2016.03.02 予言
10数年前から私はある予言をして来ました。
いえ、正確に言えば現実的推移に基づいた予測というべきでしょうか。

ラーメン店に鞍替えする前は中国料理店でしたが、
ある事をきっかけにして化学調味料と手を切り店内にその旨を
小さな色紙で表示していたところお客様から
「こんな良いことをやっているのならもっと大きく書きなさい」と
言われたのです。
いえと私は応えて
「つい昨日まで使っていたのにあからさまには言い立てたくない」
と。

その後ラーメン専門店にして大きく表示するようにしたところ
また他のお客様がこう言うのです
「あんたはこんな小さな店だから無添加に出来たんであって」
「大手では困難でも仕方ない話だろう」          と

そこで私は
いえ大手ではとっくにそんな事は対策済みでしょう
こんな小さな私ですらが出来たんです
研究者をたくさん抱えていながら出来ないはずがないじゃありませんか
今、それをやらないのは単純にコスト面での理由だけでしょう  と

その方は鼻で笑っておいででした

頻繁にカップ麺などを食べる方にはその緩やかな変化は見えにくいかもしれません
私は自分から進んでそれらを手に取る事はほとんどありませんが、
付き合い上、人から手渡されれば食べる事もあります。
定点観測のようなものと割り切っていますが
数年に一度という間隔で食べるとその進化にとても驚かされます。

麺が多加水になりまるで手打ち麺のようになり
そしてスープが見事に改善されていっているのです。

再び10数年前の記憶に戻りましょう

でも、と私は続けました
もし、大手のメーカーなどが化学調味料だけに依拠しない
つまり後口の悪くない商品を作り出して来たら個人経営の飲食店は
何で戦えるんでしょうか?
こんな小さな店だからこそすぐに出来る事を始めるべきなんじゃないでしょうか  と

私の予言の前段は当然のように今起こっています。
「どこそこのラーメンよりよほどあの商品の方が安くて旨い」
という声を頻繁に聞くようになりました。

むろん、そのような言い回しは昔からなされます。
でも最近のスープは明らかに進化をしています。
あざとく尖ったいわゆる
「何味を食べても味の素の味しかしない」
というレベルから明らかに脱却しているのです。

しかし、無添加になったという訳じゃありません。
グルタミン酸にだけ頼らずにより巧妙になって感じにくくなった
というだけなんです。

でもグルタミン酸だけに頼ったスープより旨く感じるのは
間違いありません。

私達が無添加のスープと大きな声で言い立てたとたん
激しいバッシングを受けました。
中には私の事をまともなものを作る能力が無い  とまで
そしる人もいたほどです。

メーカーが急激に変化させずに緩やかに進行させるのもそんな
消費者の「味を変える事への反発」をさせないための戦略なのでしょうが

緩やかな時間があと10年過ぎて・・・
街の味は果たしてどうなっているのでしょうか?

私は今次の段階に入っています。
自由を手にするには叩かれてもぶれない強い心が
重要なのです。





The Bird Without Wings
作詞 越智志帆

僕は不完全  飛べない運命
こんな小さな川でさえ超えてゆけない

頭の真上 あいつが追い越してゆく
水際の僕をあざ笑うように

涙の川泳いで 世界中を見返すんだ
No more cry
不格好でもいいさ 僕なりにあがいていこう

One more try
The bird without wings

嫌いだった 逃げたかった
不自由なこの僕は空を知らない

でも誰より知ってる青空のcolor
僕だから見える世界があるって

違う生き方でいいんだ ありのままを愛するんだ
No more cry
不完全な運命が心の羽にかわっていく  
One more try
The bird without wings

涙の川泳いで世界中を見返すんだ
No more cry
超えられない壁なんて 神様は与えやしない
One more try
不完全な運命も 僕に与えられた今も
It's my life

The bird without wings



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お昼のミニ丼で出しつつ富山をアピールできるものを探りたいと始めた
富山湾のシリーズです。

