美味しい魚の見分け方
2007 / 12 / 23 ( Sun )
美味しい魚と言う定義づけは実はむずかしいんです。
エラソなタイトルをつけてしまいました。

自分はまだまだ勉強中ですがその中で少しでもどなたかのお役に立てればと記してみます。

まず、旬の魚を選ぶ事。
つまり、一番美味しいとされている時期の魚を選ぶと言った事です。
当たり前のようですが実は奥深いのです。

太平洋側ではスズキは夏が旬だと言われますがこちら日本海側では冬だったりします。
鯵などは年に2回美味しい時期がありますし、やはりプロの意見を拝聴するのが最も確実です。

いちいち相手をしてくれる魚屋さんと馴染みになるのが一番ですが、最近のスーパーなどでは担当の人がいなかったり無知だったりしますから自衛の為にも出来るだけ知識は必要かと思われます。

今回は手っ取り早く判断できる事をひとつだけ書きましょう。

「太った魚は美味しい」

同じ魚種が何匹も並んでいる場合に見比べるポイントです。

同級生ばかりのはずなのに大食いの子は太っている、痩せて小柄なのもいる。
これは人間の世界も魚も同じ。
ひとつの群れの中にも色々混じっています。

では太っているってどこが?  どういう風に?
以下恥ずかしながら小生のイラストをご参照ください。
deji-8_20071223162549.jpg


ポイントは肩の盛り上がり具合と腰、尻回りの肉付きです。
ぷっくりとしたものは美味しいです。

腹は当てになりません。
というより腹がぱんぱんなのは避けた方が無難な場合が多いです。

胃にたっぷりと獲物を持っているというのは傷みが早いんです。
美味しい卵でも入っていれば話は別ですが。

本当は手に持ってみると身肉の厚みではっきりと判るんですが、横から見た場合だけを想定して書いてみました。
でもたったこれだけでも知っていれば下ごしらえの済んだ魚でも見分けが出来るようになります。
秋刀魚などははっきりと肩肉の違いが出ますから。


また、時期に関係なく常に美味しいというケースもまれにあります。
海は大きく世界中に繋がっていますからどこまでも回遊する魚もいます。
でも、本来回遊魚でありながら回遊しないで居ついてしまっている魚がそれです。

エサや湧き水などの様々な好条件に恵まれた浅瀬などに付く魚を
「瀬付き」と呼びます。
エサや適温を求めて回遊する必要がなかったんですね。

今ではすっかり有名になってしまった「関アジ」「関サバ」などがその代表格です。
他には地名は忘れましたが「黄金サバ」というのもいます。

長年の勘で海中の様子を視ることが出来る玄人の漁師さんだけが手にすることが出来るのです。
富山湾にもそんな瀬があります。
先日はその瀬付きのアジを酢で絞めてお昼に出しました。
deji-8 1234


反応は好評でした。

このタイトルでは随時連載をしていきます。
他にもっと詳しい方がいらっしゃればお知恵も拝借できれば幸せです。
ぜひ、書き込みをお願いいたします。
皆で知恵を交換しあい、賢い消費者になる一助となればなによりです。




16:59:06 | 自説、提案 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
2007 / 10 / 24 ( Wed )
ここ早月川に今年も鮭の遡上が始まりました。

はやつき川

ここは富山市と魚津市の間を流れる川です。
魚津水族館と遊園地が向こうに見えます。
鮭の遡上という名の命の饗宴

毎年沢山の鮭がこうして里帰りをします。

が、実は私はあまり見に来ません。
あまりに健気で可愛そうになるくらいだからです。
ぼろぼろになって ウロコも剥がれても必死に泳ぐ ひたすら本能の命ずるまま

育った川水を探し当てて河口をしばらく回遊して海水から淡水へと体を慣らしいよいよ遡上開始し、さあこれからというところです。


4年をかけて成長し産卵の為に育った河に帰る。

もう、それだけでいいのに。
いつもそう思います。
後は放っとけば勝手にその生命サイクルは循環出来るんじゃないんですか?
いつまで人間がその神聖な営みに介入しなければならないのですか?


ヤナでせき止められ行き場を失います メスは孵化場行きになります。オスは、(TT)


鮭の命がけの旅はここで終わりです。
ヤナ でせき止められます。
後は卵を人工孵化させて稚魚を放流しています。

せめて孵化に必要な最低限を確保したら後はヤナを開放してやって欲しいと願います。

食いしんぼうもたまには反省する瞬間です。




石よ木よ水よ ささやかなもの達よ 僕と生きてくれ

繰り返す悲しみを照らす灯をかざせ

君にも僕にも 全ての人にも

命につく名前を「こころ」と呼ぶ

名も無き君にも 名も無き僕にも


「命の別名」by  中島みゆき



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料理の理
2007 / 09 / 20 ( Thu )
私は料理番組をよく見ます。
すると家内は「本当に料理馬鹿だね」と笑いチャンネルを勝手にゴルフや野球に代えてしまいます。
分かりきった料理でも人によってはとんでもない発想があったりして何でも面白く見れるんですが確かに普通の家庭では男女の好奇心的としては逆かもしれませんね。

