学調味料も含まれます。

「ちょっと待った! そんな事はどこにも書いて無いよ!」


とおっしゃる方もいそうですね。
醸造アルコールの方に加えておけばそれらの表示義務は発生しないのです。
キャリーオーバーと呼ばれます。
もちろん、全ての酒蔵がそんなアミノ酸等なんてものに頼ってる所ばかりじゃありません。

本醸造酒でも美味しくて正しいものは沢山あります。
この住吉もそうです。
でも、ついにここでも純米酒をこうして出してきました!
(西長江のリカー小林さんで好評販売につき来月の入荷待ちです)
(Tel.076-423-1956)


恥ずかしながら私は長い間日本酒の美味しさを判らずに、いえ知らずに生きてきました。
それを私なんかより随分と若いgskierさんに教わりました。

二日酔いをする、悪酔いをする、酔い心地が悪い、などの理由から避けていた私に
「良いお酒はそんな事はありません」と
新しい世界を見せてもらえたのです。


「飽食の時代」と長らく言われ続けてきました。
「飽食」を溢れかえる食品と捕らえがちですが私は解釈が違います。

美味しいご飯は毎日食べても飽きません。
しかし、低レベルのお寿司屋さんや一部の弁当屋さんでは炊飯添加剤を混入していて
そんなご飯はすぐに食べ続けられなくなります。
食後、胸から腹にかけて膨満感に襲われて気持ち悪くなるからです。

もちろん、業者は不味くしようと思って入れているわけではありません。
むしろ、美味しくしようと思って添加します。
化学調味料と根源は同じですね。

問題は 美味しくないお米を用意しているから

です。
簡にして潔。
不味いものを美味しくする には魔法でも使うしかありません。
まさしく便利な「魔法の粉」に頼ると   「飽きる」のです。

マクベスに出てくる魔女達の「悪魔のささやき」のようではありませんか!
シェィクスピアをパクッて台詞をあてはめてみましょうか?
「極北の氷山でも溶けない限り絶対大丈夫だよ 今の内にたんと儲けなさい」

いえ、温暖化と化学調味料とには因果関係はありませんが。

動くはずの無い山が動いてマクベスは滅びます。
氷が現実に溶け始めているのにまだアミノ酸等に頼り続けるのでしょうか?

さて、飽食に話を戻しましょう。
うどん、蕎麦が売れなくなっているそうです。
本当でしょうか?
実際は食堂系のうどん、蕎麦が飽きられてきているだけでちゃんとしたうどん、蕎麦に消費者の需要がシフトしているだけです。
茹で置きを温めるだけ、酷いのになると業務用のダシをかける。
アミノ酸等に依拠した既製品を具に乗せる。
そんな物は飽きられて当然でしょう。

漬物が売れなくなっているそうです。
アミノ酸等を大量に添加し、外国産の材料を
「消費者の好む味」に便利に整えた物 は飽きるというより若い世代ははなっから受け付けません。
でも、私の店では少しだけ良い塩で漬けています。
たったそれだけで若い世代も喜んで食べてくれます。
販売不振を嘆く漬物業界の人たちは自分達の商品を実際食べなさいよ と。
毎日食べ続ければ答えはすぐに出るはずです。

不振な業界はこの他にも沢山あります。
「資本主義社会なんだから利益追求して何が悪い」とか
「本物は作れますよ でもお高くなりますよ  絵文字名を入力してください絵文字名を入力してください
などと言ってる所なんかどうでもいいですが、
家業として頑張っているところにこそ復活してもらいたいのです。

私の小さな店で中国料理店とラーメン店とで計15年ほど化学調味料を使わない仕事をしてきました。
原点回帰はそれこそ海図もコンパスも無い暗夜航路でした。
一冊数万円もする専門書ですら平気で化学調味料云々とレシピ指定しているのです。

しょうがありませんが全て手探りでした。

でも、生き残りや復活を目指すのなら原点回帰しかありません。
小さな所ほど簡単にできるはずです。
大規模な所ほど困難なはずなのにとっくにその為のノウハウを取得しています。
私はそれを10年以上前から言い続けていますが誰も耳を貸しませんでした。

最近ではコンビニですらこちらに舵を切って来ています。
大手がいよいよそうなると零細な所はなにで闘えますか?
消費者の望まないものでは闘えるはずもないではありませんか?。

幸い、昔ながらの商品を扱う業界には水先案内人がいます。
昔ながらのレシピです。
私なんかのような小さい店よりはるかに膨大な資金を動かす酒蔵でさえ勇気を持って取り組み始めているのです。
大変な苦労が伴うだろうと思われます。

でも、食糧危機が忍び寄ってきている今こそ。
次の時代を見据える為にこそ今、原点回帰を為さねばならないのです。

久しぶりに飲む「住吉」の「純米」 はどっしりとした美味しいお酒でした。
「こんな美味しいお酒が飲めるうちはまだまだ日本は大丈夫」
 と勇気と元気が出ました。




   WATTATA(河を渡った)♪        忌野清四郎
 
 俺は河を渡った (渡った)
 暗い夜の河を 渡った (河を渡った)
 
 泥水を飲んで
 おぼれそうになって
 助けられたりして
 そう 俺は河を渡った