その前に何故こんなことをやろうと思い立ったのかを記しておきます。

やらなければいけない と思ったのです。
それがせめてもの恩返しになると思いました。

10年ぐらい前でしょうか?
私の大切な友人でありお得意様であり、そして世間知らずな私をしばしば導いてくれる「gさん」という方が富山のラーメンを語る時のひとつの枠の表現として
「富山ブラック」と名づけました。

当然賛否両論が沸き起こります。
確かに黒いスープの店は多い、しかしそれがいかにも富山を「代表」するかのような表現はいかがなものか?
といったものです。

私の作るラーメンも好むと好まざるとに関わらずこの範疇に入ります。
そう、当時私はそんなカテゴリーに入れられることを良しとしませんでした。
その気持ちが徐々に変化していきます。

今では「富山ブラック」と商標登録する店があったり、看板に大書したりして盛り上がってきていますが、
名づけ親のご本人は毀誉褒貶の過去など忘れてしまったかのように浮世離れしたお顔で知らん振りをしています。
全国各地の多彩なラーメンの中にはこんなものもあってもいいじゃないか と思いこのカテゴリーに入れられることにすっかり抵抗もなくなった最近です。


この春のゴールデンウィークはETC連休になると予感した通りになりました。
ウチの駐車場がまるで高速道路のSAかPAのように全国のナンバーが並んだのです。
北は北海道から南は宮崎まであんなに大量多種のナンバープレートをウチのPで見たのは初めてです。
神戸から来たというカップルは「富山ブラックを食べに来ました」とはっきり告げます。
ここに至って初めて鈍感な私にも特色付けという事の重要さが理解できたのです。
今までは自分個人の感情だけで判断していました。

札幌といえば「味噌ラーメン」ときますが、塩味だって醤油味だってあるんです。
でも、本場の味噌ラーメンをわざわざ食べに行った人は一杯だけでは飽き足らず
「じゃもう一杯は違う味のを食べてみようか?」となるやも知れません。
特色を打ち出すというのは何も全部ひっくるめたものでなくてもいいんです。
そんな事を言っていたら何も言えなくなってしまいます。
「富山ブラック」という呼び名に否定的な人には
じゃ、代わりの素敵な名称を「貴方が創れば?」と言っておきましょう。

おりしも新幹線の開通が間近に迫ってきています。
岩国と広島の関係のように富山県が金沢へのただの通過県になってしまうのでは?
という危機感が密かに囁かれています。
そんな近未来の様子を先般のETC割引で探れるだろうと思って見ていました。

高速を一回降りたら1,000円ぽっきりサーヴィスが終了 となると何処で降りるか?
それは魅力の「多い」所に決まってます。
富山県では雪の大谷見物の「立山インター」
チューリップ祭りと魚の街「氷見」を抱える「砺波インター」が大賑わいで、
「富山インター」は今ひとつでした。

お隣の石川県は大賑わいでした。
案の定です。

でも、ありがたい事にウチには沢山お出でいただいたと言う事はおそらく
「富山ブラック」を大々的にアピールしている店にはもっと沢山の観光客の皆さんが押し寄せたはずです。

事は重大だったんですね。
今更ながら不明を恥じました。
そして気づいてから周りを見ると、もうどこでも既にやってるんです。
先日、TVで石川県のうどん店の特集をしてました。
「ダシはシロエビです」 と聞き耳を疑いました!
やってます!
富山県特産を名乗るのは富山県人ばかり。
活用したものがアピールしていいんです。

特徴付けをして「ウチのはこうです」「うちらはこんなんです」と言わなければ誰も伝えてはくれないのです。
いや、私は飲食店じゃないから。とか
自分はサービス業じゃないから と思う人もいるでしょう。
違います。
あらゆる業種を超えて「富山県」を売らなければいけないのです。
その為の知恵を業種問わず出し合わなければならないのです。
衣食住すべての業界で富山県をアピールしなくては
誰も来ない駅になってからではもう遅いのです。