こんな話を始めたのも先日メールで「あんな餃子の作り方では水分が酷くなりませんか?」というお問い合わせがあったからです。
詳しくお答えを出したのでもう大丈夫でしょうがこちらにも書いておこうと思います。

TVで教わりました。
いい事はじゃんじゃん取り入れています。

麩を使います。
麩は保水性に富み、しかも口の中で噛まない限り水分を出しません。
粗めに砕いて具に混ぜるだけです。
特に味付けの変化は不要です。
これはひき肉の料理全てに応用がききます。
ハンバーグでも肉団子でもです。
余分な水分を吸って溜め込んでくれるので
ジューシーに仕上がります。
先日の餃子の作り方に補足させていただきます。

さて、明日から平日限定メニューで「ワンタンメン」を出すので今日はその仕込みでした。
これもまた、具が硬いと美味しくありません。
なにしろ「雲呑」雲を呑むと書くんですからゴツゴツしていたら岩ですよね。

豚引き肉だけではいけません。
鶏を混ぜます。
鶏肉は加熱すると身が縮んで肉汁を大量に滲出させるのでジューシーに仕上がるのです。
この2種ひき肉に みりん、醤油、生姜絞り汁少々だけで味付けします。
ごま油は入れてはいけません。
玉葱を少し細かく刻み片栗粉を少しまぶして肉に加えます。

卵白を泡立てて角をたてます。
肉にやさしく混ぜ合わして完成。

皮で包んで冷凍保存します。
ジューシーすぎて冷蔵ではたちまちくっついてしまうのです。

でも、ここまで手をかけてもやはり決め手は皮の滑らかな食感です。
皮の良し悪しで決まるのはやはり餃子と同じですね。

ここまでは秘密でも何でもありませんから公開しておきます。
私たちの本当の入念な仕事というのは実はここから先にあるのです。

さて、今回も無事「ふうわり」と仕上がりました。

ワンタンを一番的確に表現できる中国風の雲の絵。丼の中に浮かばせてみたくなります 試作してみました。これがラーメンに乗るわけです、毎回大好評です<br />

21:23:22 | 自説、提案 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
竹の子採り=森を守る?
2007 / 05 / 10 ( Thu )
今年は竹の子が不作でした。
普通一年置きと言われている「ウラ年」にあたるんでしょうか。
でも、これにはれっきとした理由があるように思っています。
自論ですが、
竹はものすごく成長が早いのです。
一年でゼロから20数メートルにまで生長するものなんて他にありません。
それで一気に葉を広げて光合成を独占してしまいます。
だから竹薮では小さな木はそれだけで育ちにくくなってしまいます。
私達が目で見ている竹はいわゆる竹の木や葉なのですが、地下茎の竹はむしろこちらの方が実体ではないかとすら思えるほどのしたたかさです。
網の目のように繁茂します。
それで元気のある部分から竹の子 つまり枝葉を出すわけですね。
強い茎からは太い竹の子が3〜4本とそれこそなんとか3兄弟4姉妹と言った具合にでてきます。
それが生長して光合成を得てまた茎が繁茂するとどうなるか?
実はいま日本全国でこのような竹林の暴走が止まらなくなっているそうなんです。
過疎や高齢で放置された田畑、手入れのされなくなった森林、集落、、、竹の侵食をもはや誰も止められないのです。

昔からザルや生垣、物干しなど様々に利用されてきた竹。
プラスチック製品などで取って代わられて今ではすっかり不要になっているんです。
上からは光を奪う。
地下ではネット状の茎が絡み合い締め付けあいお互いの存在すらしまいには危うくさせるほどの強い繁殖力です。
他の樹木は到底太刀打ちできません。
だから竹の子を採りに行くと毎年新たな立ち枯れの木が見つかるんです。
大きなケヤキの木だったり桜だったり様々です。
ともすると巨木の根に地上まで竹根が露出して絡んでいたりします。
そんな時にはその根を切断してやります。
巨木がほっと一息つくのが聞こえるようです。

20070510074239.jpg20070510074323.jpg20070510074402.jpg20070510074429.jpg20070510074459.jpg

ここがポイントなんです。
大切に竹を管理している農家さんは根を切るか伸ばすかはプロの判断でなさっているはずです。
しかし私はむやみに根を切ります。
えぇ そりゃもう目の仇のように切ります。
ですからシーズンに入って竹薮に行くと「あっまたこいつが来やがった」と竹がささやくくらいです。
でもちゃんと味方もいて今にも竹に絞め殺されそうな樹木達が「ここにあるよ」と教えてくれるんですよ。

で、冒頭の話に戻りますが、
竹の子の豊作年には沢山のプロではない人が入り根をやたら傷つけるのでいかなタフな竹でもさすがに弱り、翌年には出が少なくなる。
というのが自説なのです。
この、竹を適度にいじめて弱らせるのが人間と竹の共生なんではないかと思います。

全国の管理不十分な竹林への立ち入りを自由にし、竹や竹の子の採取を自由にすること。
それが嫌なら地主が責任を持って管理をしっかりし立て看板を立てるなど対策を取ること。
中国などの割り箸の輸入依存を改めるためにも国家補助で竹の割り箸を流通させて、使用済み竹箸を炭に加工再利用を!
以上3点を提案します。
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07:59:39 | 自説、提案 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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