私は料理しか出来ない人間です。
でも、ジャンルを超えて試行錯誤するだけの時間が割けます。
それで始めました。
「とやま」でも「富山」でもなく「富山湾」で印象付けをしていきます。

石川県が覚えられやすいのは能登半島があるからです。
ちょうど北の下北半島が覚えられやすいのと似ています。

その能登半島に囲まれた湾ですよ  と売ろうと思います。

富山の魚は美味しいから富山の寿司は売れるに決まってる  でしょうか?
現実は回転すしに押されて苦戦してはいないでしょうか?
かつては高価でハレの食べ物だった「握り寿司」がその地位を脅かされてはいないでしょうか?
富山の魚が美味しいのなら「江戸前」を名乗る必要すらないのでは? と思います。

握りが手軽に食べられる時代になったのなら岡山の「バラちらし」などを参考にして富山の「寿司店」でしか食べられない一品を作って欲しいと願います。

石川県穴水で「能登前幸寿し」を営む親友が目の前の海は能登の魚の大きなイケスです。
と「能登前」を宣言した時に「おー」と思いました。
それからほんの数年でほぼその呼び名は定着しました。
考えてもみてください。
仮に、東京から富山県に仕事でやってきて。
古びた「江戸前寿司」ののれんと「富山湾の寿司」とが在った時。
どちらを選択するでしょうか?
できれば両方併記して欲しいものですよね?
富山には富山独自のスタイルが必要だと思いませんか?

今からすぐに始めても新幹線開業まで10年しか時間がありません。
でも、10年あればその新しい取り組みは定着する余裕があります。

これは何も寿司だけではありません。
うどん、蕎麦、中国料理、パスタ、全ての飲食店。
サービス業。
全ての業種にあてはめて欲しいのです。
全ては生き残りの為に。






TV離れが激しいそうです。

もっともパチンコ屋さんやサラ金のCMやらウソつき報道ばかり垂れ流していたのでは当然の結果とも言えます。
先日もWBC韓国戦でコールド勝ちしたその後のニュースで「日本が惨敗しました」などと報道をしていて呆れ果てました。

また、最近では首相からのバレンタインのプレゼントに添えられた達筆な直筆の手紙のかな遣いが誤っていると公文書でもない、一私信を公開してみせる恥知らずな女性記者まで現れる始末です。

昔から新聞はインテリが作ってヤクザが売る と言われましたが
最近のマスコミはどうやらインテリヤクザが何もかも仕切ってるようで信用できませんね。

でも、信用できないのはそんな人たちの口であって映像には絶対とまでは言えないまでもかなり真実に近いリアルなものがあります。
ただし、良く視ていないとダメです。
漠然と視ていると見過ごします。

ネットが導入されてからは私はTVでは料理関係などしか熱心には視なくなりました。
これなどはやはりTV取材力の底力の凄さを思い知らされます。

普通の我々が立ち入れない現場にずかずか入り込んで映像を流す恐ろしさをその現場の人たちは多分理解してないんじゃ?
と気の毒にさえなります。

  大繁盛しているラーメン店での事
丼にまさにスープを注ぐその瞬間 先に入れられていたタレにまだ溶け切らない大量の化学調味料が映っていました。
これなどはあまり放送して欲しく無かったに違いありません。
でも、現場のカメラマン氏はきっと「凄い量の化学調味料だな!bikkuri」  と思ったから流したのでしょう。
ほんの一瞬です。
ですが、お茶の間からそこをアップで視れるということは凄いことだと思えます。

  ある老舗料亭での新人板前君の奮闘記で
全国から若者が修行に入店してくる巨大料亭で毎日頑張っている二年生のA君。
彼の役割は日々の業務の他にまかないを作ることです。
その日も献立を考えて居るとおかみさんから呼ばれ

「今日は何作るん?」と聞かれます。
「○△です」 
「いや、それは止めてシチューにおし」 
「はい、そうします」

というわけで彼が買出しから戻ってきたら何と! 
既製品のシチューの素の紙箱を持っているではありませんか!!

『どこが悪いんだ?』 と思われるでしょう?
実は大問題なんです。
そこは一般家庭ではないのです。
きっと皆が同じ感覚で取材し、撮影し、放送しているのでしょう。

この大料亭ではおかみさん、板前、仲居さんに至るほぼ全員がインスタント舌だったという現実を晒したのです。
高級料理をこなす雲の上のプロが普段はインスタントで食事をすましていたなんて公言していいのでしょうか?

仮に高名なフランス料理店のシェフが家ではインスタントの味噌汁で食事を済まします。
と聞けばどう思われるでしょうか?

誰かその事実を解る人がひとりでもいればそこをカットしてくれと頼んだに違いありません。
でも一人もいなかったのです。 ソレガ モットオソロシイ  にげ

カメラマン氏に悪意があったとは思えません。
かえって無垢だったからこそ微笑ましい映像だと撮ったのでしょう。

よく眼を凝らして視ると「面白い」料理関係のTV番組。
まだまだその壺は沢山あります。

取材のレポーターがその作り笑いをほんの一瞬 固まらせ そして
「美味しいです!」
と叫びます。
『本当かよ!?』と突っ込むのは私だけじゃないはずです。

ほんの一瞬にこそ真実が垣間見れます。
眉が ピク と動く
唇が ピ  と引きつる
眼が ほんの微かに曇る
その瞬間に露見するのです。


次回に続きます。
料理番組を心より愛する一視聴者として
応援を惜しみません。

もっと面白い番組を心待ちにしています。
TVって面白いのも沢山ありますよ!








美味しい魚と言う定義づけは実はむずかしいんです。
エラソなタイトルをつけてしまいました。

自分はまだまだ勉強中ですがその中で少しでもどなたかのお役に立てればと記してみます。

まず、旬の魚を選ぶ事。
つまり、一番美味しいとされている時期の魚を選ぶと言った事です。
当たり前のようですが実は奥深いのです。

太平洋側ではスズキは夏が旬だと言われますがこちら日本海側では冬だったりします。
鯵などは年に2回美味しい時期がありますし、やはりプロの意見を拝聴するのが最も確実です。

いちいち相手をしてくれる魚屋さんと馴染みになるのが一番ですが、最近のスーパーなどでは担当の人がいなかったり無知だったりしますから自衛の為にも出来るだけ知識は必要かと思われます。

今回は手っ取り早く判断できる事をひとつだけ書きましょう。

「太った魚は美味しい」

同じ魚種が何匹も並んでいる場合に見比べるポイントです。

同級生ばかりのはずなのに大食いの子は太っている、痩せて小柄なのもいる。
これは人間の世界も魚も同じ。
ひとつの群れの中にも色々混じっています。

では太っているってどこが?  どういう風に?
以下恥ずかしながら小生のイラストをご参照ください。
deji-8_20071223162549.jpg


ポイントは肩の盛り上がり具合と腰、尻回りの肉付きです。
ぷっくりとしたものは美味しいです。

腹は当てになりません。
というより腹がぱんぱんなのは避けた方が無難な場合が多いです。

胃にたっぷりと獲物を持っているというのは傷みが早いんです。
美味しい卵でも入っていれば話は別ですが。

本当は手に持ってみると身肉の厚みではっきりと判るんですが、横から見た場合だけを想定して書いてみました。
でもたったこれだけでも知っていれば下ごしらえの済んだ魚でも見分けが出来るようになります。
秋刀魚などははっきりと肩肉の違いが出ますから。


また、時期に関係なく常に美味しいというケースもまれにあります。
海は大きく世界中に繋がっていますからどこまでも回遊する魚もいます。
でも、本来回遊魚でありながら回遊しないで居ついてしまっている魚がそれです。

エサや湧き水などの様々な好条件に恵まれた浅瀬などに付く魚を
「瀬付き」と呼びます。
エサや適温を求めて回遊する必要がなかったんですね。

今ではすっかり有名になってしまった「関アジ」「関サバ」などがその代表格です。
他には地名は忘れましたが「黄金サバ」というのもいます。

長年の勘で海中の様子を視ることが出来る玄人の漁師さんだけが手にすることが出来るのです。
富山湾にもそんな瀬があります。
先日はその瀬付きのアジを酢で絞めてお昼に出しました。
deji-8 1234


反応は好評でした。

このタイトルでは随時連載をしていきます。
他にもっと詳しい方がいらっしゃればお知恵も拝借できれば幸せです。
ぜひ、書き込みをお願いいたします。
皆で知恵を交換しあい、賢い消費者になる一助となればなによりです。




2007.10.24
ここ早月川に今年も鮭の遡上が始まりました。

はやつき川

ここは富山市と魚津市の間を流れる川です。
魚津水族館と遊園地が向こうに見えます。
鮭の遡上という名の命の饗宴

毎年沢山の鮭がこうして里帰りをします。

が、実は私はあまり見に来ません。
あまりに健気で可愛そうになるくらいだからです。
ぼろぼろになって ウロコも剥がれても必死に泳ぐ ひたすら本能の命ずるまま

育った川水を探し当てて河口をしばらく回遊して海水から淡水へと体を慣らしいよいよ遡上開始し、さあこれからというところです。


4年をかけて成長し産卵の為に育った河に帰る。

もう、それだけでいいのに。
いつもそう思います。
後は放っとけば勝手にその生命サイクルは循環出来るんじゃないんですか?
いつまで人間がその神聖な営みに介入しなければならないのですか?


ヤナでせき止められ行き場を失います メスは孵化場行きになります。オスは、(TT)


鮭の命がけの旅はここで終わりです。
ヤナ でせき止められます。
後は卵を人工孵化させて稚魚を放流しています。

せめて孵化に必要な最低限を確保したら後はヤナを開放してやって欲しいと願います。

食いしんぼうもたまには反省する瞬間です。




石よ木よ水よ ささやかなもの達よ 僕と生きてくれ

繰り返す悲しみを照らす灯をかざせ

君にも僕にも 全ての人にも

命につく名前を「こころ」と呼ぶ

名も無き君にも 名も無き僕にも


「命の別名」by  中島みゆき



2007.09.20 料理の理
私は料理番組をよく見ます。
すると家内は「本当に料理馬鹿だね」と笑いチャンネルを勝手にゴルフや野球に代えてしまいます。
分かりきった料理でも人によってはとんでもない発想があったりして何でも面白く見れるんですが確かに普通の家庭では男女の好奇心的としては逆かもしれませんね。

こんな話を始めたのも先日メールで「あんな餃子の作り方では水分が酷くなりませんか?」というお問い合わせがあったからです。
詳しくお答えを出したのでもう大丈夫でしょうがこちらにも書いておこうと思います。

TVで教わりました。
いい事はじゃんじゃん取り入れています。

麩を使います。
麩は保水性に富み、しかも口の中で噛まない限り水分を出しません。
粗めに砕いて具に混ぜるだけです。
特に味付けの変化は不要です。
これはひき肉の料理全てに応用がききます。
ハンバーグでも肉団子でもです。
余分な水分を吸って溜め込んでくれるので
ジューシーに仕上がります。
先日の餃子の作り方に補足させていただきます。

さて、明日から平日限定メニューで「ワンタンメン」を出すので今日はその仕込みでした。
これもまた、具が硬いと美味しくありません。
なにしろ「雲呑」雲を呑むと書くんですからゴツゴツしていたら岩ですよね。

豚引き肉だけではいけません。
鶏を混ぜます。
鶏肉は加熱すると身が縮んで肉汁を大量に滲出させるのでジューシーに仕上がるのです。
この2種ひき肉に みりん、醤油、生姜絞り汁少々だけで味付けします。
ごま油は入れてはいけません。
玉葱を少し細かく刻み片栗粉を少しまぶして肉に加えます。

卵白を泡立てて角をたてます。
肉にやさしく混ぜ合わして完成。

皮で包んで冷凍保存します。
ジューシーすぎて冷蔵ではたちまちくっついてしまうのです。

でも、ここまで手をかけてもやはり決め手は皮の滑らかな食感です。
皮の良し悪しで決まるのはやはり餃子と同じですね。

ここまでは秘密でも何でもありませんから公開しておきます。
私たちの本当の入念な仕事というのは実はここから先にあるのです。

さて、今回も無事「ふうわり」と仕上がりました。

ワンタンを一番的確に表現できる中国風の雲の絵。丼の中に浮かばせてみたくなります 試作してみました。これがラーメンに乗るわけです、毎回大好評です<br />

今年は竹の子が不作でした。
普通一年置きと言われている「ウラ年」にあたるんでしょうか。
でも、これにはれっきとした理由があるように思っています。
自論ですが、
竹はものすごく成長が早いのです。
一年でゼロから20数メートルにまで生長するものなんて他にありません。
それで一気に葉を広げて光合成を独占してしまいます。
だから竹薮では小さな木はそれだけで育ちにくくなってしまいます。
私達が目で見ている竹はいわゆる竹の木や葉なのですが、地下茎の竹はむしろこちらの方が実体ではないかとすら思えるほどのしたたかさです。
網の目のように繁茂します。
それで元気のある部分から竹の子 つまり枝葉を出すわけですね。
強い茎からは太い竹の子が3~4本とそれこそなんとか3兄弟4姉妹と言った具合にでてきます。
それが生長して光合成を得てまた茎が繁茂するとどうなるか?
実はいま日本全国でこのような竹林の暴走が止まらなくなっているそうなんです。
過疎や高齢で放置された田畑、手入れのされなくなった森林、集落、、、竹の侵食をもはや誰も止められないのです。

昔からザルや生垣、物干しなど様々に利用されてきた竹。
プラスチック製品などで取って代わられて今ではすっかり不要になっているんです。
上からは光を奪う。
地下ではネット状の茎が絡み合い締め付けあいお互いの存在すらしまいには危うくさせるほどの強い繁殖力です。
他の樹木は到底太刀打ちできません。
だから竹の子を採りに行くと毎年新たな立ち枯れの木が見つかるんです。
大きなケヤキの木だったり桜だったり様々です。
ともすると巨木の根に地上まで竹根が露出して絡んでいたりします。
そんな時にはその根を切断してやります。
巨木がほっと一息つくのが聞こえるようです。

20070510074239.jpg20070510074323.jpg20070510074402.jpg20070510074429.jpg20070510074459.jpg

ここがポイントなんです。
大切に竹を管理している農家さんは根を切るか伸ばすかはプロの判断でなさっているはずです。
しかし私はむやみに根を切ります。
えぇ そりゃもう目の仇のように切ります。
ですからシーズンに入って竹薮に行くと「あっまたこいつが来やがった」と竹がささやくくらいです。
でもちゃんと味方もいて今にも竹に絞め殺されそうな樹木達が「ここにあるよ」と教えてくれるんですよ。

で、冒頭の話に戻りますが、
竹の子の豊作年には沢山のプロではない人が入り根をやたら傷つけるのでいかなタフな竹でもさすがに弱り、翌年には出が少なくなる。
というのが自説なのです。
この、竹を適度にいじめて弱らせるのが人間と竹の共生なんではないかと思います。

全国の管理不十分な竹林への立ち入りを自由にし、竹や竹の子の採取を自由にすること。
それが嫌なら地主が責任を持って管理をしっかりし立て看板を立てるなど対策を取ること。
中国などの割り箸の輸入依存を改めるためにも国家補助で竹の割り箸を流通させて、使用済み竹箸を炭に加工再利用を!
以上3点を提案します。
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